わかめ、昆布、ひじきなど、日本の食文化に馴染み深い海藻。今、この食材を取り巻く深刻な問題が海で起きている。
海の生態系ピラミッドの底辺に位置し、多様な生物を育む土台である藻場(海藻や海草が茂る沿岸域の場)が「磯焼け」という現象で著しく消失しているのだ。藻場の消失と相関して漁獲量も減っていることが分かっている。
「1990年には約34万ヘクタールほどあった天然藻場は、2017年には約17万ヘクタールにまで減ってしまっています。1年間に換算すると、東京ドーム約1200個分も失われている計算になります」
そう解説するのは、一般社団法人グッドシー理事/合同会社シーベジタブル共同代表の蜂谷潤さん。
海の生物多様性を守るために欠かせない藻場を再生させようと、これまでも自治体や漁協などが様々な取り組みをしてきたが、決定打はまだ見つかっていない。
この問題を解決するため、藻場を養殖し再生するという形で挑んだグッドシーの調査報告を取材した。
日本の藻場で起きている深刻な問題
磯焼けは「海の砂漠化」とも言われる現象だ。
その原因は一つではなく、護岸工事などに伴う海の水質の悪化、気候変動による水温上昇で海藻の成長低下が引き起こされていること、ウニや魚による食害など、複合的な問題が重なり起きるとされている。
藻場には、珪藻類や堆積物(魚のフンや動植物が体から出す粘液物質)が漂着し、それをエサとするヨコエビ、ワレカラなどの葉上動物が集い、さらにそれをエサとする魚類やイカなどがやってくる。食物連鎖の大事な土台となるのが藻場なのだ。
漁獲量にも直結するこの問題に、漁業関係者は当然ただ手をこまねいてきたわけではない。自治体、漁業組合、水産研究者等が連携しさまざまな取り組みを行ってきた。食害をもたらすウニをダイバーが潜って叩き割って駆除したり(※大量発生して磯焼けを引き起こすウニはエサ不足で身が詰まっておらず、売り物にならない)、藻場が食害に遭わないよう港を網で覆ったり、海藻をカゴで覆ったり、といった手法だ。
しかし、どれも大きな手間とコストがかかる。藻場を守り、育むための大規模な投資はなかなか行われず、養殖への評価も低かった。何がボトルネックとなっていたのだろうか?
養殖がこれまで進んでこなかった理由とは
グッドシー理事/合同会社シーベジタブル共同代表の友廣裕一さんは次のように解説した。
「実は、今日本の中で養殖されている海藻の品種は、わかめ、昆布、海苔、沖縄もずくの4種類しかなく、あとはほぼ天然採取なんです」
その他よく食卓に上がる海藻類も、かつては生産が必要ないほど豊富に採れていた。しかし、だからこそ『安い食材』というイメージがついてしまい、今更生産のコストをかけづらいという難しさもあるという。
「例えばひじきも天然採取です。これまでは口開け(漁の期間の始まりのこと)になって船を出したら数時間でトン単位が採れていました。つまり、生産コストがかからない前提で価格が安くなっています。だから、今ひじきが採れなくなったからと僕らが出ていって『栽培しましょう』と漁師さんに声をかけても、生産コストをどうするか、という難しさがあります。最終的には流通の段階で『ひじきなのになんでこんなに高いんだ』と消費者に思われてしまうからです」
海藻が減った今、増やすためには養殖も手段の一つだが、現状のままでは利益になりづらい。そこで、海の豊かな生態系を守るためには、産業構造を変え、漁業関係者にとって持続可能なスキームの構築も求められる。
こうした問題を踏まえ、グッドシーは「海藻を通じて海の生態系を豊かに育むこと」を目的に2023年に設立された。
そして日本財団の支援を受け、2023年11月21日から2024年7月18日の期間に、国内3箇所で海藻の養殖試験と定点調査を実施した。
まず最初に、海藻養殖によって生まれる場を「養殖藻場」と名付け、それが海洋環境の改善に貢献していることを定量的に証明し、その普及が重要であるという社会的な共通認識を広げていくことを目指している。
定点調査で育てられたのは、北海道函館市でのコンブ、愛媛県今治市でのヒジキ、熊本県天草市でのトサカノリ。12月18日、その報告会が開催された。
調査の結果、3箇所の全ての調査地点で海藻は徐々に成長し、それに伴って珪藻類が増加した。さらに、それをエサとするヨコエビ類、ワレカラ類が多く出現し、養殖藻場外と比べて400万〜2億個体の増加が確認されたそうだ。
海藻は今、どれほど消費されているか? 需要拡大にも課題
「漁業には、獲れるか獲れないか、といった博打のような側面もありますが、海藻の養殖は安定収入につながるメリットがあります。農業と同じように、これくらいの期間でこれくらい育つ、という目安がつく。手法によっては設置してあとは収穫するだけ、という場合もあるので、メンテナンスも必要ありません(友廣さん)」
今後、海藻の養殖を漁師にとって収益性のある「稼げる事業」にするためにも、グッドシーは今後も日本全国で調査を継続し、成功体験の普及にも注力するという。
2024年11月には合同会社シーベジタブル(友廣さん、蜂谷さんが共同代表を務める)がパナソニックHDと共同実証契約を締結している。今後は、海の生態系を守るためにロボット技術やIoT技術が活用される未来にも期待ができそうだ。
報告会では海藻の消費量を増やすという観点での話も。現在、そもそも海藻の消費量は28年間で50%も減っているのだという。(※令和4年度 農林水産省 食糧需給表より)海藻産業を持続可能なビジネスにしていくためには、需要の拡大も欠かせない。どう消費を広げていくのか。
海藻の消費実態を詳しく知るために行われた1万人へのアンケート調査では、海藻を食べた料理のジャンルは和食が95.7%と突出していることがわかった。
確かに、一般的な家庭で海藻といえば、乾燥わかめを味噌汁に投入したり酢の物にしたり、昆布で出汁を取ったり、ひじきを煮物にしたり……といった用途が思い浮かぶ。「朝はパン、昼はカレー、夜はイタリアン、と多様化する日本人の現代の食生活の中で、海藻の出番がなくなってきている」と友廣さんは指摘する。
消費の裾野を広げるべく、シーベジタブル(友廣さん、蜂谷さんが共同代表を務める)では、多彩な海藻の研究・生産・販売に加えて、海藻を用いた新たな食文化の開拓もしてきた。ミシュラン二つ星店「INUA」でスーシェフを務めた石坂秀威さんや、海藻料理研究家・すし作家の岡田大介さんが参画している。
シーベジタブルが提案している、サラダ、キムチ、カレー、スイーツなど多彩なレシピを見ていると、海藻が世界中のさまざまなジャンルの料理との相性が実は良いことに気づく。
食材だけではない、海藻産業のポテンシャルとは
海外では今、海藻はベジタリアン向けの食材としても注目されている。日本だと、海藻の栄養素としては食物繊維やミネラルといったイメージが強いが、実は良質なタンパク質が多く含まれている種が多いのだ。
さらに、食材以外にも、化粧品、バイオ燃料、プラスチック代替品などの用途で活用され始め、現在、ヨーロッパやアメリカで需要が増加しているという。グローバル規模で見れば、海藻は生産量が年々増えている成長産業なのだ。
しかし今、国内で最も消費されている海藻であるわかめの80%、三番目に消費されているひじきの90%が韓国・中国産だ。日本はこの産業としての盛り上がりから取り残されつつあるとも言える。
食卓の上では、少々地味にも感じられる海藻。しかし、海の豊かさを取り戻す上でも、注目の産業としても、実は大きな可能性を秘めている存在なのだ。