アメリカ・シカゴを拠点に、スタンダップコメディアンとして、マイク1本で観客に笑いを届けるSaku Yanagawaさん。最新刊『どうなってるの、アメリカ!』(大和書房)では政治や経済からエンターテインメント、メンタルヘルスまで、今のアメリカのトピックをコメディアンならではの視点で解説する。大統領選がいよいよ目前に迫るアメリカのリアルな空気、そして、アメリカ社会における「笑い」の存在を、Sakuさんに伺った。
―大統領選が迫ってきました。アメリカの街中はどんな雰囲気ですか。
Saku Yanagawaさん(以下、Saku):大統領候補者の討論会は、スポーツバーやジャズバーのテレビでも放送されていましたね。僕が出演する、例えば1時間半のコメディショーに7〜8人が出演したら、誰かしらその話題には触れていますね。街中で誰もが話す…とまでは言えないですが、やはり注目度は高いトピックですね。
―日本では政治や社会風刺がお笑いのネタになることが、アメリカと比較すると圧倒的に少ないですよね。
Saku:そうですね。でも、僕は政治批判や風刺を必ずすべきだとか、スタンダップコメディの核だとか、アメリカのお笑いは日本より高尚だ…なんて思っているわけではないんです。テーマの一つとして政治を扱うことは確かにありますけど、バリバリのしょうもない下ネタもたくさんあります。
でも、アメリカは、宗教、人種、育った環境がまるで異なる “他者”が集まり合わさった国です。だから、一人ひとりが、自分の考え、自分の視点で語るスタンダップコメディで自分の芯を垣間見せること、その違いの部分が笑いになる。自分は、人とは違う自分として、誰かを笑わせることに意義ややりがいを感じています。
―あくまでも起点は自分自身なんですね。
Saku:「この国は他者の集まり」というのは、アメリカに到着した瞬間に感じたことなんです。「あの人もあの人も違う!」というのが衝撃でした。例えば、日本ではお笑いの定番に、エスカレーターは大阪なら右、東京なら左に列ができる、みたいな「あるある」ネタってありますよね。でも、この国には「あるある」がないんですよ。バスの乗り方一つとっても全く同じではない。
「違う」が起点だから、アメリカでは「私はあなたの敵ではないですよ」と表明することでコミュニケーションが育まれてきた。そこに一番必要なものがユーモアなのかなって。
―相手の警戒を解くツールが笑い、ということでしょうか。
Saku:ボクサーのように、誰もが顔の前で拳を固めて、殴られないようにガードしている状態ですから、相手に拳を下げてほしかったら、自分から先にガードを下げる必要がある。それが、ユーモアであり、自分を見せることなんだと思います。
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幼少期からジム・キャリーらが活躍するアメリカのコメディに親しんでいたSakuさん。大阪大学在学中に、スタンダップコメディアンを志し単身渡米、シカゴの名門コメディ劇団「セカンド・シティ」でデビューを果たす。以降、全米で年間400ステージをこなす傍ら、コメディ・フェスティバルのプロデュースや執筆業なども精力的に行ってきた。
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―日本のイメージだと、政治ネタは笑える人を選んでしまいますよね。Sakuさんもトランプ風刺ネタをされるそうですが。
Saku:アメリカではテレビでも、笑いの中で政治を真正面から描いてきた歴史があるので、「笑い方が分かっている」というか、「自分とは意見や信条が違っていても、この風刺や皮肉は笑ってもいい」と反射的に判断する「身体性」みたいなものがある気がします。
とはいえ、これだけアメリカ社会の分断が進んでいる今、僕がトランプを風刺するネタをやって、共和党の強い州でお客さんを爆笑させられるかというと、(民主党が強い)シカゴより全然難しいと思いますよ。でも、意見が違う人を笑わせてなんぼの職業ですから、そこでも爆笑を取れるコメディアンでいたいですけど。
―どんなネタをするんですか?
Saku:僕は日本人で、英語が苦手でした。そのキャラを生かして、「(歌手の)アリアナ・グランデをスタバのメニュー(グランデサイズ)だと勘違いしてた」というネタがあります。
それをフリにして、トランプ支持者で、2021年に連邦議事堂を襲撃をした極右団体の“プラウド・ボーイズ”を、「(LGBTQの人々への支持を表明する)“プライド・パレード”に参加した“ボーイズ”のことかと思った」というネタとして「てっきり、トランプはLGBTQコミュニティに支持されてるのかと思っちゃった!」と。トランプのモノマネも交えてやると、共和党の強い州でも大爆笑が起こりました。
トランプをネタにしているし風刺もしているけど、笑いのポイントは英語が理解できなかった僕です。
―ユーモアを介して、意見の異なる人も笑わせることができたと。
Saku:日本でも戦後には政治風刺を得意とする放送作家や喜劇俳優が活躍していましたし、吉本興業も初期には政治を描いていた時期もあったので、一概に日本のお笑いが政治を語ってこなかったわけではないんですよ。
逆に、日本のTV番組でよくある、 “熱すぎる!””痛すぎる!“みたいなリアクションを取る”罰ゲーム“が、日本らしいお笑いとして、最近アメリカでもウケているんですよ。だからリズムネタとか、裸芸で、オーディション番組で日本のお笑い芸人が最近活躍していますが、あれも流行するかもしれません。
―アメリカでは有名人が自らのスタンスを公言することも一般的ですよね。先日、歌手のテイラー・スウィフトがカマラ・ハリスを支持すると公表したことが日本でもトップニュースになりました。
Saku:アメリカ全体の機運として、セレブリティたちは影響力があればあるほど、その知名度を分かった上で、信条を発表すべきだという雰囲気があるのは事実です。
ただし大統領選に関して、自分はリベラルだというのは割と表明しやすい部類の信条だと思います。今最も難しいのはイスラエルのガザ侵攻です。エンタメ業界にはユダヤ系が多いということも一因となって、表立ってパレスチナ支持だと公言する人は多くありませんでした。しかし、若い世代を中心にソーシャルメディアで、「何も表明していないセレブリティのフォローを外すことで、彼らのSNSの資金源を断とう」という動きがあり、結果、テイラー・スウィフトは数十万人のフォロワーを失っています。
―「パレスチナ支持を表明しない=イスラエル支持だ」と受け取られたということですね。
Saku:意見を表明しないことで非難されるのは、今日のアメリカ、特にソーシャルメディア上で顕著なトレンドだと思います。この人は自分の味方なのか、敵なのかと二元論になりつつあることは危うい部分もあると思います。実生活でそこまで人に激しく態度表明を迫る人に会うことはさすがにないんですよね。だけどソーシャルメディアではよく起こる。その圧力に晒され続けることはメンタルヘルスに影響しますから、自分なりに距離の取り方を考えないといけないなとは思いますね。
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『どうなってるの、アメリカ!』では、鎮痛剤「オピオイド」の蔓延やソーシャルメディアが若者の精神衛生に及ぼす影響など、メンタルヘルスにまつわる話題も多く取り上げられている。アメリカのみならず社会全体を象徴する課題としての印象を受ける。
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Saku:日本でメンタルヘルスに問題を抱える人の割合は、アメリカとそう変わらないのかもしれませんが、こちらの方が診断や公表をしやすい環境だとは思います。僕の住んでいるアパートはペット不可の物件なのに、ほぼ毎日犬に遭遇するんですよ。エモーショナルサポートアニマルという人の心理的サポートをする動物です。医師が必要だと診断すれば、ペット不可物件でも飼うことができるので、コロナ禍で急増しました。それだけメンタルに不安を抱えている人が多いのかと身近に感じます
―日本でもうつやメンタルヘルスの問題を公表する有名人が増えてきました。ただし、それがお笑い芸人の場合、「あんなに明るい人なのに」と驚きのリアクションも散見されます。
Saku:コメディアンほどうつになりやすい仕事はないと体感していますよ。これは面白いだろうと自信のあるネタがウケなかったら、打撃が大きいですもん。実際、コメディアンはかなりの割合で自分のメンタルヘルスの話題をします。アリーナを満員にできるような人気があっても、華やかでもキラキラした生活を送っているコメディアンなんて、そうそういないです…僕もファンの「出待ち」なんて、されたこともなければ、毎晩会場の表口から出て、お客さんと同じバスに揺られて帰ってますからね (笑)。
―日本では、10月に映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が公開され、ヒットしています。日本でもアメリカの今後に注目が集まる中、Sakuさんは何を伝えていきたいですか?
Saku:僕はこの本を通して、「アメリカってこうなんだ、日本のお笑いも変わらねば」と言いたいわけでも、自分の信条を押し付けたいわけでもなくて、皆さんが映画や音楽の歌詞、コメディをもっと楽しめるための地ならし、「グラウンド整備」をしたいだけなんです。新たな見方を発見できるための補助線になれたらなと思っています。
実は、先ほどのトランプネタも、会場で爆笑を取った後に、“プラウド・ボーイズ”を知らなかったある日本の方から「あのジョークってどういう意味ですか」と訊かれて、どこが面白かったのかをイチから説明する地獄の時間が発生しまして(笑)。もっと皆さんが知ってくれれば、いちから説明しなくても済めばいいなくらいの感じです。