福島甲状腺検査は「子どもの善意」を利用している。元検査室長の頭の中に残っている“強烈な言葉”【下】

福島甲状腺検査から13年。緑川早苗先生のインタビュー記事【下】では、検査の倫理的な問題、検査が継続される理由、不安を煽ったメディアの問題点などをまとめた【福島甲状腺検査と過剰診断】

東京電力福島第一原発事故後の2011年10月に始まった福島県「県民健康調査」甲状腺検査。

第2回の記事では、学校で受ける甲状腺検査が任意性を担保できない理由、検査を受けることで発生するデメリット、福島県や福島医大が過剰診断という4文字を公に使わない理由などについて確認した。

宮城学院女子大学教授の緑川早苗教授のインタビュー記事は今回が最終回。甲状腺検査の倫理的問題や検査を止められない理由、不安を煽ったメディアの問題点などについて聞いた。

◇緑川早苗さんプロフィール◇

1993年福島県立医大卒業。2011年に始まった福島の甲状腺検査に当初から携わり、15〜18年に甲状腺検査室長。20年3月に福島医大を退職し、同年4月から宮城学院女子大学教授。専門は内分泌代謝学、共著に「みちしるべ  福島県『甲状腺検査』の疑問と不安に応えるために」「福島の甲状腺検査と過剰診断ー子どもたちのために何ができるかー」。甲状腺検査に悩む人の相談を受ける任意団体「POFF」を設立し、共同代表を務めている。

「見守りと言いなさい」

ーー国際がん研究機関(IARC)は2018年、「原発事故後に甲状腺のスクリーニングを実施することを推奨しない」という提言を出しました。検査の見直しなどの議論は福島医大の中であったのでしょうか。

IARCの提言は、私が甲状腺検査室長から異動させられる前の2018年9月に出されました。

私や周囲の何人かは「さすがに甲状腺検査は中断するだろう」と思っていたのですが、会議でIARCの話を出しても「既に起きた事故での検査を評価するものではないと前書きに書いてある」と誰も取り合ってくれませんでした。

しかし、普通はこのような提言がIARCから出たら、立ち止まって見直しに向けた議論をするのではないでしょうか。「原発事故後であっても甲状腺がんの集団スクリーニングは推奨しない」と書いてあるのですから。

一方で、私たちの発言に関して非常に強い圧力がかかり始めたのはその頃からです。「検査のことはスクリーニングではなく見守りと言いなさい」などと言われました。

私は、福島の甲状腺検査は見守りからかけ離れたものだと思っています。無症状の人に検査のデメリットも十分に話さず、検査を受けさせて結節を見つけ、「がんかもしれない」と呼び出し、場合によってはがんと診断するのですから。

2次検査を受けにきた子どもたちはものすごく心配し、親は「避難しなかったからかもしれない」などと自分を責めますが、「放射線の影響ではありません」と説明すると、「原発事故の影響ではないのだとしたら遺伝ですか」と聞かれます。「私の遺伝子が悪いからですか」「私の体質のせいでがんになったんしょう」と、さらに自分を責めるケースをたくさん見てきました。

放射線の影響でないと説明すればそれで安心できるという事では決してありません。甲状腺がんは多くの人が持っていて、多くは一生症状を出さず悪さもしないこと、そして今回検査によってそれが発見されただけであることを説明しなければ、原因についてずっと悩むことになるのだと思います。本当の見守りであるならば、このようなことは起こらないでしょう。

検査をする側には見守りだと信じている職員もいます。それも不幸なことです。甲状腺検査に関わる職員はとても大変で、一生懸命取り組んでいますので、「自分たちが間違いを犯している」とは思いたくないはずです。

だから私は当時、職員らに責任を感じさせるような検査は絶対に変えなければならないと心に誓っていました。

甲状腺検査(福島県立医大、2011年10月8日)
甲状腺検査(福島県立医大、2011年10月8日)
時事

ショックを受け、冷静でいられなくなって席を外した

ーー見守りどころか、福島医大のウェブサイトには「今後の検査については低線量被ばくによる影響が遅れて現れる可能性も考慮し」と書いてあります。子どもたちを怖がらせる一文です。

検査を継続させるための一文です。一般的に、高い放射線量よりも低い放射線量の方が影響は時間がたってから出ると考えられていますので、その一般的な科学的事実だけを前に出し、長期的な検査が必要だと言っています。

また「原発事故時にごく小さかったお子さんや胎児だった人はこれから出るかもしれない」という理由で長期の検査の必要性が述べられることもあります。これらに共通しているのは、放射線の健康影響をちらつかせて検査の継続性を正当化している点です。

つまり、今見つかっている甲状腺がんは放射線の影響ではないとしつつ、今後の検査を正当化するため、この後見つかるものは放射線の影響かわからないと脅かしているのです。原発事故の時に妊娠していた人や子どもが小さかった人はものすごい大きな不安を抱えているのに。

一方、福島の「妊産婦に関する調査」は「被ばくの影響はない」と10年で終了しました。甲状腺検査もそうであるべきで、この被ばく線量でがんが増える可能性は極めて低いとわかった上で続けていることが問題です。

ーー先ほど「倫理の問題」という話がありましたが、福島県の甲状腺検査はヘルシンキ宣言(人間を対象とする医学研究の倫理的原則)に沿っていないのではないかという指摘もあります。

ヘルシンキ宣言は、医療は治す側と治される側に強弱の関係があったということが出発点にあるのだと思います。この宣言に基づき、医療者と患者は対等な立場に立ち、協議して治療方針を決めたり、医療計画を一緒に立てていくようになってきたわけです。

特に医学研究は利益や不利益について十分説明した上、参加は自発的でなければならないということが原則として組み込まれています。ただ、災害後の調査研究は支援として行われることも多いため、これらの原則が後回しにされてしまうということが起きてしまう。

2020年頃に「災害下の調査研究にはコードオブコンダクト(行動規範)が必要だ」という論文が「Nature」に出て、私も「福島の甲状腺検査は任意の検査であるべきだ」とレターを出しましたが、福島の甲状腺検査はこのような意味でもヘルシンキ宣言の精神に反するものだと考えます。

ーー韓国の論文、アメリカのガイドライン、IARCの提言など世界的なコンセンサスが示されているのに、福島の甲状腺検査が止められない理由は何だと思いますか。

正直、こんなにもデメリットの大きい検査を子どもに受けさせているにもかかわらず、なぜやめる決断ができないのか理解できません。

その上で考えられる理由としていくつか挙げたいと思います。1つは福島県や福島医大にもたらされている莫大な予算がなくなると困るということです。

震災後、福島医大の講座はとても増えました。日本では大学全体が縮小傾向にある中で、福島医大では様々な部署ができ、ポストが増えていきました。

教授、准教授、助教など、たくさんの人を雇えるポストができ、検査技師や事務官など甲状腺検査関連の雇用も増えましたから、検査縮小の方向に動きづらいのだと思います。

二つ目は、研究者が壮大なデータを使って自分の研究業績を上げるという利益です。各地の先生から「甲状腺検査で論文何本も書けるよね」と言われたことがありますが、福島の甲状腺検査では大量のデータを手に入れることができます。

こんなに大規模な小児を対象とした検査は世界で初めてですから、研究者の中ではデータの継続性が失われることに反感があるのでしょう。甲状腺検査を今までと同じやり方で継続し、受診率が高ければ高いほど論文の価値は高まります。学校検査を辞められない理由もそこが大きいと思います。

さらに名誉も得られるかもしれない。チョルノービリ原発事故後に日本を含む世界各国の医療従事者が支援に入りましたが、その方々は“英雄”と呼ばれています。福島でも英雄になりたいと思う人もいるでしょう。

予算、業績、名誉。私は過去、これを裏付けるようなことを言われました。

震災から数年後、チョルノービリ原発事故の研究者に福島医大で講義をしてもらったのですが、その中で「甲状腺がんは多数見つかったが、甲状腺がんで死亡した人はほとんどいない。亡くなった人々の多くが自殺だ」という話が出ました。

まだ韓国の論文が出ていない時期だったので、私はものすごく衝撃を受けて、講義後の雑談で「自殺者が出るような検査なら、福島もすぐに検査を辞めたほうがいいですよね」と言いました。すると、ある先生が険しい顔で「そんなことを言ってはいけない。この検査で潤っている人がたくさんいるんだから」と言ったのです。

私はショックを受け、冷静でいられなくなって席を外しました。その当時から検査を継続して完了することが目的だったことがわかります。この言葉は強烈に私の頭の中に残っており、その言葉を証明するかのように今も検査は続いています。

過剰診断の不利益
過剰診断の不利益
緑川早苗教授への取材をもとにハフポスト日本版が作成

検査はどう変わるのが望ましいのか

ーーメディアも甲状腺検査や過剰診断の問題を積極的に報じていません。原発事故と関連づけようとしたり、「A2判定は本当に大丈夫か」といったような記事も当初はありました。

原発事故と関連づけたり、福島医大と住民を戦わせたりするような記事が非常に多かったです。当初は福島医大の説明が不十分だったために生じた軋轢もあったと思います。ただ、問題なのは「原発事故との関連はみられない」ということがわかってきた後の報道です。

メディアは心配や不安を煽るような記事はよく出しますが、「心配ない」という記事はほとんど報道しません。がんの数が増えていなければ記事にもならない。過剰診断がここまで報じられていないのもそうです。

検討委員会などでも、被ばくの影響ではないのであればなぜこんなに甲状腺がんが見つかっているのか、将来症状を出す人を早く診断したとどうして言えるのか、前倒し診断以上に見つかっている可能性はないか、もし過剰診断なら誰がその責任を負うべきか、など、そういう質問をしてほしいとずっと思っていました。

ーー韓国でも早期発見・早期治療の推奨と共に甲状腺がんと診断される患者が増えましたが、過剰診断を懸念する声を拾ったメディアがキャンペーン報道を展開し、過剰診断の被害抑制に繋がったと聞きます。

2014年にNew England Journal of Medicineに掲載された論文を受け、韓国メディアはキャンペーン報道を展開しました。これにより、過剰診断の被害が抑制される方向に進みました。がんの罹患率が減少し、死亡率はずっと変わっていません。

つまり、生死にかかわらないがんを検査で見つけていたということです。

メディアには両論併記の問題についてお願いがあります。例えば「甲状腺がんと放射線との因果関係はあるのか」という記事があったとして、99:1くらいの比率で「ない」と言えるのに、記事には50:50のように書かれています。

それは両論併記と言えるのでしょうか。99:1の比率で「ない」と言えるのであれば、記事も99:1の比率にしなければおかしいと思います。一般の人たちは不安に思ってしまいますから。

ーーメディアへの問題提起も伺いました。最後に、福島の甲状腺検査はどのように変わっていくのが望ましいのでしょうか。

本来は症状のない人に超音波を当ててはいけないのだと思います。それが難しいのだとしたら、「オプトアウト」のような方式で学校検査をおこなってはいけません。検査対象者が許諾を自ら示す「オプトイン」にすべきです。

学校の授業中に検査をおこなわず、検査希望者による申込制度にした上で、申込者には検査を受ける理由についてカウンセリングをするべきです。さらに検査のデメリット、特に過剰診断のデメリットの具体例を挙げながら説明し、それでも受けたいという人に限定すべきです。

今の検査の仕方は、「福島は大丈夫だと証明したい」という子どもたちの善意を利用しています。また甲状腺がんの特徴や過剰診断のデメリットについて十分周知されていない現状は、対象者の無知を利用しているとも言えます。

この数年間、福島医大を辞める前から、福島の甲状腺検査は良くないことを証明し検査を変えることに繋げるのが私の役割だと思って仕事をしてきました。多くの人から「あなたの使命だ」とも言われました。

一臨床医に戻りたい気持ちは今でもありますが、私にはこの検査に関わった責任があります。医師として生きられる残りの人生は、少しでもこの検査を良い方向に向かわせ、犠牲になる子どもや若い人を1人でも減らせるよう尽力したいと思っています。

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