気候変動を食い止めるために必要な温室効果ガスの排出削減。国としての目標設定を巡って今、大きな議論になっている。
注目されているのが、日本の削減目標を検討する審議会だ。政府が出した目標案が、パリ協定で国際的に合意した目標に到達するにはあまりにも低すぎることで、ビジネス界からも反発の声が上がっているのだ。
パリ協定の「1.5度目標」に足りない政府案
9月に発生した能登豪雨も気候変動の影響が指摘されるなど、既に日本でもその被害は出始めている。
産業革命前に比べて世界の平均気温上昇が1.5度を超えると、その影響はさらに悪化する可能性が高いとされている。そのため、パリ協定では「1.5度を超えない」ことが国際的な目標となった。
達成には各国の尽力が欠かせないが、この約束を達成するため、日本は最低でも2035年までに温室効果ガスを66%削減(2013年度比)することが必要だということがIPCC(気候変動に関する政府間パネル)で示された分析によって判明している。
これに対して、政府が今回示した目標が、2035年までに60%減(2013年度比)だったため、問題視する声が上がっているのだ。
加えて、審議会の進め方にも問題が多い。委員の意見を「封殺」するような対応や、進め方が「シナリオありき」で「議論が雑」だと複数の委員が指摘している。
国の目標は2025年2月に提出されることになっており、目標設定作業は大詰めの状況。しかし、このまま環境省と経済産業省の「シナリオ」通りに目標が決まっていいのか。
大企業から中小企業、スポーツ界、若者や審議会の委員らが12月5日に緊急で集まり、目標の引き上げと、省庁の「シナリオありき」ではない科学的根拠に基づいた熟議をして結論を出すように、政府に求めた。
「脱炭素はビジネスに好循環」の声も
政府のこの目標案に対しては、目標が高くなることによって「規制」を受ける立場となる企業側からも、異例とも言えるアピールが続いている。
リコーや戸田建設、三井住友信託銀行、イオンなど各業界の大手を含め約250社が参加する企業団体「日本気候リーダーズ・パートナーシップ」(JCLP)の松尾雄介事務局長は、「日本は二酸化炭素の排出量が世界で5番目に多い国。国際的に合意した『先進国の責任』を果たす必要があります」と話した。
「さらに、脱炭素は世界で成長する非常に有望なマーケット。世界で勝負できるようにすることも考えた上で、(温室効果ガスを)2035年までに2013年度比で75%削減、再エネ比率60%以上を提言しております」
と、目標を高く掲げることで、新しいビジネスが生まれ日本経済にも好循環が生まれる可能性があるとしている。
さらに松尾事務局長は、エネルギーや脱炭素を巡る審議会の委員の構成にエネルギーを供給する側のメンバーが多いなど政府による恣意的な偏りがあるのではないかとも指摘した。
発言機会の偏りに問題を感じているのは大企業だけではない。
電力の再生可能エネルギー比率100%を目指す中小企業など約390社が集まる団体「再エネ100宣言 RE Action」も、中小企業のエネルギー政策の議論への参加を求めている。
同団体の金子貴代さんは、「地域にとって望ましい形で再エネ導入に取り組んでいる中小企業がたくさんあります。そうした企業は具体的な課題やニーズを持っており、政策に反映してほしいと思っています」と語った。
排出量だけではなく、再エネ目標も「低すぎ」
また、「再エネ100宣言 RE Action」は排出量を削減するだけではなく、日本の電源構成の中の再エネ比率を国際的な水準に引き上げることも求めている。
2023年に行われたCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)では、2030年までに再エネの発電容量を3倍にすることが合意された。金子さんは「各国の再エネ比率を比較すると、日本は国際基準に達しておらず、このままではビジネスの競争力維持が難しい」と危機感をあらわにした。
過去と比べても「雑すぎる」審議会
また、審議会での目標の「決め方」にも批判の声が相次いでいる。
この審議会に委員として参加する住環境計画研究所所長の鶴崎敬大さんによると、第2回会合から第6回の途中まで「関係者へのヒアリング」という形で進行していたという。
今回問題になっている政府の目標案が突如配られたのは、11月25日の第6回合同会合が残り30分に迫ったタイミングだった。
鶴崎委員は会合の中で、「数字の議論をこんなにも大雑把にやっていいんだろうかっていうのは正直感じている」など苦言を呈した。さらに後日同研究所のコラム内でも、「必ずしも裏付けが十分とは言えない状況で、トップダウンで目標値を決めるということは、一体どういうことなのか。しかもそれを政治主導ではなく行政のプロセスで進めるとき、審議会という開かれた場でどのように議論を進めるべきだったのか」とつづっている。
また、ハチドリソーラー代表取締役の池田将太委員は、委員らがコメントを3分間で述べていくだけの会合の進め方に、「本当にこの進め方で、正しい方向性を見出していくことができるのでしょうか」と指摘した。
気候政策シンクタンク「Climate Integrate(クライメートインテグレート)」代表理事の平田仁子さんは、政府が専門機関へシナリオ分析を依頼した時点で、「(政府案の60%の目標を導き出した)直線的に削減が進んだケースを分析に含めること」を求め、前提にしていたと説明。「会議が非常に予定調和で進められ、結論ありきだったことが明らかになっています」など、審議会の形骸化を指摘した。
「過去に比べ、今回の審議会はより問題が大きいと感じています。かつてはどれだけ温室効果ガスを削減すべきなのかを国民に問うような議論を行ったり、削減できる裏付けを積み上げて議論をしたりしていました。今回は何をもって数値を出しているのかもよくわからない状況で、環境省が経産省より高い目標にチャレンジする動きもなく、シナリオを出すタイミングも遅く議論のスペースがほとんどないなど、より審議会の劣化を感じます」
科学やステークホルダーの声を取り入れる審議会を
池田委員は10月の会合を仕事の都合で欠席する際に意見書を送ったところ、環境省から「控えていただきたい」と言われて意見が封殺されたと感じたと11月の第6回会合で言及している。
池田委員は、会議の進め方の改善とより野心的な削減目標(2035年までに2013年比で再エネ比率60%、温室効果ガス削減75%)の提案を書いた意見書を環境省に送ったが、会合で読み上げられることはなかったという。
浅尾慶一郎環境相は翌日の11月26日の会見で、「(10月の)会合の議題と意見が必ずしも合致しておらず発言の延期をお願いした。発言を妨げる意図ではない」と釈明した。
池田委員はこれに対し12月5日の緊急会見で、「環境省に意見を送り、『今回は控えていただきたい』と言われたことに了承はしておらず、『読み上げてほしい』と念を押しました。議題が一致しなかったといいますが、そもそもの会議体のあり方についての意見を送らせていただいているので、議題に関係なく読み上げてもらうべきだったと考えています」と考えを述べた。
認定NPO法人「気候ネットワーク」の桃井貴子さんは「これまで以上に杜撰(ずさん)な審議会のプロセスだったことが浮き彫りになった」と指摘。経産省、環境省に対して、委員とのやり取りのメールなどの情報開示請求を出したという。
政府側は次々と上がる声をどう受け止めるのか。日本若者協議会は12月6日、浅尾環境相に直接提言を手渡した。
同団体は、温室効果ガス削減目標を少なくともIPCCが示している2035年までに66%(2013年度比)、さらに70%以上減の高みを目指すことや、独立した第三者委員会を作って政策や進捗状況を科学的に検証したり、気候市民会議などで気候変動の影響を受ける当事者の声を取り入れたりするなど意思決定プロセスのアップデートを求めた。
「科学的知見に基づいて進めていきたい」とした浅尾大臣の発言について、日本若者協議会の冨永徹平さんは「消極的に感じて残念だった」とコメントした。
12月9日には削減目標の引き上げや意思決定プロセスの改善を求める署名も立ち上がった。温室効果ガスの削減目標がこのまま決まってしまっていいのか。気候変動に立ち向かうには、政府案から引き上げる、市民の声も必要だ。