ピクサーを“救った男”と言ってよいかもしれない──。
『トイ・ストーリー』『トイ・ストーリー2』の原案、監督作『カールじいさんの小さな家』ではトニー賞を受賞、2009年にはヴェネツィア国際映画祭で栄誉金獅子賞を受賞するなど、アニメーション映画界で長らく活躍するピート・ドクターさん。
公開からまもなく大ヒットを記録している『インサイド・ヘッド2』(8月1日公開)は、ピートさん自身が監督を務めた『インサイド・ヘッド』(2015年)の続編だ。世界での興行収入は約2323億円を超え、『トップガンマーヴェリック』などを上回り、すでに「世界興行収入ランキング」トップ10入り。この興収的な快進撃は、海外で「起死回生」などと報じられている。
新型コロナの感染拡大の影響や業績不振による大規模なレイオフを行うなど、近年あまり良いニュースがなかったピクサーに久しぶりに明るい話題を届けた。
2018年からピクサーのCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)を務めるピートさんは、同作では監督ではなくエグゼクティブ・プロデューサーを担っている。同作についての話や、自身が尊敬してやまないスタジオジブリ作品に対する思いを聞いた。
続編の新キャラクター、前作との明確な違い
『インサイド・ヘッド2』は前作と同様、主人公の女の子・ライリーの頭の中が舞台だ。人間の「感情」をキャラクター化するというアイデアは当時、真新しかった。
今作ではライリーが思春期を迎え、前作で登場した主要キャラクターの他に、シンパイ・イイナー・ハズカシ・ダリィという4つの感情が新たに登場。彼らがヨロコビたちを追い出し、自分たちだけでライリーの性格を形作ろうとする。
続編を制作する上で、どんなことを意識していたのか。
私が2020年1月に監督のケルシー・マン(以下、マン監督)に「そろそろ新しい“感情たち”が見たい。『インサイド・ヘッド』の続きを作ろうと思うんだけど何かアイデアはある?」と聞いたのが全ての始まりでした。今回、彼に作品を託して良かったと思っています。マン監督は沢山のアイデアを出してくれたんですよ。その意味では、映画には彼のメッセージが色濃く反映されています。例えば、感情のキャラクターに関しても、実は全部で27くらいあったんです(※実際にライリーの感情として登場するのは、前回のキャラクターを含めて9つ)。
話し合いの中で最も多く出たのは、前作で愛された部分はキープしつつ、「前回の物語を繰り返さない」ということでした。だから、ストーリーを考える中でまず「ヨロコビ」を追放すると決めたんですが、その後は「前作のメインキャラクターすべてが追放されたらどうなる?」といった具合に想像力をたくさん働かせて、最終的なストーリーが出来上がりました。
マン監督は今作で「シンパイ」というキャラクターにフォーカスしたいと私に伝えてきました。彼がある日、自分が幼い頃の誕生日の写真を見せてくれたんです。5歳頃までは笑顔いっぱいだったのに、その後はなぜだかあまり楽しくなさそうな写真が多かった。彼に「何があったの」と聞いたら、「思春期だった」と言ったんです。当時彼は、「自分はその場に見合わないんじゃないか、価値がないんじゃないか、馴染めていないんじゃないか?」と不安にかられていて、なかなか素直になれなかったと。思春期の悩みは子どもだけではなく、大人になった人も当時を思い出せるものだと感じて、彼の経験をストーリーに落とし込みました。
実写・アニメーションにかかわらず、「映画は社会を常に映し出すもの」と考えるピートさん。27のアイデアのうち、実際に映画に登場することになった9つのキャラクターには共通するものがあると話す。
近年のピクサーは「大人にも刺さる」「大人こそ観るべき」などと評価される作品が多いが、そう言われることについての理由について、今作に絡めて次のように触れた。
今回の続編の物語は、一言で言えば「自分は社会にうまくフィットできるのか」という問いであり、テーマなんです。だからこそ、最終的に新キャラクターとなった不安(シンパイ)・恥ずかしさ(ハズカシ)、羨み(イイナー)、無気力(ダリィ)たちはすべて、個人的というよりも、社会的にとても関係が深い感情となったのだ思っています。
例えば、「成功しなくちゃ」と思うからこそ過度に心配するし、失敗すると恥ずかしくなるし、人を羨んでしまうようになる。これは別に思春期の少女だからではなく、私を含めた大人というか、すべての人間に共通しますから。
前作に登場した5つの感情は、社会とつながる以前に、人間の感情としてとても大切なものでした。一方、今作で新たに登場したキャラクターは社会や他者と密接につながるものたちで、そこが明確に違うんです。
スタジオジブリへのリスペクト
実はピートさんらは、今回の来日でスタジオジブリを訪問した。ピクサーとスタジオジブリは以前から繋がりが深く、『千と千尋の神隠し』ではピクサーがアメリカ配給版の英語吹替の監修を担った。また、ファンにはよく知られているが『トイ・ストーリー3』では『となりのトトロ』に登場するトトロが一瞬ながら“友情出演”している。
公開作品が世界的に評価されてきたアメリカと日本を代表するアニメーションスタジオの「両雄」。“手書き”にこだわるジブリと、3Dなど最新CG技術を使って制作を行うピクサーには、やはり違いはある。
宮崎駿監督のアニメーション制作への情熱を尊敬してやまないピートさん。ピクサーのクリエイティブのトップはジブリ作品のどんな点に注目しているのか。
『となりのトトロ』が大好きなんです。特にあの「ペーシング」が好きです。なんと言うのでしょう...ゆっくりと物語が進んでいきますよね。その時間を観ている人が一緒に過ごせるような感じがします。あとは、ストーリーやプロットとは関係なくても、ディテールをちゃんと見せてくれるんですよ。例えば、トトロでは、雨が降りしきる中で主人公たちが長靴を履いていて、水が一滴一滴、水たまりに静かに落ちていく。
そんなシーンは、実際に自分がそこにいるような気持ちになれますよね。あのような描写において、世界で宮崎監督ほど優れた人はいないのではないかと常にリスペクトしています。
あとは、「観察眼」がやはり素晴らしいと思います。いろんなものを常に見ているのでしょうね。あらゆる物を「見る」という能力が非常に長けている。『崖の上のポニョ』でポニョが食べる時の描写も個人的なお気に入りです。スタジオジブリの作品からは常にインスピレーションを受け、刺激になっていますね。
「完璧でなくていい」と伝えたい
「この映画は、自分自身を受け入れることをテーマにしています。ダメなところも含めて、自分を愛すること。誰しも愛されるために、完璧である必要はないのです」
マン監督の同作に対するこのメッセージに、ピートさん自身も強く共感しているという。
私自身、本当は「ヨロコビ」のようになりたいけど、どちらかといえば「シンパイ」に近いです。その証拠に、いまだにオンラインの映画評は見ないですし、無視しています(笑)だって、「あまり好きじゃなかった」とか言われるとやっぱり悲しいじゃないですか。映画を作っている者として、やはりネガティブな意見には落ち込みます。
あとは、SNSもあまりやってないです。友人がパーティの写真をあげていて、自分はそこに呼ばれていないという事実を投稿で知るのってやっぱりショックなので。今作に出てくる「イイナー」のような気持ちにならないためにもね(笑)
【作品情報】
『インサイド・ヘッド2』
監督・ストーリー:ケルシー・マン
プロデューサー:マーク・ニールセン(『トイ・ストーリー4』)
エグゼクティブ・プロデューサー:ピート・ドクター(『インサイド・ヘッド』)
日本版声優:大竹しのぶ(カナシミ)、多部未華子(シンパイ)、横溝菜帆(ライリー)、村上(マジカルラブリー/ハズカシ)、小清水亜美(ヨロコビ)、小松由佳(ムカムカ)、落合弘治(ビビリ)、浦山迅(イカリ)、花澤香菜(イイナー)、坂本真綾(ダリィ)
日本版エンドソング:SEKAI NO OWARI「プレゼント」
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公開日:2024年8月1日
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