「悩みを聞いてほしいけど外に出るのがつらい」時に使える精神科訪問看護とは?個人のメンタル不調を社会が助ける制度

10月10日は世界メンタルヘルスデーです。メンタル不調のときに看護師と自宅で話せる「精神科訪問看護」を知っていますか? 利用手続きや費用もあわせて紹介します。
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「誰かに悩みを聞いてほしいけれど、外に出るのがつらい」「産後、気分が落ち込んでいる」「うつ病と診断され、家にこもりがちになっている」…

そんなときに利用できるのが、精神科看護師が自宅に来て話を聞いてくれる「精神科訪問看護」です。     

自宅で話せる、じっくり話を聞いてもらえる、費用の安さがメリット

精神科訪問看護(以下、訪問看護)は、精神科看護師がメンタル不調のある人の自宅を訪問し、悩みや困りごとについて話を聞いたり、規則正しい生活のための指導をしたりすることで、生活の質の向上を目指すもの。

利用には精神科の受診および診断が必要ですが、重度の精神疾患の人に限りません。産後うつなどの一時的な不調であっても、本人や家族が希望し、主治医が必要と判断すれば利用できます。

育児や介護、自身の体調不良などによって外出が難しくても利用できる、じっくり時間をかけて話を聞いてもらえる、1回数百円~3000円台までと費用負担が少ないなど、さまざまなメリットがあります。

具体的にどんな支援が受けられるのか。利用にはどんな手続きが必要なのか。

千葉県流山市の医療法人社団 宙麦会で看護部長を務め、訪問看護ステーション すぴかの看護師としてこれまで100名以上を訪問してきた丁野雪子(ちょうの・ゆきこ)さんに聞きました。

一時的な気分の落ち込みでも利用できる

━━メンタル面の不調を感じた時、頼り先として思い浮かぶのは精神科医による治療や心理士によるカウンセリングで、看護師の役割はあまり知られていない印象です。

精神科看護師は、精神疾患のある方が安心・安全に自立した生活を送れるよう、医師の指示のもとで診療の補助、心理的なケアなどを行います。そうした精神科看護を、精神科に通院している方の自宅にお届けするのが訪問看護です。 

━━訪問看護は、どのような人が利用できますか。

原則的には精神疾患の診断を受けた方に限ります。そのため、利用開始前には必ず精神科の受診が必要です。

ただし「一時的に気分が落ち込んでいる」「利用開始時点では病名までは確定しないが、なんらかの精神疾患の疑いがある、もしくは発病前の状態」といった場合でも、本人や家族が利用を希望し、主治医が必要と判断すれば利用できます。

訪問看護を通した支援は、すべて医師の指示のもと行います。看護師が利用者の様子を医師にフィードバックし、医師から再び指示を受けて関わり方を都度修正します。ですので、利用期間中は定期的な精神科への通院が必要です。 

━━具体的にはどのような支援をするのでしょうか。

まずは、利用者さんの話を聞くことが第一です。通常、精神科医の診察では5~15分程度しか話ができないので、もっと話したいという方もいると思います。そんな方には、1回30~60分程度話せる訪問看護は合っているのではないでしょうか。

また、対人関係を中心とするソーシャルスキルや、服薬の管理や症状の管理など自己管理スキルを高める「ソーシャルスキルトレーニング」、ものの受け取り方や考え方に働きかけて気持ちを楽にする精神療法の一種である「認知行動療法」を会話の中に取り入れることもあります。

━━認知行動療法というと、心理士や医師が提供する治療的なプログラムというイメージです。

訪問看護で行われるのは、看護師が提供できる範囲のものに限られます。基本的には自然な会話を通して行いますが、利用者本人が希望する場合は、ツールを使って行うこともあります。なお、認知行動療法を行っても料金が上乗せされることはありません。

ほかにも、規則正しい生活を送れるような指導、家事能力の向上の支援、主治医から処方された薬の服薬確認なども行います。自力で生活できず、ヘルパーの補助が必要だと思われる場合には、福祉サービスの導入を支援することもあります。

━━利用したいときは、どのような手続きが必要でしょうか。

すでに精神科に通院している場合は、主治医に訪問看護を利用したい旨を相談してください。通院している医療機関が訪問看護を提供している場合はそこを案内されることが多いですが、ない場合は、お住まいの地域の訪問看護ステーションを案内されることになります。

通院していない場合は、次のいずれかの方法をとってください。

1. 先にどこかの精神科を受診し、訪問看護ステーションを紹介してもらう。
2.近くの訪問看護ステーションに直接コンタクトを取り、精神科を紹介してもらう。

2の場合は相談料がかかることがあります。

「すぴか」では5000円をいただいています。早く訪問看護を利用したいけれど、精神科をどう選んだらいいかわからないという場合は、先に訪問看護ステーションに連絡してみるのもいいかもしれませんね。

━━費用はどのくらいでしょうか。

算定される金額は初回1万3000円程度、2回目以降は8550円程度ですが、健康保険が適用されるため、利用者本人の負担額はその1~3割となっています。実際の負担額は、初回1300~3900円程度、2回目以降855~2565円程度です。

負担の割合は、利用者本人の年齢で変わるほか、継続的に通院している方などを対象とした「自立支援医療制度」を使うと1割負担で利用できます。

この制度は、主治医に意見書を書いてもらい、市区町村に申請して認められれば利用できるため、主治医に相談してみてください。

個人のメンタル不調を社会が助ける制度

━━訪問看護の利用が増えている背景には、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の取り組みがあるといいます。精神疾患の有無や程度にかかわらず、誰もが地域の一員として安心して自分らしく暮らせる社会を目指しているとのことですが、なぜこのような施策が生まれたのでしょうか。

精神科医療が発展していなかったころは、効果的な治療法があまりなかったため、患者さんの多くが何十年も精神科病棟に入院し、医療を圧迫していました。

そこで、国は「入院医療中心から地域生活中心」を掲げて、地域ごとの病床数に制限を設けるようになったんです。そこからさらに時代が進み、地域包括ケアシステムで訪問看護を含むバックアップ体制を構築して、比較的症状が安定している方の地域での暮らしを支えるようになりました。

━━メンタル面に不調が現れたとしても、安心して暮らしていくために、さまざまな支援策を講じたんですね。

現在は医療が発展し、症状と付き合いながら自己実現する方が増えてきました。とはいえ、周囲が「地域で暮らしてください。あとはご自由にどうぞ」という姿勢では、社会の中で安心・安全に自立して生きていくのが難しい方もいます。やはり、訪問看護をはじめとした、地域での暮らしに寄り添う仕組みはとても大切だと感じます。

まずは近くの訪問看護ステーションに相談を

━━訪問看護は一時的な気分の落ち込みでも利用できるといいますが、やはり「自分が利用してもいいのだろうか」と迷う人もいそうです。丁野さんの考えをお聞かせください。

訪問看護は重い精神疾患の方の生活を支える役割も担っていますが、そうでない方にもぜひ利用していただきたいです。「気分が落ち込んでつらい」「誰かに定期的に悩みを聞いてほしい」という方にとって、自宅で安心して悩みを打ち明けられる時間は大きな支えになると思います。

「精神科を受診するのは敷居が高い」「本当に利用していいのだろうか」と悩んだときは、まずはお近くの訪問看護ステーションに相談してみてはいかがでしょうか。 

丁野雪子さん
ご本人提供
丁野雪子さん

丁野雪子(ちょうの・ゆきこ)さん

医療法人社団 宙麦会 訪問看護ステーション すぴか訪問看護師、医療法人社団 宙麦会看護部長。15年間精神科看護に従事し、2019年から訪問看護をスタート。これまでに100名以上の患者を訪問する。専門領域は、小さな子どもを持つ子育て中の母親、60代以上の母親、引きこもり状態にある人の支援。松戸圏域における「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」代表者メンバーを務めるほか、日本精神科看護協会 こころの健康出前講師としても活動している。

(取材・文:小晴 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)