新しい地図のファンミでも活躍する「コンサート手話通訳」。合理的配慮めぐり、エンタメ業界にも変化

聴覚障害のある人に歌詞やMCなどを伝える「コンサート手話通訳」を、企業やアーティスト側が起用するケースが増えている。合理的配慮の義務化を受けた、エンタメ界の変化と課題を取材した。
コンサート手話通訳として活動する長谷川恵美理さん
コンサート手話通訳として活動する長谷川恵美理さん
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アーティストのライブで、聴覚障害のある人に音楽の歌詞やMCなどを伝える「コンサート手話通訳」。

アメリカや韓国などでは以前からコンサートを主催する企業が手話通訳を手配しているが、日本では、障害のある当事者が、通訳が会場に入れるように主催者に交渉した上で、チケット代などの費用を負担するケースがほとんどだった。

しかし、2024年4月に改正障害者差別解消法が施行され、企業の「合理的配慮」が義務化されたことを受け、日本の一部のエンタメ企業の間で、コンサート手話通訳を導入する動きが生まれつつある。

稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんの活動のクリエイティブ面をサポートするCULENは、「新しい地図」のファンミーティング「NAKAMA to MEETING」や香取さんのライブ「“Circus Funk” Festival」、草彅さん主演の舞台「ヴェニスの商人」の公演などに、情報保障として手話通訳や文字サポートなどを取り入れ始めている。

今、エンタメ業界にどんな変化が生まれているのか。手話通訳者や企業に取材した。

無報酬のケースも多く「職業として確立させたい」

長谷川恵美理さんは、フリーランスのコンサート手話通訳として2013年から10年以上活動してきた。ろう者の親の元に生まれた、聞こえる子ども「CODA(コーダ)」で、自治体の手話通訳派遣の経験もある。

これまでの10年は、企業側ではなく、コンサートに参加するファン個人から依頼を受けていた。まずはコンサートのプロモーター(主催者)に連絡を取り、手話通訳の情報保障が必要なことを伝えるも、多くの場合は主催者側では手話通訳は用意できないという対応だった。

時間をかけ交渉し、手話通訳の同行が認められても、そのチケット代も必要だとされることが多く、聴覚障害のある当事者が自己負担するケースを数多く目にしてきた。 

入退場のサポート、会場アナウンスやMCの通訳に加え、要望があれば、歌詞にあわせて手話を行うが、会場内での手話通訳のスペースの確保などに課題も感じてきた。手話通訳分のチケット代や交通費を合わせると障害のある当事者の負担が大きくなるため、自身は無報酬のボランティアとして引き受けるケースが多かった。 

「自治体による通訳派遣事業が想定している、日常生活を含む幅広い通訳業務と、会場の雰囲気や臨場感、楽しさなどの感情を伝えるコンサート手話通訳では、求められるスキルが異なります。コンサート手話通訳は、コンサートにおける即興性や感情を伝える高いレベルの手話表現、そしてアーティストや曲への理解も必要です。まずはその役割を広く認識してもらい、海外のように、専門性のある職業として確立させたい」 

そんな思いで、メディアやSNSでコンサート手話通訳の仕事や、エンタメ分野におけるアクセシビリティについて発信を続けていると、24年3月頃から企業側からオファーが来るようになった。

そのうちの一社がCULENだった。

コンサートや舞台で手話通訳やポータブル字幕機。改善点も

同社の担当者によると、新しい地図のファンミーティング「NAKAMA to MEETING Vol.3」の24年3月の東京公演に参加する聴覚障害のあるファンから、開催前に、MCなどの通訳の経験のある手話通訳を同行したいと連絡を受けた。それを了承したところ、コンサート当日に同行したのが長谷川さんだった。

その後5月の大阪公演にも、手話通訳の要望があったため、今度はCULEN側から長谷川さんに依頼。また、別のファンから、難聴のため要約筆記者を帯同したいという連絡もあり、長谷川さんに相談のうえ、大阪市身体障害者団体協議会に依頼した。MCの手話通訳や入場案内のサポートのほか、コンサート中に楽曲の歌詞がわかるように歌詞カードも貸し出したという。

コンサート当日、手話通訳が十分に役割を発揮できるためには、事前の準備が欠かせない。

長谷川さんは、コンサートの鑑賞サポートに関する事前の打ち合わせにも参加し、他のスタッフと聴覚障害のある観客の席配置や、手話通訳の立ち位置、必要な設備などについて、これまでの経験をもとに意見を交わした。

公演後、CULENには、実際にコンサート手話通訳を利用した人からいくつかの改善の要望も寄せられたという。たとえば、「NAKAMA to MEETING Vol.3」では、手元が暗く、貸し出した歌詞カードが見えづらかったといった指摘もあった。その後、12月に行われた香取さんの「“Circus Funk” Festival」では、他の観客に配慮しながら、手元ランプを用意するなどの工夫を行った。

さらに、草彅さん主演の舞台「ヴェニスの商人」では全公演で台本タブレット(※)を準備し、そのうちの1公演のみ、イヤホンガイドに依頼し、舞台上の進行に合わせて字幕を表示するポータブル字幕機(※)を使用した鑑賞サポートを実施した。

利用者からは、台本タブレットの文字の大きさや見えにくさについての相談を受けたため、その後の公演では、画面から放たれる光量による他の観客への影響を踏まえながら調整を行ったという。

利用者から寄せられた改善点を踏まえ、同社は「まだまだ課題は多いと思いますが、ひとつひとつのイベントの特性を生かしつつ、貴重な思い出となるようなひと時を過ごしていただけるように努力してまいりたいと思います」と述べ、今後も対応を検討したいとコメントした。

※台本タブレットは、台本データを入れたタブレット端末を手元で見ながら観劇することができるもの。ただし、舞台を見ながら進行に合わせて読み進めていくのは難しいため、台詞にあわせてリアルタイムで字幕が出るポータブル字幕機が、情報保障にはより適切だとされている。

企業の取り組みで「改めてニーズを実感」

長谷川さんはCULEN以外にも、これまでに複数の企業やアーティストと直接関わり、報酬を受け取る形でコンサートなどで手話通訳を行ってきた。

音楽ユニット「K.K.」が24年12月に東京で開催した「Music for All」と題したコンサートでも、MCや一部の楽曲で手話通訳を担当した。同公演では他にも、アーティスト自身も手話で自己紹介し、背面スクリーンに全楽曲の歌詞を映し出したり、会場内での張り紙の案内を増やしたりして情報保障に取り組んだという。手話の表現には、聴覚障害の当事者で、手話翻訳者・ろうインフルエンサーとして活動する佐山信二さんが協力した。

音楽ユニット「K.K.」のライブのリハーサルの様子。手話の表現には、聴覚障害の当事者で、手話翻訳者・ろうインフルエンサーとして活動する佐山信二さん(写真右)が協力している
音楽ユニット「K.K.」のライブのリハーサルの様子。手話の表現には、聴覚障害の当事者で、手話翻訳者・ろうインフルエンサーとして活動する佐山信二さん(写真右)が協力している
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各企業が提供する情報保障も、現段階では万全とは言えない部分もあるが、聴覚障害のあるファンからのフィードバックを次に活かしたり、専門家と意見交換をしたりして、改善を進めている。

法改正を受け、日本でもようやく企業側が情報保障に取り組み始めたことに、長谷川さんも、大きな変化を感じている。

「これまで、聴覚障害のある人がコンサートに行くために、あまりに多くの時間と労力をかけて交渉を行い、『特別扱いはできない』と言われるなど対応の難しさに直面し、深く傷ついた人も少なくありません。

これからは、コンサート手話通訳が、より多くの場面で当たり前の選択肢として認識されるようになってほしいです。また、コンサート以外のイベントや、日々のSNSや公式サイトなどでの情報発信においても、情報保障が不十分なためにアクセスしづらいと感じる人はいないだろうか?と、これまでのやり方を見直す動きが広がっていけばと思います」

長谷川さんが個人からコンサート手話通訳の依頼を受けていた時は、知り合いや聴覚障害のある音楽ファンの間で口コミが広がり、ツテをたどっての依頼が中心で、リピーターも多かった。企業からオファーを受けるようになったことで、「出会う層が広がり、コンサート手話通訳を求めている人がこんなにも多いのかと、改めてニーズを実感した」と語る。

「1公演で5人ほどがコンサート手話通訳を利用したこともありました。要約筆記を希望した方がいたように、手話以外の情報保障の方法も求められています。企業やアーティスト側からの依頼は、音楽性もポップスやバンド、ダンスなど様々。そのアーティストやコンサートの特性にあわせて、私自身もこれまでの経験を活かし、表現や立ち位置などを工夫しながら対応しています。

海外では、ろう通訳(ろう者による手話通訳)も活躍していますし、コンサート手話通訳の育成や手話表現の向上が重要です。私の願いは、コンサート会場にいる誰もが笑顔になり、その場で共有した感動が日常生活のパワーになることです。そのためにも、まずはコンサート手話通訳の認識を広げ、仕組みを整えていくことが大切だと考えています」

(取材・文=若田悠希/ハフポスト)

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