2025年が始まりました。
団塊の世代が75歳以上となり5人に1人が後期高齢者に、社会保障費の負担が増え人手不足が深刻化するなどの「2025年問題」が、いよいよ現実になる年。国会ではまもなく、過去最大となる115兆5000億円もの来年度の年間の予算案(当初予算)の審議が始まります。
当初予算が決まった後、年度途中で緊急に必要となる支出には「補正予算」を組んで対応することになります。近年はその額も膨大になっていますが、当初予算と比べて審議時間が短く、チェックが甘くなる「抜け穴」的存在になっていました。
その補正予算について、「会計検査院」は昨年、どう使われたかの全体像を初めて明らかにし、注目を集めました。指揮を執っているのが2024年1月から就任した田中弥生院長です。
財政状況は厳しさを増す中、国の予算の無駄遣いをどうチェックしているのでしょうか?民間企業出身、専業主婦の経験もあるというそのユニークな経歴についても聞きました。
――田中院長になってから、補正予算の全体的な検査が戦後初めて行われたと聞きました。なぜこれまで検査されなかったのですか?
補正予算がどう使われたかの全体像を明らかにする、というのは初めてでした。霞が関ではよく「溶け込む」という表現をします。決算書では、当初予算と、自然災害などの予測できないことに備える予備費、それに補正予算を全部合わせていくら使ったかという総額の執行額しかわからない仕組みでした。
でも、例えば、令和2年度(2020年度)は、コロナ対策で予備費が10兆円以上計上されていて、同じコロナ対策で、補正予算では73兆円計上されているんです。それだけ巨額な金額が「補正予算だから溶け込むので使い道はわかりません」というのは、とても説明責任を果たしたとは言えないと以前から感じていました。
しかし、まずは「わからない」とされてきた予備費だけを取り出して執行状況を明らかにするということができたので、そのノウハウで、次は補正予算の使われ方の解明にチャレンジさせてもらいました。
――補正予算を検査してみてどうでしたか?
調べてみたら、思ったよりも使われていないのではというのが最初の感想で、驚きました。
この図は、令和4年度(2022年度)に補正予算が配分された予算科目1285件の繰り越しの状況です。真ん中の赤い45度の線が、翌年に繰り越した額と補正予算額が同額で、線より上にあるのは、補正予算額を超える金額を翌年度に繰り越しているということです。つまり、結果的に、補正予算がなくてもよかったということになりますよね。
補正予算というのは、その年の当初予算に不足が出た場合、もしくは予算を作成した後に緊急な必要性が出た場合に限って措置をすることができるとされています。しかし、補正予算額以上を繰り越しているのが、1285件の4割以上、そのうち、当初予算も使いきれず、合わせて繰り越しているものが約3割ありました。
さらに、令和4年度(2022年度)に経済対策として登録された事業のうち、138事業(18兆8000億円)について、補正予算の額だけを取り出して執行状況を検査したところ、全額繰り越しているものが、34事業で合わせて1兆4000億円ありました。
その1兆4000億円の翌年度の執行状況も見てみましたが、使われたのは5割を切っていて、最終的に約6000億円が使われていませんでした。
そもそも本当にその予算が必要だったのか、緊急か不足だからという補正予算に、どういう根拠で、どういう積算をして入れているのか、ということについて、各省庁は説明する必要がありますよね。
高すぎる委託費「電気・ガス補助金」
令和4年度(2022年度)の経済対策に関する補正予算が22兆円で、この年の補正予算の大半を占めているんですが、このうち52.5%が経済産業省に振り分けられています。経済産業省の当初予算は9000億円ですから、その13倍の額が補正予算で手当てされているんです。
役所の体制というのは、一般的に当初予算に合わせたものですから、その13倍の額が補正予算で入って執行できるのか、というところは疑問に思いますよね。
――そこで、どう執行しているのか、深堀りして調べたんですね。
電気・ガス料金の値引きを行うための「電気・ガス補助金」は、令和4年度(2022年度)の補正予算で3兆1073億円、令和5年度(2023年度)は6416億円。
この事業のために外部委託が活用されたわけですが、その使われ方を見てみると、この事業でも事務局を外部委託で担ってもらっていました。こちらがその図です。
事務局を担った広告代理店の事務費が319億7500万円。そこから、さらに227億円で委託が行われ、さらに、その下に、再委託、再々委託、という形になっていました。
委託については、委託費率が50%を超える場合は、それを正当化できるような理由を確認したうえで役所は判断しなければならないことになっていますが、我々が調べたところ、その妥当性を確認できるような書類はなく、また記録も残されていないという状況でした。
――約320億円という高額な事務費になったのはなぜだったんでしょう。
担当の資源エネルギー庁は、翌年、委託先を変えているんですが、条件はやや異なるものの、委託費は32億7800万円で約10分の1に、1カ月あたりの事務費は14億5000万円が2億7000万円になっていて、大きな差がありました。
委託の体制の組み方については妥当性が確認できない、説明責任が果たされていないという状況も見受けられたので、委託の在り方についてもっと慎重に検討していただきたいし、事後的に検証できるようにしていただきたいと思います。
民間企業から会計検査院トップへ
――田中さんは大学卒業後、日本工学工業株式会社(現ニコン)に入社。結婚後に退職して、専業主婦の経験もあるとか。そんな方がなぜ、会計検査院のトップに?
子どもの頃から「社会に役立ちたい」という思いがありました。しかし、大学卒業後に就職した会社では女性総合職を採用したばかりで、会社側もどのように働いてもらうのか戸惑っているような時代でした。
幅広く仕事をしたいと考えていたのですが、当時は、女性の出張もままならない時代。若かったので、そう簡単に希望が叶うわけでもなく、フラストレーションを抱えていたところ、家族から「大きな会社の歯車ではなく、もっと小さいところで仕事をすれば、より責任ある仕事に就けるのでは」という助言もあり、退職して夫の実家で経営していたうなぎ店を手伝うことになりました。
――うなぎ店のお仕事はどうでしたか?
いや、できないことばっかりですよ。店頭でお客様に鰻を渡す際、鰻の串抜きに何度も失敗して、売り物の鰻を沢山ダメにしていました。
手伝いなのに「むしろ絶対に迷惑をかけている」と感じて辞めることに。その後の何カ月間は、家にいて専業主婦をやってみました。
でも家事は下手でしたね。年末におせち料理の作り方を習いに、義母を訪ねたのです。義母は包丁をピカピカに研いで待っていてくれましたが、私は、包丁を持って3分も経たないうちに、指を切ってしまいました。
以来、義母は、果物ナイフ以外、私に持たせてくれませんでした。本当にダメダメ主婦でした(笑)。
これは向いていないと、やっぱり仕事をしようと探したら、今度は「年齢の壁」にぶつかりました。当時は25歳以上の女性が働くのは難しかったのです。その時に年齢・性別を問わず募集をしていた財団に入りました。
仕事は、世界のNGOに補助金を出し、その後、活動の効果などを評価するというものでした。英語は必須でしたが、職員向けの英語のテストを受けたところ、最下位の成績。それはまずいと思い、毎日昼休みに英語のレッスンに通いました。本当にいろんな経験をさせてもらいました。
――補助金とその事業の評価、今とつながってきますね。
アフリカや東南アジア、中欧のNGOの支援をしましたが、同じような申請書でも、補助金を出したあとのパフォーマンスを見ると明らかに違う。その違いをどうすれば言葉で説明できるのか、ということで「評価」に関心を持ち始め、また、同時に、NGOのような非営利組織をどう運営するのかという点にも興味を持ちました。
「近代マネジメントの父」経済学者ピーター・ドラッカーとの出会い
そんなとき、ピーター・ドラッカーの本と出会い、彼が非営利組織のマネジメントのための財団を作るという情報を得ました。アメリカで開かれた財団創設記念シンポジウムの会場まで駆け付けたことがきっかけで、ドラッカーさんと知り合い、その後、彼の元で勉強したいとアメリカに飛び、ドラッカーさんの自宅の近くに家を探して、修士論文のための調査を行い、彼の本『非営利組織の自己評価手法』を翻訳する機会につながりました。
ドラッカーさんとは、亡くなるまでずっと11年ぐらいですけど、「ディア・オールドフレンド」と手紙に書いてくれるような関係が続きました。
研究より実践、7回の転職
ただ、私の場合は、研究を極めるというよりも「実践したい人」なんですよ。だから、実践したくなって、それが次の転職の始まりです。
――田中さんは7回転職されたそうですね。
評価の実践ができるところ、ということで見つけたのが、国際協力銀行でした。自分で理事のところにアポを取って会いに行き「私を雇うと、この国のODA(政府開発援助)の円借款の評価、絶対質が上がります」とアピールして、入れてもらいました。
――すごい行動力ですよね。
実は、評価の手法は、政府もNPOも、非営利組織なのでほぼ同じなんです。その後、政府部門の仕事が増え、評価がやりたいと大学評価・学位授与機構にも勤務しました。今思うと、転職はすべて「お金が実際どう使われたのか」という評価で、今の会計検査院の仕事につながり、活かされていると思います。
原動力は「皆さんの税金、こんな使われ方でいいんですか?」
――田中さんが院長になってから、補正予算の全体像の検査など、初めてのことに挑んでいます。政府、各省庁にとっては「無駄ではないか」という厳しい指摘をすることになるが、その原動力は?
もともと、子どもの頃から、正義感が強かったと思うんですけど、ドラッカーの影響が大きいですね。彼はユダヤ人でナチスに追われアメリカに渡りましたが、その時、彼は、筆の力でナチスと闘おうとしていました。現に、第二次世界大戦の真っただ中に、ナチスを分析した著書や戦後の望ましい社会についての著書を発表しています。
以来、人類が二度とファシズムに陥らないためにはどういう社会が望ましいのか、社会が真っ当な方に動くにはどうしたらいいのか、不合理、不条理な状態、特定の権力に人々が振り回されないためにどうしたらいいかを死ぬまで追求し、執筆し続けた人です。
だから、私の原動力は、「みんなの税金ですよ、こんな使われ方で本当にいいんですか?」とドラッカーさんに代わって怒っているところはあるかもしれません。
会計検査院の使命は、お客様である国民に「どう税金が使われたか」伝えること。
会計検査院にとって、一番のお客様は、国民の皆さんお一人一人です。だから、その方たちに、どうやって私たちの検査報告を伝えるのか、というのは私どもの使命だと思っています。
知らないところで、税金が不適切な使われ方をしていたら、皆さん、怒りますよね。その声はとても大切です。そして、その大事な情報を提供するのが会計検査院の役割なので、まずは、国民の方にどう税金が使われているのか知っていただき、国会議員の方たちにも検査結果を報告して情報を提供していく。
その議論が高まっていくことで、税金の使い方の見直しや、使い方が軌道修正されていく、といういい循環ができていくことが望ましいと思っています。
――そのために今年取り組みたいことは?
具体的な検査については申し上げられないのですが、コロナ対策や物価対策、補正予算や給付金については引き続き視点を持ち続けたいと思います。さらに、経済分析などを活用した検査も行いたいので、スペシャリストとしての人材育成にも取り組みたいと思っています。
検査結果の公表をタイムリーに。
さらに、使命である「伝える」ということに関しても改善したい。これまでは、年に1回、検査報告を総理に手交するタイミングやその前後だけ注目され、それ以外は報道でもあまり取り上げられませんでしたが、いろんな時期に分散して出していくことで、国民の皆さんが検査結果を目にする機会を増やしていきたいと思います。
この1年取り組んできて、国民の皆さんは、国のお金の使い方に対して厳しくご覧になっていること、そして、関心を持っているということを実感しています。ですから、できるだけ多くの方たちに、お金の使われ方の正しい情報を届けることができたらと思います。
【今回の「時代のKポイント」は「お金のチェックは『国民目線』で】
NHKの記者時代、省庁ごとに担当が決まっていることもあり、会計検査院の取材をしたことがありませんでした。しかし、田中院長が就任してから1年。95兆円に及ぶ新型コロナの予算は適切に使われたのか、など、幅広く検査が行われ、次々とその問題点が明らかになっています。事務の委託費に320億円支払われ、妥当性が確認できない形で再委託が繰り返されていたり、緊急のはずの「補正予算」に計上された34事業、1兆4000億円が使われないまま、翌年度に繰り越されていたり…。
「1兆、2兆、3兆と。お豆腐屋さんじゃないんです」とは、2016年、膨れ上がる東京オリンピック・パラリンピックの開催費用について都知事選の街頭演説で小池百合子氏が言った言葉ですが、私たちの税金が、あまりにずさんに使われている実態に憤りを覚えます。
年末には「食べるものがない」という子育て世帯や若者への食糧支援の呼びかけが行われました。物価高が続き、社会保障費の負担も増えるなか、私たちが納めた税金が、1兆、2兆、と、湯水のように無駄に使われないように、また「国債」という、未来を担う子どもたちへの負担を増やさないように、会計検査院の情報をもとに、「国民目線」でチェックする必要があると思います。
田中院長は「決算検査報告」のYouTube動画にも自ら出演しています。
動画から、田中院長の「税金の無駄遣いは許さない」という気迫が伝わってきます。背景にある会計検査院のボードのデザインは「外部委託」ではなく、職員が自ら行ったものだとか。合わせてぜひ、一度、見てみてください。
(取材・執筆:山本恵子、編集:泉谷由梨子)