履歴書の空白期間は「悪」なのか。働かないことはおかしくない。キャリアブレイクが社会に与えるインパクト

採用面接でマイナスに捉えられがちな、履歴書の空白期間。キャリアブレイクは、転職の「足かせ」にならないのでしょうか。研究所の北野貴大さんに聞きました。

一時的に働くことから距離を置く「キャリアブレイク」。

履歴書の空白期間をネガティブなものではなく、「よい転機」と考え、職を離れた時間を旅行や留学、学び直しなどにあて、仕事観を整えるという文化が広がりつつあります。

欧米では一般的に浸透しているものの、日本では働いていない時間=無職となり、ネガティブな印象を持たれやすいのが現状です。

ただ、一般社団法人「キャリアブレイク研究所」代表理事の北野貴大さんは、「キャリアブレイクが文化として広まれば、個人・社会双方に“よい効能”が生まれる」と話しています。

キャリアブレイクは、転職の「足かせ」にはならないのでしょうか。また、この文化が広まることで、個人だけでなく、社会や企業にはどのようなインパクトがあるのでしょうか?

キャリアブレイク経験者は「社会的弱者」ではない

――北野さんは2022年に「キャリアブレイク研究所」を立ち上げ、当事者・経験者のエピソードを集めたり、当事者同士のつながりの場を作ったりしています。研究所を創設した背景について教えてください。

商社に勤めていた妻の一時的な離職をきっかけに「キャリアブレイク」を知り、そこから「職を離れた期間を使ってよい転機にするって面白い!」とSNSで発信するようになりました。すると、当事者から「私も同じです」と次々と連絡が来るようになったんです。

そこで自宅の二階を使って「おかゆホテル」という休職者・離職者のための宿を始めると、いわゆる失業者というより、職から離れる期間をよい転機にしたいというさまざまな世代の方が集うようになりました。

キャリアにブレイク(小休止)を入れる、社会にバッファ(ゆとり)が生まれるって、とても健康的なことではないかと思うんです。こんなキャリアブレイクが日本で文化になったら、と思い、前職を辞めて、仲間たちと共に研究所を立ち上げました。

――研究所では当事者や検討している人が集う「無職酒場」や「むしょく大学」など、支援というより、コミュニティ形成に力を入れていますね。

もちろん世の中には支援を求めている人がいることは確かです。でも、キャリアブレイクを選ぶ人たちの多くは、離職期間を「よい転機」に変えようとしている、むしろパワープレイヤーだと私は感じています。

ただ、周りの人が心配してケアや支援につなげようとして「社会的弱者」のラベルを貼ってしまうと、「やっぱり私は駄目な人間なのだ」と思ってしまい、よい転機になりづらい。

ですので、研究所ではキャリアブレイクをサポートするのではなく、当事者たちが最中に困ったり、孤独感を覚えたりしたときに「宿れる場所」を作りたいと、文化活動や拠点づくりを進めてきました。

無職の人は飲食代がタダという「無職酒場」の様子。キャリアブレイク中の人たちが語り合う場になっている
無職の人は飲食代がタダという「無職酒場」の様子。キャリアブレイク中の人たちが語り合う場になっている
キャリアブレイク研究所

現状維持、転職に続く「第三の選択肢」

――私自身はキャリアブレイクを検討したものの、収入やキャリアを中断する怖さがあり、できませんでした。経歴に空白のない「きれいな履歴書」が良しとされる社会において、その決断をするのはかなりの勇気と覚悟がいるように思います。

確かに、単純に考えたら怖いですよね。キャリアブレイクを選ぶ人をたくさん見てきましたが、よい転機になるかは最後までわからないし、収入やキャリアが途絶える不安はみんな等しいものです。

そんな中で、キャリアブレイクを選択した人たちは、身近に同じような人がいることが多いのかもしれません。実際、妻はギャップイヤーを選んだ友人を見ていますし、父親や母親が意外にもキャリアブレイクしていたというケースもあります。

日本では理解されにくい文化のように感じますが、厚生労働省が行った調査では、1カ月以上の離職期間がある人は年間150万人以上いるというデータもあります。つまり、それだけ多くの人が大なり小なりキャリアブレイクを経験していたとも言えるのです。

――普段働いているとあまり気づきませんが、意外にも離職期間のある人は多いのですね。

日本ではキャリアブレイクという言葉がなかったことで、「誰もしていない」ように思われていたのではないでしょうか。

ただ、私はキャリアブレイクを推奨しているわけではなく、あくまで選択肢の一つだと思っています。これまでは仕事や職場に悩んだとき、その会社で働き続ける「現状維持」、もしくは、会社で異動を希望する、他社に転職する「働く環境を変える」の二つの選択肢しか思い浮かばなかったかもしれません。

そこに、一時的に雇用を離れて、仕事や人生を見つめ直す「キャリアブレイク」という第三の選択肢が加わった。最終的に選ばなかったとしても、キャリアブレイクを知っているかどうかで、悩み方も変わるのではないでしょうか。

履歴書の空白期間は不利になる?

――世間的には、次の就職先を決めずに離職し、履歴書に空白期間を設けることは、転職の際に不利になるというイメージも根強いかと思います。企業側はキャリアブレイクをどのように見ているのでしょうか。

まず、転職エージェントは基本的に成功報酬のため、採用が決まるまで売上になりません。採用決定率を上げるためにも、空白期間など企業から懸念される事項があると、候補から弾かれやすくなってしまいます。

また、大手の人気企業も「きれいな履歴書のほうが社内稟議を通しやすい」といった理由から、キャリアブレイク経験者を敬遠する傾向が見られます。

一方で、空白をブランクと捉えずに、その期間の活動や思いに興味を寄せて、候補者とのカルチャーマッチを重視する採用人事の方も多いと感じています。これまでの聞き取りからは、キャリアブレイク経験者を懸念する会社と受け入れる会社は、おおよそ半々でした。

ただし、履歴書の空白を隠していたり、ごまかしていたりするように見えると、不信感を抱かれることもあるようです。キャリアブレイク期間中に考えた自分の価値観やビジョンを説得力を持たせながら、伝えられるかどうかが大切なのだと感じています。

――キャリアブレイク研究所はこれまで企業や自治体とも連携し、さまざまな取り組みを行っています。キャリアブレイクは、社員を辞めさせたくない企業にとっては、背反する文化のようにも思えますが……?

確かに、終身雇用制が当たり前だったこれまでは、離職する人に「裏切り者」というレッテルを貼る企業も少なくありませんでした。

しかし近年は、伝統的な日本企業においても、一度退職した元従業員を雇う「アルムナイ制度」の導入が広がっています。一度外に身を置いた人間の方が、社内をより客観視できると期待されているようです。

社員が昇進するタイミングで、数カ月の休職期間を設ける企業もあります。

仕事から離れてみることで、自分のミッションを再評価し、新たな興味やスキルを探求する時間を持てる。社員が自身の仕事観を整えて、より強い人材になって戻ってくることは、企業にとってもポジティブなことです。

また、ある企業では、家でも職場でもない「サードプレイス」をテーマにした社員研修も行っています。社員が会社の仕事から離れて、自分のやりたいことを実現する機会を持つことも、キャリアブレイクの価値に通じるものがあります。

それぞれ違う角度ではありますが、「離れる」という効能を取り入れようとする企業が増えているのは確かです。

ネガティブなイメージが強かった「履歴書の空白」も、少しずつその認識が変わり始めているのかもしれない
ネガティブなイメージが強かった「履歴書の空白」も、少しずつその認識が変わり始めているのかもしれない
Tomohiro Iwanaga via Getty Images

キャリアブレイクが企業や教育に与えるインパクトとは?

――キャリアブレイクが文化として広まることで、個人だけでなく、社会にはどのようなインパクトがあるのでしょうか。

社会に対するインパクトは、企業・教育・地方の三つの視点があると思っています。

まず企業においては、社員が職場や仕事から離れたいと思ったときに、今の会社に踏みとどまる以外に、「転職」しか選択肢が無ければ人材流出は避けられません。企業内に「一時的に仕事から離れる」という選択肢があれば、先に話したようなさまざまな効能が期待できるのではないでしょうか。

また、キャリアブレイクする人たちは、地元に戻ったり、引っ越して環境を変えたりすることも多いです。地方では「転機を受け止める場所」として、移住者の受け入れ施策をキャリアブレイクとつなげる地域も増えています。

教育の面で言うと、不登校の子どもたちを無理やり学校に戻すのではなく、その期間を「子どものキャリアブレイク」と捉え直して、山村留学などのよい転機に変えていく動きも始まっています。

ーー子どものキャリアブレイク、ですか!確かに、キャリアは「職業上の経歴」と捉えがちですが、本来は人の生涯や生活のすべてを意味する言葉ですよね。

大人のキャリアブレイクを見ていると、人生をレール通りに進んできた人たちは、「自由な時間の使い方」が分からず、逆にしんどくなってしまうこともあるようです。

一方、離職期間を上手く過ごせる人は、不登校や休学、ひきこもりなど学業期にいったんレールから外れていることが多いように思います。学業期の脱線を「よい転機」にできたら、残りの人生もより弾力的に、もっと豊かになるのではないでしょうか。

日本は、社会構造的にレールから外れたり、休んだりすることをマイナスに捉えがちです。だからこそ、そんな状況をプラスに意味付けるための選択肢のひとつとして、キャリアブレイクという文化を育てていきたいのです。

ーー最後に、キャリアブレイク研究所の目指すところを教えてください。

キャリアブレイクは、働くことを否定したり、休むことを推奨したりする文化ではありません。ただ、少しだけ仕事から離れるという経験が、キャリアにとってよい影響を与えるのではないかと思っています。

ブランクは人の価値を下げると思われがちですが、本人がポジティブに捉えて、意味のある時間として過ごしたら、人生が好転する面白い転機にもなり得る。

個人だけでなく、社会的な効能があることも発信し、みんなのためになる文化にしていきたいと思っています。

【PROFILE】北野貴大さん

1989年、大阪府生まれ。大阪市立大学大学院卒(工学修士)。新卒でJR西日本グループに入社し、「ルクア大阪」をはじめとする駅ビルを企画開発するデパートプロデューサーとして従事。妻のキャリアブレイクをきっかけに、キャリアブレイクの人のための宿「おかゆホテル」をスタート。2022年にJRを退職し、一般社団法人「キャリアブレイク研究所」を設立。「月刊無職」「むしょく大学」「無職酒場」などを運営。大阪公立大学大学院 経営学研究科 特別研究員。著書に『仕事のモヤモヤに効くキャリアブレイクという選択肢(KADOKAWA)』を持つ。

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