(記事の初出:2020年8月13日)
宮崎駿監督のアニメ映画『となりのトトロ』。
何度見ても面白い国民的な人気作だが、1988年の上映当時のポスターに、ある秘密が隠されていることをご存じだろうか。誰もが知っている作品の、誰もが知っているとは限らないトリビアをお届けしよう。
■上映当時のポスターにはサツキでもメイでもない「謎の少女」の姿が…
『となりのトトロ』のポスターに描かれているのは、「稲荷前」と書かれたバス停の前の様子だ。葉っぱを頭に乗せたトトロの隣に、赤い傘を差した二つ結びの少女が立っている。
この少女は劇中に登場するメイともサツキとも、微妙に姿が違う。顔はメイに似ているが、頭身と年齢はもう少し高そうだ。服装はオレンジ色の吊りスカートで、劇中でサツキが着ているものだ。
ハフポスト日本版の編集部の同僚に聞いてみると、「メイだとばかり思っていた」という声が多数聞かれた。
このポスタービジュアルは、劇場パンフレットのほか、DVDのジャケットや、スタジオジブリ公式サイトの作品紹介でも使われている。
この少女は、一体誰なのだろう。
■もともと主人公の女の子は1人だけだった
スタジオジブリ広報部によると「かなり前の映画ということもあって、詳しいことは諸説あってはっきりしません」としつつも、「サツキとメイの特徴を1人の女の子に集約したというのは、間違いないようです」というコメントだった。
2人の少女が1人に……とは、どういうことだろう。その後、関連資料を調べていくと、興味深いことが分かった。
『となりのトトロ』の原型は、1975年に宮崎監督が描いた3枚のイメージボードだった。このときすでに、バス停で父親を待つ少女と、頭の上に葉っぱを載せた謎の生き物が描かれている。このときは絵本にするつもりで、主人公の少女は1人だった。79年にもテレビの特別番組などの企画が動き、イメージボードが新たに描かれたが実現しなかった。
その後、1986年末から『となりのトトロ』の制作が本格的に始まると、宮崎監督は主人公の少女を2人の姉妹に設定変更した。その理由は、同時上映される『火垂るの墓』(高畑勲監督)の上映時間が予定より延びたことに伴い、『となりのトトロ』の上映時間が延びたことが理由だったという。
「ジブリの教科書3 となりのトトロ」(文春ジブリ文庫)の中で、製作委員会のメンバーだった鈴木敏夫さんは次のように振り返っている。
<『となりのトトロ』は本来、女の子とオバケの交流で、その女の子は一人だったんですが、高畑さんへの対抗心に燃えた宮さんは「映画を長くするいい方法はないかな」と言い出して、それで一人の女の子を姉妹にすることを自ら思いつくんです。サツキとメイは、宮崎駿の負けず嫌いの性格から誕生したのです>
■宮崎監督「サツキとメイの二人がトトロと並ぶのは、どうしても違う」
そして、1987年夏ごろに『となりのトトロ』のポスターの原画を宮崎監督が描いた。
『となりのトトロ』の制作デスクを務めた木原浩勝さんの著書『ふたりのトトロ』(講談社)によると、第2稿まではサツキとトトロが並んでいたが、第3稿になって、以前のイメージボードに近いサツキでもメイでもない少女が描かれたという。
バス停で待っているのがサツキ1人でいいのか……という問題があったが、宮崎監督は「サツキとメイの二人がトトロと並ぶのは、どうしても違う」と主張。その結果、二人の特徴を併せ持つ少女が描かれることになったのだという。
木原さんは前出の著書で、以下のように綴っている。
<ポスターの少女をサツキだと思っている人、メイだと思っている人がいると思うが、実のところどちらでもないといえるし、どちらでもあるともいえるキャラクターだ。つまり一種の合成キャラクターとでもいえばいいだろうか?具体的にいえばサツキより低くメイより高い身長。服装はサツキ。肩から上(顔立ちや傘の色)はメイとして決定される。映画に登場しないキャラクターを使ったポスター画など前代未聞だと思った>
■「ポスターの女の子は、さほど気にする程の事ではなかった」と制作スタッフ
1988年の上映時、『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の配給収入は合わせて5億8800万円と伸び悩んだ。
前出の木原さんによると、上映当時に「ポスターの少女は誰?」という問い合わせがスタジオジブリにあった記憶はないという。ハフポスト日本版の取材に対して、木原さんは以下のように回答した。
「映画としては大ヒットしたわけではなく、話題としても大きく取り上げられたワケでもありません。そのため、ポスターの女の子は、さほど気にする程の事ではなかった……という事ではないでしょうか?」
テレビで放送が繰り返される中で人気が上昇し、スタジオジブリの看板作品の一つになった『となりのトトロ』。上映当時のポスターの謎が注目されるのも、長寿作品になったからこそだった。