ドラマ・映画の日韓合同制作、なぜ増加?市場拡大のメリットと、現場で深刻化する労働問題【解説】

坂口健太郎さん出演の『愛のあとにくるもの』や、日本で撮影が行われたNetflix『ガス人間』。日韓合同制作が増えている背景には、両国で映画産業が苦境に陥っていることも考えられるだろう。
『愛のあとにくるもの』でW主演を務めた坂口健太郎さんとイ・セヨンさん
『愛のあとにくるもの』でW主演を務めた坂口健太郎さんとイ・セヨンさん
Han Myung-Gu via Getty Images

日韓合同制作は、少子化による国内市場の縮小とグローバル市場への進出を目指す両国にとって、重要な戦略の一つだ。昨年放送されたTBSドラマの『Eye Love You』と『ブラックペアン2』には韓国の人気俳優が出演し、韓国ドラマ『愛のあとにくるもの』や、日本で撮影が行われたNetflixシリーズ『ガス人間』は日韓合同制作である。

日韓合同制作はクリエイターの交流を通した双方の創造性を高め、両国の市場を狙うメリットがある。しかし、労働環境の違いや人材不足といった課題も存在する。

本コラムの前編では、数々の日韓合同制作を経験してきた助監督の藤本信介さんと、現場で働くスタッフのマネージャー業務を行う近藤香南子さんへの取材をもとに、課題について考える。

藤本信介さん:韓国を拠点に助監督や通訳スタッフとして映画制作に関わる。『ベイビー・ブローカー』で助監督を務めたほか、『お嬢さん』『アイアムアヒーロー』『アジアの天使』など多数の韓国映画・日韓合同映画に参加。

近藤香南子さん:『トウキョウソナタ』『空気人形』などで助監督を務め、現在は現場スタッフのマネージャー業務を行う。映画関連のクリエイターの働く環境の整備や支援制度、映画の海外展開などの企画立案を行う、コンテンツ産業官民協議会「映画戦略企画委員会」メンバー。

日韓合同制作が増加する理由は?

年々、ストリーミング作品やTVドラマ、映画において日韓合同制作が増えており、本腰を入れるべく、韓国の大手制作会社が日本に子会社を作る動きも広がっている。 

2022年には、日本の「LINEマンガ」のアプリを運営するLINE Digital Frontier、「愛の不時着」を制作した韓国のコンテンツ会社CJ ENM、同社のドラマ制作事業を担うスタジオドラゴンの3社が共同で「スタジオドラゴンジャパン」を設立した。日本も、TBSがCJ ENMとパートナーシップ協定を結び、3本以上の地上波ドラマ、2本の劇場用映画の共同制作を進めている。

このような日韓合同制作が増えている背景には、少子化による国内市場の縮小がある。

日韓の人口が急速に減っていき、コンテンツ産業は商品の海外輸出を通してマーケットシェアを増やすことが念頭に置かれている今、日韓合同制作は双方の市場を狙える。 

加えて、コンテンツ産業の中でも特に映画が、両国で苦境に陥っている現実がある。

韓国のポップカルチャーは世界市場に進出し、現在、中央ヨーロッパではコリアン・ウェーブが起きるほどに人気を博している。それにも関わらず、韓国では映画制作本数が減少しているのだ。その理由は制作費の高騰にある。コロナ以降、映画館へ行く人が激減した上に、俳優のギャラが急激に上昇しているとも聞く。

俳優やスタッフの人件費が安い日本と共同制作をすれば、自国だけで作るよりも制作費が安く抑えられ、日本での展開も見込める。そのため、韓国の制作会社が日本との共同制作に踏み切っているのだと考えられる。

近藤さんと藤本さんに聞くと、例えば、日本は無償のエキストラを募ることが多いが、韓国はプロのエキストラを募集し、きちんと対価を払うという。もちろん予算をセーブすることだけが共同制作の理由ではないだろうが、これは大きな魅力である。 

一方、日本は制作本数が増え続けている。この背景には、「リスクが少なく確実に利益が出る」作品づくりに偏る日本の大手映画会社の特徴があるのではないだろうか。予算をかければかけるほど、外れた時のリスクが大きくなるため、日本の映画には、一定数の客足が見込める漫画や小説の実写化が多く、1本あたりの制作予算は少ない。予算が少ない映画から持続的な利益を出すには、本数を増やしてたくさん売るーーつまり「薄利多売」が近道だ。

これが常態化し、新しいことに挑戦できない環境の中で韓国側から共同制作の声がかかると、日本側も「韓国とできるならやってみたい」という状況にあるのではないか。

つまり、双方にとって合同制作は苦境から抜け出すための「突破口」としての役割を果たしているとも言えるだろう。

こうして共同制作が増える中で、現場で起きているのが、労働環境・条件の違いと人材不足という2つの課題だ。

まずは、韓国と日本の労働時間の違いを見ていこう。

課題1:労働条件や給与をグローバル基準に

韓国では2018年以降、労働時間を週当たり52時間(法定40時間+延長12時間)に制限している。藤本さん曰く、2019年頃から映像業界にも適用されるようになったという。

日本の法定労働も韓国と同じ週40時間。時間外労働には「原則月45時間、年360時間」を上限とする基準が定められている。

しかし、問題なのは日本の映像業界では韓国と異なり、すべてのフリーランス(個人事業主)に労働時間の規制(労働基準法の適用)自体がないことだ。その上、昨年11月にやっとフリーランス新法が成立したが、契約書を結ぶ文化そのものがいまだになかったり、契約書を作成する時間や人の余裕がなかったりするため、法律よりも「業界の慣習」が優先されているケースをよく耳にする。

筆者の知り合いの映画監督は契約書を交わしてもらえなかったばかりか、何カ月も脚本の書き直しを命じられ、支払いは映画が公開された3カ月後だと制作会社に言われたという。驚くことに、この監督がもっと早く支払ってほしいと頼んでも、「皆さんこうですから」と居直られたそうだ。日本の映像業界人のほとんどがフリーランスのため、仕事を干されるのが怖く、公正取引委員会に通報することができない。

日韓の両方の撮影現場を知る藤本さんに労働時間の違いについて聞くと、こんな答えが返って来た。

韓国チームが韓国国内で制作する場合は週52時間を基本的に守っています。現場の状況は個々に違うので一概にはいえませんが、日本との共同制作でも韓国側が企画を立ち上げて日本に来て撮影をした場合、できるだけ52時間を守って働こうとはします。ただし、日本の撮影場所の都合やスケジュール、予算などにより適用するのが難しい時もありますし、韓国のやり方をすべて突き通せるわけではないというのが実情です

自分の経験では、部署にもよりますが、韓国スタッフよりも日本スタッフの方が労働時間が長くなることが多いという印象があります。なぜなら、韓国スタッフは、週52時間を守ることを踏まえてスタッフ数を決めていますが、日本スタッフの場合は労働時間の明確な制約がないため、少ない人数で長く働かざるを得ないケースが多いからです

日韓に関わらず、国際共同制作においてはこうした労働条件や給与の基準の制定が課題ではないだろうか。この数年で、日本でも契約書を結ばない慣習が見直され、「日本映画制作適正化機構」が設立するなど整備が始まりつつあるが、いまだに諸外国と比べると労働条件は過酷だ。とりわけ、韓国の俳優のギャラは、日本の俳優よりもはるかに高いと聞く。こうしたギャラも含めて、日本の労働条件や給与をグローバル基準に引き上げない限り、今後日本が他国の映像産業の「安い下請け先」になってしまう可能性も見える。

課題2:人手不足で「海外の需要に供給できるか疑問」

第二の課題は人手不足だ。近藤さんは次のように説明する。

日本の制作スタッフは1年先までスケジュールが詰まっているほど人手が足りず、制作が急に決まっても、実際に働ける人がいない。人手不足の背景には育成の問題もあり、東京芸大を除き、日本で映像制作を学べる教育機関はほとんど私大か専門学校で、学費が高いため学ぶハードルが高いです。また、基本的にOJTで仕事を覚えるため、撮影現場の人手や時間に余裕がないと育成ができないという問題があります。日本は円安で労働規制もゆるく、制作コストが低く抑えられると海外からは見られています。そうした労働上の課題や人手不足が解消されないまま、政府は海外の制作会社の撮影誘致に助成金を出していますが、マンパワー的に海外の需要に供給できるかどうか疑問です

一方の韓国では日本を上回る速度で少子化が進んでいるが、人手不足問題は起こっていないのだろうか。藤本さんは、「韓国も常に人を募集していますが、日本ほどではない」と説明する。

「そもそも韓国では、部署にもよりますが、1本撮り終わってから次の作品を決めるという人が多く、日本のように1年先までスケジュールがいっぱいという話はあまり聞きません。作品数が多すぎる日本では人手不足が深刻な問題になっています。撮影準備から撮影終了までの全工程に参加できるスタッフを充分に確保するのが困難なため、部分的にスタッフをつぎはぎ的に集めて回すしかない状況です

この日韓の違いは、労働環境の違いとクリエイターの育成にあると思われる。韓国政府は映像スタッフの育成と映像産業全般の支援に非常に積極的だ。2022年、韓国文化体育観光部はコンテンツ分野全体に約7869億円の予算を投じており、その中には映画やドラマ制作支援、スタッフの育成、グローバル市場への展開を促進する施策が含まれている。

半面、2023年のクールジャパン関連予算の総額は、特別会計や内数として計上されている関連事業を含めると、合計1200億円に達するが、主な用途は文化観光推進、インバウンド促進、コンテンツの海外展開支援などに充てられている。また、日本政府は映画産業支援として「J-Lox+補助金」などを通じて予算を割り当てているが、この予算は主に海外展開や国内ロケ誘致の補助に使われ、人材育成よりもプロジェクト単位の支援が中心だ。

このように、日韓合同制作はクリエイターの交流や市場の拡大といったメリットをもたらしている一方で、労働環境や人材不足といった問題を浮き彫りにしている。こういった課題を克服しなければ、日本の映像産業が他国の「下請け」としての役割にとどまる可能性が高い。日本の映像業界が持続的な成長を遂げるためには、グローバル基準での労働環境の整備や人材育成に加え、制作環境全体の見直しが必要だ。

後日掲載の後編では、日本の映像産業が国際競争力を高めるために求められる「大規模セットの設立」や「税制優遇」などの重要性について考察する。

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