「無職」を機に人生に向き合う。離職・休職期間=無価値じゃない。仕事観を整える「キャリアブレイク」の意義

一時的に“働くこと”から距離を置く「キャリアブレイク」。働く人々はどんなきっかけで離職・休職して、その期間をどのように“よい転機”とするのでしょうか。

仕事や職場への違和感を解消する一つの手段として、一時的に“働くこと”から距離を置く「キャリアブレイク」という概念が広まりつつあります。

欧米では一般的に浸透している概念ではあるものの、日本では「無職=ネガティブ」なイメージが根強く、履歴書の“空白期間”を作ることに不安を覚える人も少なくありません。

キャリアブレイクとは、一般的な「無職」とはどう異なるのでしょうか。また、働く人々はどんなきっかけでキャリアブレイクを選び、その期間をどう過ごすのでしょうか。

キャリアブレイク経験者500人以上に聞き取りし、文化として広げていくための活動を展開する「キャリアブレイク研究所」代表理事の北野貴大さんに聞きました。

キャリアブレイクは、「無職」を機に人生と向き合うカルチャー

――まず初めに「キャリアブレイク」という概念について教えてください。一般的に言われる「無職」や「ニート」とはどう異なるのでしょうか?

キャリアブレイクとは、一時的に離職・休職し、働くことから少し離れるブレイク(休憩)期間のことを指します。この期間を生かして休息したり、旅行に行ったり、新たな趣味を見つけたりする中で、自らの感性を回復させ、人生を立て直す“よい転機”にするカルチャーだと考えています。

欧米ではすでに一般的な文化ではあるものの、これまで日本では浸透しておらず、言い換えるなら「無職」と呼ばざるを得ませんでした。ただ、「無職」という大きな世界の中には、労働意欲のない「ニート」もいれば、不労所得で暮らす「FIRE」を目指す人など、さまざまなカテゴリーが存在しています。

そうしたカテゴリーの一つが、その期間を良い転機にしようとする「キャリアブレイク」だと捉えています。

キャリアブレイクの目的は人それぞれで、いつかは働く気持ちがあっても、今は充電期間として仕事から離れている人や、ずっとやりたかったことに取り組む人もいます。「無職」という総称からは見えてこない、さまざまな意図や過ごし方があるのです。

――キャリアブレイクとは、無職の期間を意味のあるものとして、人生を見つめ直す「よい転機」と捉える価値観を指すのですね。

確かに、無職になる人の中には、上司とそりが合わなくてメンタルを崩したり、予期せずリストラされたりと、自らの意思に反して離職を選択せざるを得ない場合もあるでしょう。

ただ、初めは後ろ向きな離職だったとしても、何かのきっかけで「この期間を人生の転機にしたい」と前向きに思ったら、それはキャリアブレイクに当てはまるのではないでしょうか。

無職=価値のない時間、働けなくて困っていると思われやすく、「弱者」のラベルを貼られることもありますが、キャリアブレイク中の方は必ずしもそうではありません。むしろ、覚悟を持って自分の転機を作ろうと、雇用から離れて人生に向き合っているパワープレイヤーだと私は感じています。

人生100年の「1%」の時間を自己投資する

――そもそも、北野さんがキャリアブレイクに関心を持ったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか。

商社に勤めていた妻の一時的な離職がきっかけでした。自分をすり減らしながら働いていた妻は、「自分が自分じゃなくなる」との心の悲鳴を感じ取り、「一年くらい無職になってみたい」と言い出したんです。

当時の私は正直、無職にネガティブなイメージがあり、履歴書に空白期間があったら再就職しにくいのでは……と心配していました。

でも、彼女は離職を“せっかくの機会”と前向きに捉えていて、「会いたい人に会ったり、行きたい場所に行ったりして、次の人生を選ぶための充電期間にしたい」と話していました。

――パートナーは「キャリアブレイク」という文化を知っていたのでしょうか。

言葉自体は知らなかったようですが、妻はイギリスで暮らした経験があって。イギリスには、高校卒業から大学入学までの期間を長く取り、留学や旅行など好きなことに取り組む「ギャップイヤー」という文化があるんです。

留学当時、妻がギャップイヤーを設けることはなかったそうですが、そうした背景もあり、「人生に小休止を入れること」に抵抗がなかったようでした。

結局、彼女は一年ほど、旅に出かけたり、畑を耕したり、学び直しに取り組んだりと、さまざまな体験を重ねながら、ITプログラマーという新たな人生を整えていきました。

人生を100年と捉えたら、たった1%の時間を自己投資するだけで、こんなにも豊かな時間を過ごせて、人生を面白く立て直すことができるのだと、大きな影響を受けたんです。

そんな妻の様子をブログで発信すると、キャリアの有識者から「それはキャリアブレイクといって、欧米には一時的に仕事から離れる文化があるんです」と教えてもらって。そこで初めて、彼女の選択が「キャリアブレイク」だったのだと知りました。

キャリアブレイクの「四つの入り口」とは?

キャリアブレイク研究所が考える、キャリアブレイクの「四つの入り口」
キャリアブレイク研究所が考える、キャリアブレイクの「四つの入り口」
ハフポスト日本版

――北野さんはこれまで500人以上のキャリアブレイク経験者に話を聞いてきたそうですね。皆さんはどんなきっかけでキャリアブレイクを始めるのでしょうか。

私は、キャリアブレイクには大きく分けて、四つの入り口があると考えています。それぞれキャリアブレイクを始める理由や動機、描いているゴールが少しずつ異なるのです。

一つ目は「ライフ(LIFE)型」。妊娠や出産、予期せぬ病気、家族の介護、パートナーの転勤など、人生のイベントによって発生するキャリアブレイクのことです。経緯はさまざまですが、仕事より優先度の高いライフイベントが発生したことで、一時的にプライベートを安定させるために休職・離職する人たちを指します。

二つ目は「グッド(GOOD)型」。パワハラや激務などで心身をすり減らしてしまい、その中で一時的な離職・休職を使って、心身の改善やグッドに働ける環境を模索する人たちが当てはまります。

三つ目は「センス(SENSE)型」。周囲からの期待に合わせて生きてきた人が、自分の心をすり減らしていたり、違和感を抱えたりする状況から脱し、一時的に自分の時間をゆっくり取って、感性を回復させ、人生を作っていく。

妻もこのタイプにあたるかと思いますが、ライフ型、グッド型のように明確な目的があるわけではなく、現状で、一番市民権が低いキャリアブレイクだと感じています。

四つ目は「パワー(POWER)型」。ワーキングホリデーや海外留学、学び直しやボランティアなど、挑戦するために一定の時間が必要と考え、雇用から離れるタイプを指します。

――確かに、ライフイベントや心身の不調が理由ではない「センス型」のキャリアブレイクは、その目的を家族や会社に説明するのが難しいように思います。

私が研究している中で、一番多いのは「センス型」のキャリアブレイクだと思っています。

中には大企業で働いている人や、高いスキルを持っている人もおり、一見すると順風満帆なのですが、職場や仕事への違和感、将来への閉塞感から「自分が自分じゃなくなる」という葛藤を抱えてしまうようです。妻もそうでしたが、感性が豊かな人は、それが心身の不調として表れなくとも、とても大切な何かが壊されそうな感覚に耐えられないのだと思います。

センス型のキャリアブレイクは、世間からするとぜい沢なことのように聞こえ、「そんなことで仕事を離れるのか」とも思われがちです。ですが、こうした人たちが一時的に仕事を離れて、感性を取り戻して帰ってきたら、社会にとってより良い人材になるはずです。

驚いたのは、センス型の人々の約半数が同じ業界・職場に戻っていくこと。いったん離れることで仕事の意味を見つめ直し、「やっぱりこの仕事が好きだ」「こういう仕事ができる人間になりたい」と非常に強いパッションを抱き、腑に落ちて戻っているように思います。

仕事観を整えるために、キャリアを離れて眺めてみる

キャリアブレイク中の5段階の道のり
キャリアブレイク中の5段階の道のり
ハフポスト日本版

――キャリアブレイクを始めた人は、その期間をどのように過ごすのでしょうか。

どんな入り口から始まったとしても、大きく5段階の道のりをたどると思っています。

まずは、ゆっくり寝たり、見たかったドラマを見たり、友人に会ったりと、心身をリフレッシュする「解放期」。自分を解放する日々が続き、思う存分休んだ後には「虚無期」が訪れます。いきいきと働いている友人のSNSを見て焦ったり、家族や友人から心無い言葉を投げられたり。社会のレールから外れていることへの罪悪感を覚える人もいるようです。

この時期に、不安から就職活動を始める人もいます。もちろんそれは悪いことではなく、小さな休息を挟んで心身のバランスを整え、もう一度働き始めるという選択肢もあるでしょう。一方、このタイミングで「とはいえ辞めた理由ってなんだったっけ?」と、苦しみの中から意義を見出そうとする人たちもいます。

そんな人たちは、虚無感や焦りとも向き合いながら、なぜ離職・退職したのかをじっくり考え、さらに模索を続けていく。その結果、心の深くに潜んでいた自らの‟本音”に気づけることもある。これを「実は期」と呼んでいますが、「私はこういう夢があった」「やっぱりこの仕事が好きだ」と、大切なことを思い出すことができるようです。

そして、転職活動をしたりスキルアップをはかったりする「現実期」を経て、結果論ではありますが、多くの人たちがさまざまな形で社会に戻っていくのです(接続期)

――お話を聞いていると、キャリアブレイクは「休む文化」ではなく、仕事から「離れる文化」なのだと感じました。

バカンス―いわゆる休むことと離れることは、効能が違うような気がしています。例えば、仕事を一カ月休んで遊んだら「ああすっきりした」と元に戻るだけです。一方、離れるというのは、「自分にとってこの仕事とは」「仕事を通して何を実現したいのか」と、自らの現状や働いてきたことを俯瞰することだと思うんです。

一生懸命働いている間は、目の前の業務やタスクをこなすのに精一杯で、仕事の意義や価値づけといった「仕事観」が整っていないこともあるかと思います。

でも、キャリアブレイクを通じて、自分の仕事を離れて眺めることで、人生観や仕事観が整っていき、自らのパーパスがより強くなるのではないでしょうか。

【PROFILE】北野貴大さん

1989年、大阪府生まれ。大阪市立大学大学院卒(工学修士)。新卒でJR西日本グループに入社し、「ルクア大阪」をはじめとする駅ビルを企画開発するデパートプロデューサーとして従事。妻のキャリアブレイクをきっかけに、キャリアブレイクの人のための宿「おかゆホテル」をスタート。2022年にJRを退職し、一般社団法人「キャリアブレイク研究所」を設立。「月刊無職」「むしょく大学」「無職酒場」などを運営。大阪公立大学大学院 経営学研究科 特別研究員。著書に『仕事のモヤモヤに効くキャリアブレイクという選択肢(KADOKAWA)』を持つ。

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