「白い巨塔」を地で行くような困難が待ち受けていた。福島甲状腺検査、「アリバイ作り」のようだった有識者会議【下】

甲状腺専門医・髙野徹さんのインタビュー記事「下」では、「福島甲状腺検査はこれまで2回は立ち止まれるチャンスがあった」と語る理由などについて聞いた【福島甲状腺検査と過剰診断】

東京電力福島第一原発事故後に始まった福島県「県民健康調査」甲状腺検査を巡り、ハフポスト日本版では、同検査のあり方を検討する県の有識者会議で委員を務めた甲状腺専門医・髙野徹さんのインタビュー記事を配信している。

12月25日に配信した「」では、なぜ甲状腺がんは予後が良いとされるのか、「昼寝うさぎ」と名付けられた生命予後に影響しないタイプのがんとは何か、子どもに深刻な被害をもたらす過剰診断の影響などについて聞いた。

今回の「下」では、有識者会議が「アリバイ作りの場」に思えた理由、検査を容認し続ける福島県庁の問題、「福島甲状腺検査はこれまで2回は立ち止まれるチャンスがあった」と語る理由などについて尋ねた。

【シリーズ報道「福島甲状腺検査と過剰診断」の記事はこちらから】

◇髙野徹さんプロフィール◇

東京大学理学部天文学科卒業後、大阪大学医学部に学士入学、同大学院修了。医学博士。現在はりんくう総合医療センター甲状腺センター長兼大阪大学特任講師。小児甲状腺がんの取り扱いについての国際ガイドラインの作成委員を務める。専門は甲状腺がんの分子病理学。共著に「福島の甲状腺検査と過剰診断 子どもたちのために何ができるか」「Overdiagnosis of thyroid cancer in Fukushima」(英語版)

昼寝うさぎとは?
昼寝うさぎとは?
髙野徹先生への取材をもとにハフポストが作成

◆有識者委員会の会場が凍りついた

ーー髙野先生は2017年から2年間、県民健康調査検討委員会と甲状腺検査評価部会の委員を務めています。委員会や部会の雰囲気はどういうものだったのでしょうか。

当時の日本甲状腺学会の会長から話がありました。甲状腺検査が科学的に正しくない方向に向かっていることを知っていたため、「検査を科学的に正しい方向に軌道修正できるよう意見を伝えます」と申し合わせて委員への就任を受諾しました。

いま考えると、私はまだ青かったのかもしれません。正論を言ったら納得してもらえると思っていた。しかし、初めて参加した会議で「甲状腺検査のメリット・デメリットをどう考えているのか」といった趣旨の、私からしたらしごく当たり前の質問をした時、会場が凍りついたのを覚えています。

2018年の甲状腺検査評価部会では「甲状腺検査は医学倫理的に問題がある」話しました。その時は委員の方々も首を縦に振ってくれていたように思えたのですが、それまでだいたい3カ月スパンで開催されていた部会がそこから約5カ月間も開催されませんでした。

そしてようやく開催された部会に出ると、「検査の方法を変えるのはまかりならん」という雰囲気になっていて、強い口調で私を批判する人もいました。この5カ月の間に何かあったと考えざるを得ませんでした。

ーー国際機関の提言などが出ても部会では重く受け止められなかったのでしょうか。

2018年にIARC(国際がん研究機関)の提言が出た時、私や福島甲状腺検査のあり方を懸念している委員は「よくやってくれた。これで福島の甲状腺検査をあるべき姿に戻せる」と非常に高く評価していました。

しかし、部会の場では「この提言は福島とは関係ない、福島の現状を考慮していない」という意見が大勢を占めていました。

当時はインフォームドコンセントに関する議論を進めており、私たちは「福島県民に検査の不利益も伝えなければならない」としつこく言っていたのですが、「県民が不安に思う」などと反対され、受け付けてもらえませんでした。

正直、有識者に意見を聞いた、という“アリバイ作りの場”にすぎないのではないかと感じました。

政府の職員から子どもの甲状腺被ばくの検査結果について説明を受ける住民ら(福島市、2011年)
政府の職員から子どもの甲状腺被ばくの検査結果について説明を受ける住民ら(福島市、2011年)
時事通信

◆「白い巨塔」を地で行くような困難が待ち受けていた

ーー髙野先生は「福島甲状腺検査はこれまで2回は立ち止まれるチャンスがあった」と話されています。

1回目は2014年に韓国のデータが出た時です。小さい甲状腺がんを手術していったら過剰診断になるというものですね。同時に、小さな甲状腺がんは成長しないというデータも神戸の隈病院(甲状腺疾患の専門病院)から出ています。

これらを受け、当時も福島甲状腺検査を問題視する委員らが「過剰診断ではないか」指摘しましたが、これも十分に議論されずに終わってしまいました。

そもそも隈病院から始まった「小さな甲状腺がんはできるだけ診断しない・治療しない」という方針は、世界的には常識になりつつあるものなんです。しかし、なぜか福島甲状腺検査ではそれに逆行することが行われている。そこに闇があるのだと思います。

2回目は2018年に私と祖父江友孝氏が甲状腺検査評価部会で検査の改善案を県に提出した時です。検査の住民への説明の問題と検査体制そのものの問題を指摘したのですが、検査体制の問題を指摘した文書は検討すらされませんでした。

検査の説明に関しては、検査を受けると健康上の利益があるように誤解させる文面になっていることや、検査の有害性についての記載がわかりにくいことなどを指摘しました。

しかし、問題点の改善に反対する委員が多かったため、結局有耶無耶にされてしまいました。

ーー検査を容認し続けている福島県に問題はありますか。内堀雅雄知事は韓国の事例が出た2014年に就任し、それから10年間もこの問題を見過ごしているとも言えます。

単なる感想ですが、福島県庁は事なかれ主義で、問題を先送りにして自分たちが責任を取らされる立場にいる間は表に出ないようにしてやり過ごそうと考えているのではないでしょうか。

さらに県民健康調査全体では1000億円という莫大な予算がかけられており、これが実質的に利権化している上、国も関わっています。地元メディアも過剰診断に関する質問を避けているような気がします。

本当はここで医師をはじめとした医療者が毅然とした態度で問題点を指摘し、解決への道を開かなければならないところですが、検査の有害性について警鐘を鳴らそうとした人たちを待ち受けていたのは、「白い巨塔」を地で行くような困難だったように感じます。

私も当然含まれていますが、彼らは検査をさらに推進しようとしている他の専門家たちやメディアの批判の対象になりました。

御用学者とのレッテルを貼られたり、職場にクレームが入るようになったりしましたし、学会では「過剰診断の被害を言い募っているのは一部の迷惑な人たち」といった批判が飛んできます。

さらに、それまでいた職場を去らなくてはいけなくなった人たちまで出てきたのです。このような状況で、医療者の間では福島甲状腺検査の有害性を語ることはタブー視されるようになりました。

過剰診断で起こり得る4つの不利益。これらは福島県が詳しく住民に説明していない
過剰診断で起こり得る4つの不利益。これらは福島県が詳しく住民に説明していない
これまでの取材をもとにハフポストが作成

◆海外の専門家から相当批判されている

ーー福島甲状腺検査で甲状腺がんが見つかっている理由として、県立医大は「前倒し診断」(将来発生するがんを早期に診断)などの影響だと言っています。

福島の場合は大半が過剰診断で、ごくごく一部に前倒し診断の可能性がありますが、これまで示した通り、それを早めに手術しても死亡率は変わりません。

福島医大が言うように、30年先のがんを先に見つけたというのであれば、なぜ初回だけでなくその後もがんが見つかっているのでしょうか。まったく科学的ではなく、このような方々が福島甲状腺検査の方針を決めていることを非常に懸念しています。

正直、私も当初から関心があったわけではありません。ただ、周囲の人から「福島で起きている問題はあなたが論文に書いた通りだね」と言われるようになり、2015年頃から意識し始めました。

そして、当時の学会で県立医大の先生らが「我々はこれからも福島県民のために頑張って甲状腺検査を続けていく」と言っていたのを聞いて、「これはまずいな」と思ったのが始まりです。

ーーこの度、髙野先生らの著書「福島の甲状腺検査と過剰診断 子どもたちのために何ができるか」(2021年)の英語版を出されました。海外ではこの検査を問題視している専門家も多いのでしょうか。

国際ガイドラインの作成などで海外の専門家ともよくやり取りをしていますが、福島の甲状腺検査に対する日本の専門家たちの向き合い方は相当批判されています。

特に、医学倫理を無視した研究の進め方は問題視されています。このままでは日本の医学研究の発展の障害になるのではないかと心配しています。

さらに言うと、過剰診断に対する正しい理解を欠き、福島において健康被害の拡大をむしろ助長させるような動きをしてきた日本甲状腺学会、日本内分泌外科学会、日本乳腺甲状腺超音波医学会の甲状腺関連3学会の責任は重大です。

そして、英語版の本を出版することになった経緯ですが、過剰診断の領域では非常に有名な海外の先生が「これを読む方法はないだろうか」と私に連絡をくれました。

学校検診による過剰診断というのは世界初のケースで、これは医学の歴史に残るものであるため、海外の専門家も当然興味を持っています。しかも日本から全く情報が発信されないため、私に連絡があったのだと思います。

英語版の本の序文は私が書きました。この本の出版を企画した意図を理解してもらうため、その内容を紹介します。

私は福島甲状腺検査が開始されたことによって大きな利益を得た研究者です。そのデータが芽細胞発がん説を証明することになったからです。実際、周囲の人からは「あなたの説が正しいと証明されたね。おめでとう」と言われました。

しかし、「おめでとう」という言葉に心がずきっとして、喜ばしい気持ちにはなれませんでした。私は長年、若年者の甲状腺がんの診察をしています。だからこそ、このデータが多くの子どもや若者の犠牲の上で得られたものだということをよく知っていたからです。

自分が有識者会議の委員になって事態を改善しようと努力しましたが、「白い巨塔」はびくとも動きませんでした。しかし、この英語版の本で海外の専門家に国内の現状を知らせることができれば、外圧によって事態は動くかもしれません。

そして、それが福島の人たちへの多少なりともの罪滅ぼしになるのではないか、と考えています。

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