朝鮮人虐殺時のデマに似通うクルド人へのヘイトスピーチ「いつまで繰り返すのか」。都内で緊急集会

クルド人への暴力や殺人行為をあおるデマやヘイトスピーチが後を絶たない。緊急集会では、差別禁止法がない問題への言及があった一方で、全国に先駆けてヘイトスピーチに刑事罰を科した川崎市の条例の効果を評価する意見も上がった。
チカン・ワッカスさん(右)、温井立央さん(中央)
チカン・ワッカスさん(右)、温井立央さん(中央)
Machi Kunizaki

日本で暮らすクルド人たちに向けられるヘイトスピーチの問題を考える緊急集会(主催:日本弁護士連合会)が8月26日、東京都内で開催された。

当事者団体や弁護士、ジャーナリストらが登壇し、クルド人への暴力行為をあおるヘイトスピーチや支援者が受ける脅迫被害の実態を報告。ヘイトスピーチを禁止する法制度のあり方についても言及があった。

(差別の実態を報道するため、主にクルド人に向けられるヘイトスピーチや差別発言、支援者を対象にした脅迫行為の描写があります)

クルド人の難民認定、日本で1人

「国を持たない最大の民族」といわれるクルド人は、世界各国での推計人口は3000万人。各国で少数民族として差別や弾圧を受けてきた。

クルド語の使用を禁止するなど同化政策を進めるトルコから逃れ、難民としての保護を求めて日本にやってくるクルド人は多い。1990年代頃からトルコ国籍のクルド人が暮らすようになった埼玉県川口市や蕨市にはコミュニティができ、ヘイトスピーチの矛先が特に向けられている。

クルド難民弁護団の事務局長の大橋毅弁護士は、日本で生活するクルド人の数は正確には不明だとした上で、「日本人や永住者と結婚したり、経営者になったりして、在留資格を持っているクルド人は多い」と説明する。政府が2023年に打ち出した特例措置では、在留資格がなく、日本で生まれて日本の小中高校で学んでいる外国籍の子どもとその親らを対象に、法務大臣の裁量で在留資格が与えられた。

大橋弁護士は、「日本の学校に通っているクルドの子どもたちを含め、何百人ものクルド人がすでに在留資格を持って市民としてこの社会で暮らしている。それにも関わらず、ネットを中心に『クルド人は不法に滞在している』『危険な存在だ』と言われているのが現状です」と指摘した。

一方で、在留資格がなく、非正規滞在者として日本で生活するクルド人も多い。

トルコで迫害され、世界各国で難民認定されたクルド人は2011年からの10年で推計5万人。一方、これまでに日本で難民認定されたクルド人はわずか1人だ。

唯一認められたこのケースも、入管庁から2度「不認定」の処分を受けた後、裁判を経てようやく認定されている。

そもそも日本の難民認定率は他の先進国と比べて極端に低いが、クルド人が特に認められにくいのはなぜなのか。

大橋弁護士は「個人的な意見」だと前置きした上で、「日本は法務省が難民認定を担っている点に問題がある」と話す。

「トルコと日本の治安当局はテロ対策で協力関係にありますが、法務省が『トルコ政府のやっている政策は行き過ぎで、人権侵害です』と言ったら、関係が壊れてしまう。そのためにクルド人を難民認定しないのではと、私は思っています」との見解を述べた。

法改定の動きとリンクしたヘイト

ヘイトスピーチの取材を続ける安田浩一さん(左)。「川口のクルド人たちは、仕事や買い物をしている時も、常に誰かにスマホで撮影されているのではないかと恐れて後ろを振り返る。そうした生活を想像できますか?」と問いかけた
ヘイトスピーチの取材を続ける安田浩一さん(左)。「川口のクルド人たちは、仕事や買い物をしている時も、常に誰かにスマホで撮影されているのではないかと恐れて後ろを振り返る。そうした生活を想像できますか?」と問いかけた
Machi Kunizaki

クルド人をはじめとする在日外国人を対象にした日本語教室の運営や医療相談、交流イベントの開催などに取り組む団体「在日クルド人と共に」(HEVAL)=埼玉県蕨市=代表の温井立央(たつひろ)さんによると、川口市内の病院周辺でクルド人たちが集結する騒動があった2023年の夏頃から、クルド人へのヘイトスピーチや団体への脅迫文が事務所に押し寄せるようになったという。

「日本から出ていけ」

「ゴミ寄生虫」

「皆殺しにした方がいい」

これらのヘイトスピーチや殺害・暴力をあおる文言は、同団体にメールや手紙で届けられたもののうち、ほんの一部だ。

温井さんが手紙の消印や電話口で確認したところ、発信者は川口市や埼玉県内に住む人ではなく、県外在住だったという。

「ヘイトスピーチをする人に『クルド人から何かされたのですか』と聞くと、『何もされていない』と答えます。『川口市に住んでいるんですか』と聞くと、『川口市には住んでいない』と返ってくる。ではなぜそうした攻撃をするのかと尋ねると、『YouTubeで見た』と話していて、言葉を失いました。ネットに上がっている根拠のない情報を信じてしまっているのです」

温井さんは、クルド人が地域社会で事件や事故を起こすこともあるとした上で、個人の行動と民族性を関連づける言説に疑問を呈する。

「日本社会のマジョリティである日本人が犯罪をした時、そのことと日本人であることを結びつけた報道を目にすることはまずありません。

ですが、マイノリティの人たちが事件や事故を起こした時に、その民族性が問題にされることが多い。圧倒的マイノリティに対して、マジョリティ側が烙印を押しており、差別と偏見を助長していると思います」

脅迫文が届いた後、団体は警察に被害届を提出した。朝日新聞によると、埼玉県警は8月、東京都足立区の男を脅迫容疑でさいたま地検に書類送検した。

温井さんは、クルド人に対するヘイトスピーチが増えたのが、難民認定の申請中の外国人を強制送還できるようにする入管法改正案の国会審議が始まった2023年頃からだと話し、「制度の動きとヘイトスピーチは明確につながっています」と述べた。


「デマが量産されている」

「平和の匂いがした」━。

ジャーナリストの安田浩一さんは、あるクルド人男性から、成田空港に降り立った時の感激をそう伝えられたという。

「銃声が響き、軍隊にとられ、警察に追われる。そうした生活から逃れてきた人にとってみると、日本は『平和の匂い』がする国だった。

ところがこの一年でその『匂い』は吹き飛んでいるわけです。スマホで撮影されているのではと恐れ、常に後ろを振り返らなければならない、差別と偏見を感じ取る生活。そしてそれを放置したままの行政と市民社会、ネット。そうしたことによって多くのクルド人たちが苦しんでいる」(安田さん)

安田さんによると、ネット上のヘイトスピーチの中でも、暴力や殺人をあおる投稿が最近は特に目立っているという。

一方で、差別やヘイトの現場を取材を続けてきた一人として、「クルド人に向けられるヘイトスピーチには既視感がある」とも語る。

「『国に帰れ、殺してしまえ』といった言葉は、日本で暮らす外国人たちに常に向けられてきました。これまでは在日コリアンや中国人、ブラジル人などに対してでした。ヘイトスピーチをする人たちは、クルド人だから特別にしているわけではありません」

安田さんは、「『川口に行くと無法地帯が広がっている』『川口では日本人に対する殺傷事件が相次いでいる』といったデマがネット上で量産されている」として、「101年前の関東大震災における朝鮮人虐殺時のデマと似ていませんか?こうしたことをいつまで繰り返すのでしょうか」と問いかけた。

「日本クルド文化協会」代表理事のチカン・ワッカスさんは、▽運転者の見えない形で車両を後方から撮影し、「クルドカー」というコメントと共にSNS上で投稿される▽コーヒーを飲んでいるだけのクルド人たちの写真を添え、「この人たちは女性をレイプしている」といった根拠のないデマを流される━といった被害を報告した。

温井立央さんによると、クルド人たちの春の祭り「ネウロズ」を開催した際、「勝手に公園を使っている」という、事実と異なる説明を加えた動画がネット上で拡散されたという。

実際には、公園の管理者側が妨害活動への懸念を理由に一度不許可を伝えていたものの、後に撤回・謝罪しており、主催者側は許可を得た上で開催していた

温井さんは「なんの検証もせず、ネット上の動画を信じてしまう人がいることが非常に怖いです」と振り返った。

「制裁を科すことは有効」刑事罰を初めて盛り込んだ条例

「ヘイトスピーチに対して制裁を科し、実効性のある条例を作ることが早急に求められている」と語る師岡康子弁護士
「ヘイトスピーチに対して制裁を科し、実効性のある条例を作ることが早急に求められている」と語る師岡康子弁護士
Machi Kunizaki

集会では、メディアの責任についても言及があった。

安田浩一さんは、SNSユーザーによるデマの投稿は深刻な問題だとしつつ、「もっと根深いのは、大手メディアを始めとする一部メディアがクルド人たちへの差別を煽っている現実です」と語った。

加えて、「ヘイトスピーチの問題を報じたメディアが、ヘイトスピーチをする人たちや行政などから批判された時にひるみ、いつの間にか報道をフェードアウトしてしまうということが繰り返されてきました。今進行しているのは差別であり、ヘイトスピーチです。メディアは毅然とした態度を取ってほしい」と強調した。

ヘイトスピーチが繰り返される背景に、日本に差別を禁止する法律がない問題がある。2016年に施行されたヘイトスピーチ解消法に、罰則や禁止規定はない。

人種差別の問題に取り組み、著書に『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)がある師岡康子弁護士は、ヘイトスピーチ解消法について「明確な禁止事項がないのが弱い点だ」と述べた。

一方、「とりわけ効果が出ている」と評価したのが、全国で初めてヘイトスピーチに罰則規定を盛り込んだ神奈川県川崎市の条例だ。

2020年に施行された「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」は、ヘイト行為をやめるよう市長から勧告や命令を受けたにも関わらず繰り返した場合、違反した個人の氏名や団体名などを公表し、50万円以下の罰金を科すと定めている。

師岡弁護士は「刑事罰をつけたことによって、ヘイトデモを繰り返してきた人たちが川崎市内では明確なヘイトスピーチをしなくなりました。埼玉県の川口市や蕨市で繰り返されるヘイトを止めるには、川崎市にならい、条例で制裁を科すことは有効です」と述べた。

ただ、川崎市の条例でも、ネット上のヘイトスピーチは刑事罰の対象になっていない。

師岡弁護士は、日本が加入する人種差別撤廃条約などを根拠に「国だけでなく、地方公共団体にも人種差別を禁止し、終わらせる義務がある」と指摘。「ヘイトスピーチを止めるには、禁止規定と制裁を定める法や条例が必要であり、国や地方を動かすのは私たち一人ひとりの力です」と呼びかけた。

【取材・執筆=國﨑万智】

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