4世代にわたる在日コリアンの家族についての同名小説を実写化したドラマ『Pachinko(パチンコ)』のシーズン2が今年、Apple TV+で公開された。
小説『パチンコ』はアメリカでベストセラーとなった話題作で、ドラマでは、大阪・猪飼野の地を生きた在日コリアンの人生や暮らしが描かれている。
シーズン2の制作にあたり、在日コリアン生活史の研究者で大阪公立大学大学院教授の伊地知紀子さんが、ドラマの時代考証を担う制作コンサルタントを務めた。
伊地知さんは、パチンコは「溝を埋める作品」だと話す。制作コンサルタントの視点から見たドラマ・パチンコについて聞いた。
小説『パチンコ』の作者で韓国系アメリカ人の作家ミン・ジン・リーさんは、配偶者の東京転勤で日本に住んだ期間に、数十人の在日コリアンを取材。人々の実際の経験を小説の中に織り交ぜた。
ドラマでも、そのような人々の経験を実写化している。在日コリアンの人々が経験した関東大震災や、震災直後の朝鮮人虐殺、第二次世界大戦中に投下された原子爆弾での被爆などの史実も丁寧に描いた。
ドラマの制作を進める中で、内容やドラマのセット・小道具が、当時の大阪の在日コリアンの生活や史実に即したものであるように、シーズン2では研究者ら6人が時代考証を担当した。
日本から参加したのが、朝鮮地域研究を専門とし、済州島にルーツがある在日コリアンの生活史調査などを行う伊地知さんだ。制作チームから日々届く大量の質問に対し、資料を調べて一つ一つ丁寧に返事をして制作をサポートした。
制作コンサルタントとなったのは、ドラマ制作チームのスタッフとの偶然の出会いがきっかけだ。
制作スタッフがシーズン2のリサーチのために大阪コリアタウンを訪れていた際に、開館前の大阪コリアタウン歴史資料館を訪ね、副館長である伊地知さんと出会った。伊地知さんは、スタッフに資料を見せ、自身の研究調査についても伝えた。
後日、ドラマの総合プロデューサーのスー・ヒューさんとオンラインでミーティングをすることになり、制作コンサルタントになることを提案されたという。
実は、シーズン1を見た在日コリアンからは、様々なシーンで「これはありえない」「実際はこうではない」という意見も出ていた。例えば、猪飼野の人通りが多い道で豚を歩かせるというシーンがあり、当時を知る人からもそのような事実はなかったとの声が相次いだ。
制作チームはアメリカ人や韓国系アメリカ人、韓国人が多く、シーズン1の描写には伊地知さんも「アメリカから見た、在日コリアンへのステレオタイプが入っている」と感じることも多かったという。
周りの在日コリアンの友人たちから「ああいうことはしてほしくない」という声を聞き、時代考証の重要さも感じていたため、引き受けることにした。
食卓のおかずから想定上の住所まで「2、3秒のシーンに莫大なエネルギー」
制作コンサルタントとして協働する中では、可能な限りで調査を尽くし、史実に即した映像にしたいという制作チームの思いは強く感じたと伊地知さんは語る。
「たった2、3秒のシーンでも、当時の暮らしや史実に忠実に描くために莫大なエネルギーと時間、労力を使っていました。従来のアメリカ制作によるアジア関連の歴史ドラマでは稀に見るほどの時代考証だと思います」
長年にわたり研究してきた分野であることからも、「絶対にゆずれない」と感じる点は粘り強く意見を伝え、交渉することもあった。
祝い事の宴会を路地で開くシーンについては、食卓に載せるおかずの種類などの質問があった。元々予定されていた料理の種類には違和感があったため、一家の経済状況ではあまり豪華な食事を用意できないことも考慮しつつ、ナムルや豚料理などのおかずを提案した。
宴会では大鍋で豚の頭を煮ているシーンがあったが、元々は違う種類の肉の予定だったという。猪飼野に住んでいたコリアンのほとんどが済州島出身だったことからも特に、ゆで豚である必要性を強調した。コリアタウンの肉屋で、どのように豚が部位ごとに売られているかという写真も参考に送った。
また、猪飼野の家に手紙が届くシーンでは、家の住所が写るため、その住所をどうするべきかという相談もあった。
伊地知さんは戦前から当時までの住宅地図を探し出し、どの地域に在日コリアンが住んでいたかということを調べ、想定上の住所を話し合った。
その他にも、学校の教室のセットや掲示物などの小道具も、制作チームが細部までこだわって確認や修正も入念に行なった。
日本からの出演俳優を大阪コリアタウン案内も
総合プロデューサーのヒューさんに頼まれ、シーズン2の出演俳優に大阪コリアタウンの案内もした。
キャストには國村隼さんや南果歩さんなどベテラン俳優が名を連ねる中、日本からも若手俳優が抜擢されている。
主人公・ソンジャの次男・モーザスの10代の頃を演じた髙田万作さん(17)は、海外での対面オーディションを含む3ヶ月にわたる審査を勝ち抜き、作中では韓国語の台詞にも挑戦した。
撮影準備中には日本で在日コリアンの女性に1から韓国語を教わり、発音やイントネーションなど細部までこだわった。撮影地のカナダに入ってからも毎日、韓国語の勉強を続けたという。
東京都出身の髙田さんは在日コリアンの青年役を演じるに当たり、今も多くの在日コリアンが暮らし、キムチや韓国料理の店などを構える大阪コリアタウンを伊地知さんと歩き、歴史を学んだ。伊地知さんはその様子を、共著書『グローバルな物語の時代と歴史表象』にも綴っている。
2人は韓国料理店でドラマと猪飼野について3時間ほど話し込み、シーズン1で来日したばかりのソンジャが降り立った停車場のあたりから街を歩いた。
猪飼野という地名は1973年の地名変更で使われなくなった。大阪市生野区にあるJR鶴橋駅前には鶴橋商店街が広がり、駅から南東方向に歩けば大阪コリアタウンがある。
父親が1964年、大阪コリアタウンの前身である「御幸通中央商店街(通称:朝鮮市場)」で朝鮮の餅屋を開いた在日コリアン男性にも話を聞き、髙田さんは当時の猪飼野での暮らしについて学んだ。
伊地知さんはその際、髙田さんが「日韓の架け橋になりたい」との思いを話していたことが印象に残っているという。
コリアタウンがある理由を知らない日本人も。パチンコは「溝を埋める作品」
作品には、人数は少ないが在日コリアンの俳優も出演した。朴昭熙(パクソヒ)さんが父親時代のモーザス役、南果歩さんがモーザスの恋人・悦子役を好演した。2人とも、在日コリアン3世だと公表して活動している俳優だ。朴さんは、原作者のリーさんから執筆のリサーチ中に取材を受けた一人でもある。
伊地知さんは、在日コリアンの俳優の参加のもと、在日コリアンの歴史を描くドラマ作品が作られたことに大きな意義を感じ、ドラマを通して「少しでも多くの人に歴史を知ってほしい」との思いを抱く。
その思いは伊地知さんが、2023年にオープンした大阪コリアタウン歴史資料館の設立に尽力した大きな理由の一つでもある。
韓国アイドルやドラマの影響もあり、韓国料理などを楽しむために大阪コリアタウンには年間200万人が訪れる。しかし、そこになぜコリアタウンがあるのかという歴史的背景をきちんと説明できる人はどれだけいるだろうか。伊地知さんが大学の講義で尋ねた際も、知らないと答えた学生の多さに愕然としたという。
「在日コリアンの歴史に関心を持つ機会も、学ぶ機会もなかった人も多いのかもしれません。在日コリアンに対する無関心とヘイトが蔓延する社会は『地続き』です。身近な話題や地域から日本と朝鮮半島の歴史を知ることが大切だと考えています」
在日コリアンを描いたこの作品が、その「溝」を埋める第一歩となると信じ、伊地知さんは「文化の力は大きく、政治や経済を超える影響を与える」と指摘する。
これまでも、韓国のドラマや音楽が人気になる中で、多くの日本人の韓国に対する印象が変わる様子を目の当たりにしてきた。在日コリアンについても、ドラマが「歴史を知り、理解を深めるきっかけ」になればと望む。
(取材・文=冨田すみれ子)