がんを切らずに治せる未来を 放射線増感剤という新たながんの治療薬で世界を変える

「患者の体への負担を少なくしながら、がんも取り除きたい」。そんな思いから発明された薬が、放射線治療の効果を高める放射線増感剤「KORTUC」だ。地方の大学が発見した「KORTUC」がつくる未来とは
KORTUC Inc. 代表取締役社長 松田和之さん
KORTUC Inc. 代表取締役社長 松田和之さん
Jun Kitada / ABCドリームベンチャーズ

アメリカの地から日本を代表する創薬ベンチャーをつくり、がん治療の常識を変える

KORTUC Inc.は高知大学発のバイオベンチャーで、がんの放射線治療効果を高める放射線増感剤の開発を行っている。経済産業省が日本のスタートアップの海外展開を支援するためにサンフランシスコに設立した拠点にオフィスを構え、また、「世界に伍する、新たな価値を提供できるスタートアップ」候補にも選ばれ注目を集めている。社長の松田和之さんは、アメリカの地から日本を代表する創薬ベンチャーを生み出すために人生をかけている。

「シリコンバレーのパロアルトという町は、世界トップシェアを誇るスタンフォード大学発の放射線治療機器メーカー、バリアン社もオフィスを構えている放射線治療の聖地です。ここから世界中の放射線治療を変えていきたいです」

アメリカ・サンフランシスコにあるスタートアップ拠点「Japan Innovation Campus
アメリカ・サンフランシスコにあるスタートアップ拠点「Japan Innovation Campus
Kazuya Shiraishi / ABCドリームベンチャーズ

放射線治療において、全体の5割の固形がんに対しては「効きにくい」と言われている。(Hypoxia in Solid Tumors: How Low Oxygenation Impacts the “Six Rs” of Radiotherapy
この主な理由として考えられているのが、以下の2つだ。

1、がん細胞内部が低酸素状態(Hypoxia : ハイポキシア)であること
2、過剰な抗酸化酵素の存在

放射線治療の仕組みは、放射線エネルギーががん細胞にある水分子に衝突し、水分子から発生した高反応性の物質(フリーラジカル)ががん細胞を攻撃する、ということだと知られている。これが上記の1、2の状態であると、放射線エネルギーが生みだした高反応性物質(フリーラジカル)が、がん細胞を攻撃できず十分な効果が得られないとされている。

放射線治療の仕組み
放射線治療の仕組み
KORTUC Inc.

この課題は放射線治療の世界で広く知られており、解決に向けて様々な研究が行われているが、KORTUCという放射線増感剤は全く新しい発想で発見、開発された。過酸化水素水(オキシドール)とヒアルロン酸を一定の割合で混ぜ合わせ、がん細胞に直接注射する。これが、がん組織内の酸素濃度を高め、抗酸化酵素も不活性化することができるというのだ。

お金と人が足りない中で行った実験だからこそできた新発見

2003年にこの発見をしたのは、高知大学医学部の小川恭弘教授(当時)だ。

高知大学名誉教授 小川恭弘さん
高知大学名誉教授 小川恭弘さん
KORTUC Inc.

「田舎の大学なので、人も資金もない中での研究でした。実験の準備から治療まで一人でやっているからこそ、発見できた薬です」

小川名誉教授は実験で、がん細胞をスライスして、オキシドールで消毒するような行程を全て一人で行っていた。その消毒の際にがん細胞から泡が出ていることを見てひらめいたのが、がん細胞に直接オキシドールなどを注射する放射線増感剤「KORTUC」だったという。

松田社長が率いるKORTUC社は小川名誉教授の発明したKORTUCの医薬品としての臨床開発を行っている。

がん治療のQOLを上げるには?進化の遅いがん治療

KORTUCはまだ未承認薬であるにも関わらず、日本国内の様々な放射線治療専門医がこの薬の有効性に賛同し、病院独自で倫理委員会を開き、実地臨床というカタチで使用している。その一人である長崎県島原病院放射線科の小幡史郎医師は、これまでKORTUCを使って300例の放射線治療を行ってきた。

ある患者(60歳台・農家)の例では、13.5cmの大きな腫瘤が直腸に発見された。従来は緩和的な放射線治療が薦められているが、小幡医師の提案でKORTUCの使用を開始。治療前は、痛みがひどく車の後部座席に横たわった状態で通院していた患者は、治療開始からわずか1週間半、8回目の放射線照射での通院では、自ら運転して通院できる状態にまで回復。約1年後に病変はほぼ無くなり、元気に農業を行えるようになったという。
KORTUC第35回地域医療研究会発表
また、直腸がんで転移もあり、手術不可能、余命2週間から1ヶ月と診断された別の患者(57歳・看護師)の例では、サードオピニオンとして放射線科のKORTUCに出会ったという。KORTUCと化学療法を併用する治療の提案を受け入れてもらい開始。するとそれから約9ヵ月で直腸病変は完全に消失。その後も補助化学療法を併用して6年間正常な体調を維持したことが報告されている。

小川名誉教授は自信を持ってこう話す。

「今、日本でがん治療というと、切除手術が主流です。iPhoneなどテクノロジーはこんなに進化していっているのに、がん治療はなかなか進化しない。患者さんのQOL向上を考えた時に、体にメスを入れずにガンを治せることが何より大事で、既に多くの患者さんの喜ぶ声が届いています」 

KORTUCのメカニズム。がん腫瘍に直接薬を注射する。
KORTUCのメカニズム。がん腫瘍に直接薬を注射する。
KORTUC Inc.

治験の舞台はイギリスへ!世界で使われる治療法を目指して

基礎研究から非臨床試験を経て、現在はイギリスで臨床試験を行っている。イギリスの王立ロイヤルマーズデン病院の名誉教授ジョン・ヤーノルドさんが治験を主導している。

イギリス ロイヤルマーズデン病院にて (左)小川先生 (右)ジョン・ヤーノルド名誉教授
イギリス ロイヤルマーズデン病院にて (左)小川先生 (右)ジョン・ヤーノルド名誉教授
KORTUC Inc.

ヤーノルド教授は、

「がんは世界の健康にとって最大の脅威のひとつに浮上し、人類社会に大きな社会的・経済的影響を及ぼしている。この恐ろしい病気を治す上でKORTUCは高い安全性と有効性を提供しており、医師にとっても使いやすい。他の実績のあるがん治療法のリスクと比較すると、KORTUCは薬剤の混合(15分)と注射(15分)の簡単な標準操作手順さえ守れば、患者にとって実質的にリスクのない治療法だ。日本の研究室やKORTUCを率いる同僚との高い信頼関係があるからこそ治験を進められるし、広く世界で使われる薬にしていきたい」

と、このKORTUCに期待する。

他にも、ベルギーやインドなどでも治験に協力する病院が名乗りを上げているという。

KORTUC Inc 代表取締役社長 松田さん
KORTUC Inc 代表取締役社長 松田さん
Jun Kitada / ABCドリームベンチャーズ

松田社長によると、まずは海外での承認を目指しており、イギリスでの治験が終われば、欧州、アメリカと広げ、日本でも正式に使える薬にしていくという。

「いずれは『がんと診断されたらまずKORTUCを使って放射線治療をする』ということが当たり前になる世の中を作っていきたいです。そうなると、がん治療の常識を変えられると期待しています」

ハフポスト日本版を運営するバズフィードジャパンと朝日放送グループは資本関係にあり、この記事は共同企画です。

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