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グリーンランドもカナダも、パナマ運河もアメリカのものにする――。
2期目就任前から領地拡大を示唆し、世界秩序そっちのけの発言を続けているアメリカのドナルド・トランプ次期大統領。
尊大とも言える自己中心的な姿勢は、どのようにして培われたのか。
映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は、若かりし日のトランプ氏と、悪名高き辣腕弁護士で政治フィクサーとして知られるロイ・コーン氏の関係に注目している。
不動産業界で名を馳せたいと願う世間知らずの若者だったトランプ氏(セバスチャン・スタン)は、勝つために手段を選ばないコーン氏(ジェレミー・ストロング)の教育を通じて変貌を遂げていく。
この映画に、今のトランプ氏が『どう創られたか』を読み解く鍵はあるのか。
コーン氏を「現在のトランプ氏に影響を与えた最も重要な人物」とするアリ・アッバシ監督に聞いた。

――『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は、コーン氏の関係を軸に、トランプ氏の実像に迫っています。なぜ、コーン氏との関係に注目したのでしょうか
トランプ氏の性格で興味深いのは、自分にとって有益な人、気に入った人物の持っているものを吸収するスポンジのような一面です。そうやって進化した結果、今のトランプ氏があるのだと思います。
その意味では、トランプ氏には多くのメンターがおり、様々な人のアプレンティス(見習い)でした。しかしその中でも大きな影響を与えたのがコーン氏との関係だったと思います。特に政治的な人物であるという点で重要な存在でした。
トランプ氏がコーン氏から学んだのは、世界の捉え方や、制度をどう利用し、逃げ切り、抜け道を探すかという物事のやり口、それに「道徳的な規範を持たない」という根本的な考え方です。
抜け目のない政治家は、こうしたことを本能的に知っていると思います。「団結しなければいけない」「人間は善良だ」と言いながら冷笑的で計算高い面もあり、表と裏の顔を使い分けている。
コーン氏はそうした計算がうまく、凶暴な力で自分の利益を追求する達人でした。トランプ氏はそのやり方をコーン氏から学んだのだと思います。
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――映画では、コーン氏がトランプ氏に「攻撃、攻撃、攻撃」「非を認めず全否定しろ」「どれだけ劣勢に立たされても勝利を主張しろ」という3つの勝利の法則を教えます
コーン氏のやり方を分析すると基本的にこの3つのルールに集約されると思います。
例えば、コーン氏は自分が望む現実を作り出して、そのために物語を巧みに操るのがうまかった。これはトランプ氏にもみられるやり方です。
トランプ氏がよく使うフレーズの一つに「みんながこう言っている」という発言がありますが、これはまさにコーン氏の言い回しです。
「自分は不公平に扱われている」という発言も、コーン氏がよく使っていたものだと両氏を知る人たちから聞きました。
また、誰かと親しくしてその人を裏切り、もう一度和解するというやり方もコーン氏の手法そのものです。
トランプはコーン氏の政治的イデオロギーを確実に理解して身につけたのだと思います。映画ではこういった2人の関係を、「3つの勝利の法則」という形でドラマチックで簡潔、わかりやすく描いています。
――トランプ氏は、作品を「フェイクで品位のない映画」と批判し、公開を阻止するために法的手段をとるとも明言しました。トランプ氏の発言をどのように感じましたか?
トランプ氏は「フェイク」と批判しましたが、本当に観た上でそう言ったのか疑問に感じています。
私は、トランプ氏の批判をとても一般的で反射的だと感じました。実際に映画を観たのなら、「唇の動きがリアルじゃなかった」「自分の手のほうが大きい」など、もっと具体的な詳細に触れるような気がします。
また、法的手段を取るというのは、典型的なコーン氏とトランプ氏の戦略です。
私には、彼が映画そのものを気にしているようには思えません。むしろPRの機会と捉えたのではないでしょうか。
トランプ氏にとって一番大事なのは、権力を手に入れ、拡大することです。
トランプ氏が本当に映画を観た上で批判し、法的手段をとると言ったのかどうかはわかりません。
しかし権力を手に入れた今、もう訴訟は考えていないのではないかと思います。
――『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は大きな話題になりましたが、配給会社をみつけるのが難しかったそうですね
ええ、悲しいことに。私は映画業界全体が、以前に比べてとてもおとなしくなってしまったと感じています。
60年代や70年代、80年代、90年代でさえ、物議を醸すような映画を作る余裕があり、そういう映画を配給したり、上映したり、作ったりすることに誇りを持っている人たちがいました。
しかし今ではみんな、「何でわざわざ面倒なことをするのか」「前と同じような映画を作ればいいじゃないか」と考えているように感じます。
どうしてこうなったのか、正直わかりません。ヨーロッパよりアメリカの方が状況が厳しいと思います。
特に、今回は企業や大手配給会社、配信会社が本当にトランプ氏を恐れていたと感じています。訴訟を危惧していたのだと思います。
その恐怖心が理解できないわけではありません。私自身、所持しているのはアパートとパソコンくらいです。パソコンを失えば悲しいですが、また買えたらいいなと思うでしょう。
しかし、何万人もが働き何十億ドルもの価値がある巨大企業が、力を持つ人物からの訴訟リスクを避けようとするのは当然なのかもしれません。
その一方で、だからこそコンテンツ業界が、そのような姿勢であってはいけないとも思います。コンテンツは物議を醸すものであるべきだと思うからです。
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――トランプ氏は、グリーンランドやパナマ運河を手に入れるなど、就任前から攻撃的な発言をしています。今後4年のトランプ時代をどうみていますか?
私はこの状況は、1930年代にヒトラーが台頭した時と似ていると感じています。
人々は最初、ヒトラーを「ちょっと変わった人物だが、放っておこう」くらいに考えていたと思います。
ドイツの勢力を拡大すると言った時も「おかしな人物だが、実際にはやらないだろう」と受け止め、ポーランドに侵攻した時は、「ポーランドだし、別に大丈夫だろう」と考えていた。
人々がようやく真剣に捉えるようになった時には、ヒトラーはすでにヨーロッパ各地を制圧していたのです。
今、ヨーロッパの政治家たちはなんとかアメリカとの良好な関係を保とうとしていると思います。
特にスカンジナビア諸国は、アメリカにあらゆる面で依存しており、文化的にも近い関係にあります。デンマークの首相は、なんとしてもアメリカとのトラブルを避けたいでしょう。
しかし、私たちは相手がどんな人物なのかを認識しなければいけません。トランプ氏は2歳の子どもがお菓子を欲しがるように、「グリーンランドがほしい、くれないなら取る」と言っています。そんな人物を相手に、毛布をかぶって隠れていることはできないのです。
私は、今回のアメリカ大統領選挙でトランプ氏に投票した人たちは、具体的な政策よりも、すべてを壊そうとする彼の姿勢を支持したのではないかと思っています。
私はトランプ氏に選挙の公約を実行してほしいと思っています。投票した人たちにその結果を見てみてほしい。世界がそれを乗り越えられることを願っています。
アリ・アッバシ:1981年生まれ、イラン出身。テヘランの大学に在学中にストックホルムに留学したのち、デンマーク国立映画学校で演出を学ぶ。長編映画監督デビュー作『マザーズ』(16)がベルリン国際映画祭でプレミア上映され、アメリカでも公開される。2作目の『ボーダー 二つの世界』(18)はカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、ある視点部門のグランプリを受賞。
◇◇◇
映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
2025年1月17日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
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