「普段はビッグイシューを販売」「ネットカフェを転々」ホームレス経験者が挑む「ワールドカップ」の意義

ホームレス状態にある人や経験者が参加できる「ホームレス・ワールドカップ」。日本の参加は13年ぶり。ホームレスの「定義」を広げ、競技者の裾野を広げたそうです。

路上生活者や依存症更生施設入居者など、安定した居住状況にない“ホームレス状態”にある人が参加するストリートサッカーの世界大会「ホームレス・ワールドカップ」に、13年ぶりに日本代表チームが参加する。

9月5日のホームレス・ワールドカップ日本代表記者会見にそろったチームやスポンサーの関係者たち
9月5日のホームレス・ワールドカップ日本代表記者会見にそろったチームやスポンサーの関係者たち
yu shoji

ホームレス状態の人々が集うワールドカップとは?

ホームレス・ワールドカップは、居住状況が安定していないホームレス状態の人が一生に一度だけ参加できる大会。当事者の人生・生活が変わる経験を提供するとともに、ホームレス問題に対する偏見や無理解を取り払うことをミッションとしている。2003年に始まり、コロナ禍の2020〜22年を除いて毎年開催され、50カ国以上から500人以上が集い、男女それぞれトーナメントが行われる。

日本代表チームは2004、09、11年の過去3大会に出場。しかし、日本企業によるスポンサーがつかないという資金的な課題に加えて、選手集めの困難から、12年以降は国内の裾野を広げる活動に注力してきたという。

その一つが、LGBT当事者や児童養護施設出身者、依存症患者などさまざまな生きづらさを抱える人々が参加するフットサル大会「ダイバーシティーカップ」の創設。大会を開催するNPO法人「ダイバーシティサッカー協会」代表理事で、一橋大学大学院教授の鈴木直文さんは、「世界大会に出場した当事者がそれで終わりではなく、その後もつながっていくような“場づくり”を優先してきた」と語る。

スコットランド・グラスゴーのジョージ・スクエアで行われた2016年のホームレス・ワールドカップの様子
スコットランド・グラスゴーのジョージ・スクエアで行われた2016年のホームレス・ワールドカップの様子
Paul Devlin - SNS Group via Getty Images

ホームレス=路上生活者ではない

また、国内では「ホームレスの定義の狭さ」が選手集めを難しくさせていた。世界各国では、路上生活をしている人だけでなく、政治的亡命や貧困難民、住み込みで働く生活困窮者など、安心して生活できる住まいを確保できていない状況の人々をすべて「ホームレス」と捉えるのが通例。一方、日本においてホームレスとは法的に「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」、いわゆる路上生活者と定義されている。

日本代表の参加資格もこれまでは法的な定義にのっとり、路上生活者に限っていたため、メンバーが高齢かつサッカー経験が浅いこともネックだった。しかし、今大会は路上生活経験に限らず、ネットカフェや簡易宿泊施設を転々とするような生活を1年以内に経験した人や、依存症からの回復施設で生活している人、祖国を追われた難民状態の人など「屋根があっても不安定な居住にある人」に対象を広げた。

代表派遣事業を行うダイバーシティサッカー協会が、生活困窮者や若者の自立支援を行う団体を通じて呼びかけ、参加条件を満たした16歳から65歳と幅広い年代の8人が代表合宿を経て選ばれた。代表は皆いわゆる「家のない人」ではなく、生活困窮者支援団体などの支援を受け、一時的に安定した居住を得ているか、その途上にある人たちだという。

今大会から、不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME’S」を運営する「LIFULL(ライフル)」が日本代表のオフィシャルスポンサーに就任。同社はこれまで、生活保護受給者や家族に頼れない若者などの住まい探しをサポートするサービスや、ホームレス状態の人などを支援する団体への寄付の取り組みなどを行ってきた。そうした経験から、大会の理念や目的に共感し、サポートすることを決めたそうだ。

9月5日に同社で開かれた日本代表記者会見には、代表に選ばれた選手2人が新たに制作された青いユニフォームを着て登場。山田裕三さん(65歳)は普段、京都・四条でホームレスの自立支援の雑誌「ビッグイシュー」の販売をしているという。「代表に選ばれたからには楽しんで、各国の皆さんとも交流して、素晴らしい大会になるように努めたい」と抱負を語った。

岩崎零さん(23歳)は昨年、仕事と住まいを失い、数カ月間、ネットカフェを転々とする生活を送っていた。自身が育った児童養護施設のつながりで、家庭や身近な大人を頼れない若者を支援するNPO法人「サンカクシャ」の支援を受け、ホームレス状態から抜け出し、現在は一人で生活している。

元々、小学校低学年から高校生までサッカー少年。法人の職員からホームレス・ワールドカップへの出場を勧められたという。「これまで日本代表は不戦勝とPK戦での勝利しかないので、まずはチーム一丸となって“初勝利”をつかみたい。出場することで、自分の中の“何か”が変わればいいなと思っています」と語る。

記者会見に出席した選手の山田さんと岩崎さん(右)
記者会見に出席した選手の山田さんと岩崎さん(右)
yu shoji

ホームレスの人がスポーツを楽しむのは「贅沢」なのか

大会の開催にちなみ、ライフルとダイバーシティサッカー協会は共同で、全国の1,902人を対象にした「ホームレス」に関するイメージ調査と、不安定な居住環境にある人々を支援する7団体への実感調査を実施した。

イメージ調査では、「今後、自分がホームレス状態になる可能性の程度」について尋ねると、全体の35.1%が「可能性がある(十分あると思う、場合によってはあると思うの回答の合計)」と回答。年代別では、20代の約2人に1人が「可能性がある」と答えており、生活が困窮する不安を抱えている若者が少なくないことがうかがえる。

一方、「ホームレス状態の人」と聞いて想像する人が、その状態に至った原因としてイメージするものについては、「勤務先の倒産や解雇、自営業の失敗による失業」が約8割と最も多い回答だった。

また、「働くのが嫌」、「本人が望んだ(望んでいる)」などの“自己責任論”も6割を超える結果となり、世間のホームレスに対する風当たりがいまだ強いこともみうけられ。ホームレス状態にある人々がスポーツや趣味を楽しむことを「贅沢」だと捉える人も決して少なくはないだろう。

しかし、海外の貧困地域の若者のスポーツ参加などをテーマに、スポーツを通じた社会課題解決の仕組みづくりについて研究する鈴木さんは、ホームレス状態の人々がサッカーを楽しむ場をつくる意義について、こう語る。

ホームレス・ワールドカップへの日本代表派遣を行うNPO法人「ダイバーシティサッカー協会」代表理事で、一橋大学大学院教授の鈴木直文さん
ホームレス・ワールドカップへの日本代表派遣を行うNPO法人「ダイバーシティサッカー協会」代表理事で、一橋大学大学院教授の鈴木直文さん
yu shoji

「スポーツに限らず、好きなことを遠慮なくできるのは、『自分らしく生きる』という人間の尊厳にとって大切なこと。私たちの活動は、どんな状況であろうとスポーツをやりたいのであれば楽しんでほしいという思いから始まり、実際に社会で挫折してもサッカーで元気を取り戻し、また別なことにチャレンジしていく人たちをたくさん見てきました。

部活や家庭など『その人らしく過ごせる場』を自然と持っている人もいれば、さまざまな事情で持てない人もいる。そうした人たちにとっての『居場所』を提供していきたいと思っています」

また、ホームレス・ワールドカップに出場すること自体が、当事者の生活の改善につながるわけではなく、大会を契機とした「継続的な支援」こそが重要だと語る。

「日本でもネットカフェやカプセルホテルなど、安価な宿泊施設を転々とする若年の生活困窮者が増えているといわれている。今回の出場がホームレス状態にある人々への理解と、当事者のサポートに取り組む団体へのより一層の支援につながることを願っています」

ホームレス・ワールドカップは9月21日〜28日に韓国・ソウルで開催される。大会の様子は公式YouTubeチャンネルでの配信を予定している。

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