「ゴジラ-1.0」に続く成功を生むには? 日本の映画・ドラマの国際競争力を高めるための「3つのロードマップ」

海外売上に課す税制優遇措置や大規模セットの設立、ファンドの導入。国際共同制作が盛り上がる中、日本の映像業界がとるべき未来へのロードマップは。

近年、映画やドラマ制作のグローバル化が進む中で、日本が他国と協力して新たな作品を生み出す「国際共同制作」の重要性が高まっている。特に今、日本と韓国による共同制作で次々と注目作が生まれている。

数々の日韓合同制作を経験してきた助監督の藤本信介さんと、現場で働くスタッフのマネージャー業務を行う近藤香南子さんへの取材をもとに、前編では日本の労働環境や人手不足について紹介した。

後編では、国際共同制作や海外展開の未来について考察していく。

藤本信介さん:韓国を拠点に助監督や通訳スタッフとして映画制作に関わる。『ベイビー・ブローカー』で助監督を務めたほか、『お嬢さん』『アイアムアヒーロー』『アジアの天使』など多数の韓国映画・日韓合同映画に参加。

近藤香南子さん:『トウキョウソナタ』『空気人形』などで助監督を務め、現在は現場スタッフのマネージャー業務を行う。映画関連のクリエイターの働く環境の整備や支援制度、映画の海外展開などの企画立案を行う、コンテンツ産業官民協議会「映画戦略企画委員会」メンバー。

既存ビジネスを問い直すきっかけにも

前編で紹介した通り、日韓合同制作の現状の課題は、労働環境や賃金の格差、そして日本での人手不足が考えられるが、日韓国際共同制作には魅力的な側面も多い。

文化や技術の融合からこれまでにない作品が生まれる可能性を秘めている」と話す藤本さん。クリエイティブな面だけではなく、既存の映画ビジネスや労働環境を見直す、新しい視点も得られるという。

例えば、日本の撮影現場ではスタッフが「冷たいお弁当」を食べるのが当たり前とされてきたが、韓国では、ロケ場所近くの食堂で食べたり、現場でケータリングスタッフがあたたかいご飯を作って提供したりする。ささやかに見えるようだが、このような配慮が労働者のウェルビーイングにつながり、現場に活力を与えるのだろう。

国際共同制作は、今後の日本のコンテンツ産業のキーワードの一つになると思われるが、それを盛り上げるために日本の映像業界がとるべき未来へのロードマップはなんだろうか。

ロードマップ1:海外売上に課す税制優遇措置

第一に、近藤さんは日本のコンテンツの海外売上に対する税制優遇を提案する。

日本の市場が縮小傾向にある中、コンテンツを海外に販売した収益に対する税制優遇制度を設ければ、海外でもチャレンジしたいという若者の力も育つでしょう。そうすれば、東宝が海外市場をターゲットに制作し、アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した映画『ゴジラ-1.0』に続く作品が今後も生まれるのではないでしょうか」

確かに、海外マーケットを視野に入れた商品開発をするというマインドセットを作るためには、経済的インセンティブを制作会社に提供するのが近道だろう。

『ゴジラ-1.0』では、クリエイターの技術にも注目が集まった
『ゴジラ-1.0』では、クリエイターの技術にも注目が集まった
Jeff Kravitz via Getty Images

ロードマップ2:大規模セットの設立

第二に、藤本さんは、大規模セットの設立を提言する。

「自分が映画産業支援として行政に実現してほしいのは、大規模セットの設立です。日本で一番大きなセットは数十年前に建設されたものなので古い一方、韓国では日本の2〜3倍ある大きなスタジオがいくつも新しく作られています。今の時代にひとつの制作会社が大規模なセットを作ることは難しいと思いますが、日本の映像産業を世界レベルに引き上げるためには、時間の制限なく自由に撮影できる大規模なセットが必要です。海外の制作会社にも、『大きなセットでも撮影ができるなら、日本へ撮影に行こう』という発想が生まれ、ロケ地誘致にもつながります

事実、ゴールデングローブ賞を受賞するなど世界的に大ヒットしたドラマ『SHOGUN 将軍』は残念なことに日本ではなく、カナダ・バンクーバーで撮影された(※シーズン2は、一部だけでも日本で撮影できないか調整中だという)。日本には大規模セットやそのインフラもないので、日本を舞台にした物語でも日本で撮影するメリットがあまりないのが実情だ。 

ハリウッド大作が現地に落とす経済効果は1日に最大130万ドル(1億9900万円)とも言われているから、非常にもったいない。例えば、マーベルの映画『ブラックパンサー』は、アメリカ・ジョージア州で3100人以上の地元労働者を雇用し、総額2650万ドル(約40億6600万円)の賃金をもたらした。

日本政府が東アジア屈指のスタジオを設立し、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、ハンガリーのように製作費の30〜40%を還元するリベートや税制優遇制度を設けたら、大きな経済効果をもたらすばかりか、日本映像業界の国際競争力を強化することにもなるだろう。

ロードマップ3:ファンドで資金を集める

第三に、近藤さんは映像作品の資金構築に、韓国のようなファンドを導入することに期待しているという。現在、韓国ではファンド、日本では製作委員会という異なる方法が主に採用されている。

韓国のファンド式では、個別の映画プロジェクトに対して企業や個人の投資が行われる。この方法では、投資家がリスクを負うため、成功の見込みがあるプロジェクトに資金が集中し、映画の制作本数が少なくなる。

それに対して、日本の製作委員会方式では、映画制作会社、配給会社、芸能事務所、出版社、広告代理店、放送局、音楽制作会社などの複数の企業が共同で資金を提供するため、リスクが分散され、制作本数が増えやすい。大量には作られるが1本あたりの利益は限られ、クリエイターや現場スタッフへの還元は限定され、待遇の悪化にもつながっている。

制作へのハードルが低い日本の環境は、若手監督にとってはよいことだが、これが制作現場の劣悪化と低賃金化を招いている側面もある。韓国の大作指向は必然的に制作スタッフの競争率が高くなるので、どちらの制度も一長一短があるが、近藤さんは日本映像業界の発展には海外進出が必須で、ファンド方式が現状を打破する一手だと考えている。 

事実、ファンド方式のほうが国際共同制作を呼び込みやすい。過去に筆者はフランス人のプロデューサーから、「日本の映画には投資しにくいから、その代わりに韓国映画に投資している」と聞いたことがある。

そういった海外の投資家の声に応えるかのように、2024年5月にK2ピクチャーズ(K2 Pictures)が立ち上がった。K2ピクチャーズは、岩井俊二、是枝裕和、白石和彌、西川美和、アニメーション制作会社のMAPPA、三池崇史など、多彩なクリエイターと協力して「日本映画の新しい生態系をつくる」ことを目指す映画・映像を中心とした事業を展開する会社だ。同社は日本発の映画製作ファンド「K2P Film Fund Ⅰ」を立ち上げ、国内外の投資家の日本映画産業への新規参入や、クリエイターへの利益還元を推進している。 

そんな国内の動きに近藤さんは次のように期待を述べる。

ファンドは作品がヒットした時に、投資家が得られる利益が製作委員会よりもずっと大きい。日本でもK2が成功事例となれば、あとに続く企業が出てくるのではないでしょうか

国際共同制作は、文化や視点の融合によって新たな創造性を生み出す一方で、労働環境や人材不足などの課題が存在する。グローバル基準での労働条件や法律の整備、次世代人材の育成が、映像産業の国際競争力を高める鍵となる。

政府が大規模セットの建設や税制優遇を推進し、持続可能な制作環境を整えることができれば、世界に通用する映像作品を生み出す基盤が構築されるだろう。

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