2016年11月、大統領選でトランプ氏への敗北を認めたヒラリー・クリントン氏は、聴衆に「1つ心に留めておいてほしい」としてこう述べた。
「私たちは、あの最も高くて硬いガラスの天井を打ち破ることはできませんでした。しかし、いつか誰かが打ち破ります。その時が、私たちが考えているより早く来ることを望みます」
それから8年ーー。
バイデン大統領の次期大統領選撤退に伴い、カマラ・ハリス副大統領が民主党候補に指名された。つまり、また1人の女性が大統領の座を射程圏内に収めたということだ。
しかし、それは実現しなかった。
トランプ氏は選挙人票312票を獲得し、激戦7州を制して勝利した。
民主党が敗戦の理由を分析する中、この結果が将来の女性大統領候補に与える影響を懸念する声も多い。
2016年のクリントン氏とは対照的に、ハリス氏は「女性候補者」であるということをことさら主張せず、今回の選挙活動で自身の性別を強調しない方針をとった。
ハリス氏はNBCニュースに10月、「私は明らかに女性です」と語り、「それを誰かに指摘する必要はありません」と述べた。
戦略は違えど、両者ともトランプ氏に敗れたことは、女性候補者特有の課題を示している。
公職に立候補する女性の増加を支援する超党派の非営利団体「She Should Run」の創設者エリン・ルース・カトラロ氏は「どちらせよ勝つことができないのだから、どれだけ私たちにやるべき事が多いのかは明らかです」と述べ、「そのためのロードマップはないのです」と続けた。
カトラロ氏は、女性の代表が増えることは、アメリカに必ず恩恵をもたらすと述べる。
「この国の様々な識者を活用せずに、最もスマートな政策を持つことなどできません」と言い、「女性の声と視点が重要であるという現実に議論の余地はありません」と語った。
当選資質への疑問
クリントン氏敗北後の民主党予備選挙では、ハリス氏を含む過去最多の6人の女性大統領候補が党の支持を競った。
当時、当選資質、つまり、候補者がトランプ氏に勝てると認識されているかどうかが民主党予備選の有権者にとっては重要で、最終的に2020年の党の候補に選ばれたバイデン氏に有利に働いた。
2024年の選挙結果が今後の大統領候補や有権者の心にどう作用するのかを判断するには時期尚早だが、一部の民主党議員はすでに次の総選挙で党を率いるべく準備をしているようだ。
今回の敗北を考えると、ハリス氏が2028年にどのような役割を果たすつもりかはまだ不明だ。
ハリス氏の敗北は、107日間に及んだ彼女の選挙運動が耐えられなかった複数の要因が複合的に作用したものと思われる。
中道右派の世論調査員で、ベルウェザー・リサーチ&コンサルティングの社長であるマシューズ氏は、インフレ、バイデン氏の不人気、世界的なポピュリズムの台頭といった根本的な問題が、ハリス氏の敗北に大きな役割を果たしたと述べた。
また、民主党が仮に男性候補を選んでいたとしても、その候補者も同じ理由で敗れた可能性が高いと主張した。
マシューズ氏は、ハリス氏の敗北によって有権者が将来的に女性候補を支持しなくなるとは思わないが、大統領選出馬を目指す女性政治家にとっては、今回の結果が「士気を下げる」ものになりかねないと述べた。特に、トランプ氏が選挙運動中、ハリス氏に対して頻繁に性差別的な攻撃をしていたことを考えればなおさらだという。
「そうした高いハードルを見て、女性候補者の関心は低下するかもしれない。そして、有権者が男性、右派、特にトランプ氏から様々なことを寛容的に受け入れる一方、もし女性がそれをしたらどれもが受容されないことを見ると、更にそう感じるでしょう」
しかし、米民主党の妊娠中絶の権利を支持する女性候補を支援するための団体、EMILY’s Listのマックラー代表は、過去の大統領選で敗れた候補者の圧倒的多数が男性であるという事実を忘れるべきではないと言う。
「こうした選挙で男性が負けても、『大統領選で負けた人の98%は白人男性』と振り返ったりはしません」と述べる。
政府の平等なジェンダーバランスを推進する組織、Represent Womenの創設者テレル氏もマックラー氏に同意し、たった2人の女性大統領候補が敗れただけで、「女性が有権者から支持されない」という結論を導き出すのは間違いだと指摘した。
テレル氏は、女性が民主党議員の過半数を占めるようになりつつある州議会を含め、地方レベルで女性が成功を収めていることを挙げた。
「女性のリーダーシップに対する渇望、そして女性候補や議員が行う政策決定に対する渇望があるのだと思います」と付け加えた。
党派の違い
Pew Research Centerが2023年に実施した調査によると、民主党及び民主党寄りの成人の31%が、自分たちが生きている間に女性大統領が誕生するのを見ることは非常に、もしくは極めて重要であると答えたのに対し、共和党及び共和党寄りの有権者で同じ考えを示したのはわずか5%だった。
マシューズ氏は、共和党の女性たちは民主党に比べて「アイデンティティ政治」を嫌う傾向があるため、選挙結果を評価する際に「意気消沈」することは少ないだろうと言う。
NBCニュースの記者で「Electable:Why America Hasn’t Put a Woman in the White House... Yet(なぜアメリカで女性大統領がいまだに誕生しないのか)」の著者であるアリ・ヴィタリ氏は、共和党が「アイデンティティ政治」を好まないため、ハリス氏は選挙運動で性別を主張せず、民主党に投票したことのない共和党有権者を取り込もうとしたのではないかと指摘した。
共和党の予備選挙でトランプ氏に対抗する最後の候補者となったニッキー・ヘイリー氏もおそらくそれを意識してか、自身の性別に言及することは避けた。
ヴィタリ氏は、女性が大統領を務めるのを見たいという願望は、党派的な問題として捉えられるべきではないと言う。
「ガラスの天井が破られることを望む理由は、政党とは関係ありません。より多様な意見や政治が、より良い政策を作るからです」
カマラ効果
民主党の女性のリクルート・研修・出馬を支援する組織Emergeの代表ゴーラー氏は、2016年のクリントン氏の敗北後、政界に興味を持つ女性が急増したと話す。
「人々はそれを『トランプ効果』と呼びましたが、それは違う。これはヒラリー効果です」と語った。
ゴーラー氏は、ハリス氏の出馬はクリントン氏の時と同様に、より多くの女性候補者が政界に進出するきっかけになるだろうと述べ、すでに同団体には多くの女性が集まりやトレーニングに参加しに来ているという。
「カマラ効果は絶対に生まれます」
「クリントン国務長官やハリス副大統領のレガシーを継ぎたいと、女性の出馬は今後増えるでしょう」
ハリス氏以前には、黒人女性として初めて下院議員に当選し、1972年には民主党の大統領候補予備選に出馬した故シャーリー・チザム氏がいる。出馬した際、チザム氏は2大政党で初の黒人候補者、そして民主党では初の女性候補者として歴史に名を刻んだ。
黒人女性の選出を支持する団体、Higher Heights代表カー氏は英ガーディアン紙に対し、「チザム効果の副産物が、バーバラ・リー下院議員だったのです。ハリス氏に触発される人が、1人、2人、あるいは大勢いるはずです。それは失われることはありません」と語った。
大統領選はさておき、この選挙日に女性が歴史を作ったのは事実である。
同日に行われた連邦議会選では、メリーランド州とデラウェア州で黒人女性が民主党上院議員に選出された。黒人女性2人が同時に上院議員に就くのは初めてだ。
ヴィタリ氏は、候補者選出のプロセスには多くの外的要因が影響するため、大統領選はアメリカ政治における女性の躍進を測るには不完全な手段だと話す。
しかし、「大統領選に出馬する女性が増えれば増えるほど、負けた時の致命的ショックは少なくなり、勝った時の喜びは大きくなる」と主張する。
「そのような繰り返し、習慣作りこそが、最終的にガラスの天井を破るために必要なことなのです」
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。