気候変動関連のシンクタンク3団体が7月11日、合同で記者会見を行い、日本の気候変動対策の政策決定プロセスの問題点についてそれぞれの調査結果を発表した。
6月までの通常国会では、政治資金や企業献金の在り方、 旧威統一教会の問題など、特定の利害関係者による政治への影響が問題となったが、気候変動に関する政策にも似たような課題がありそうだ。
シンクタンクらは日本のエネルギー政策やGX(グリーントランスフォーメーション)政策においても、特定の利害関係者による影響が大きいなど「構造的な問題」がある可能性があると指摘した。
委員の多くは「脱炭素に消極的」」50〜70代」「男性」
5月15日から、エネルギー基本計画の見直しに関する議論が始まっている。
日本の温室効果ガス排出の84%はエネルギー分野から排出されており、エネルギー分野の温室効果ガス削減目標やその具体策を示すエネルギー基本計画は、日本の気候変動対策の要の一つだ。
気候政策シンクタンクの一般社団法人クライメート・インテグレート・安井裕之さんは、エネルギー基本計画策定に関わる15の審議会の委員の構成を、「審議会等の運営に関する指針」と照らし合わせて分析した結果を説明した。
業種でみると、「シンクタンク・コンサルティング」と「大学」からの委員が過半数を占める会議体が多い。安井さんは「シンクタンクやコンサル、大学からの委員の中には、元通産省や経産省出身者も多い」と指摘した。
また、「資源・燃料分科会」や「燃料アンモニア官民協議会」、「石炭火力検討WG」、「洋上風力官民協議会」などは、企業や業界団体からの委員が過半数を占める。
「企業系の委員の大半が素材系などエネルギー多消費産業で、脱炭素に積極的に取り組む需要側の企業の委員が少ない。また、消費者団体以外の非営利団体からの参加もほとんど見られません」
委員の年齢を見ると、50〜70代が中心の構成で、40代が10〜20%、30代以下はほぼいない。性別を見ると、男性が75%を占めている。化石燃料を中心とした既存のエネルギーシステムからの脱却に対して消極的なスタンスの委員も多いようだ。
さらにエネルギー基本計画は、多数の会議体で調整された内容が基本政策分科会で承認されるような形になっており、総合的観点からの議論の機会が乏しいという。
クライメート・インテグレートは▼独立した第三者機関の創設▼審議会を中心とした政策形成プロセスそのものの見直し▼委員の選考基準透明化▼国民参加のプロセスと場の確保、などを検討するべきだと主張した。
日本の政策決定プロセス、法的にも問題
法律の専門家からなる国際団体ClientEarth(クライアントアース)の福永智子弁護士は、日本のエネルギー基本計画の会議体に「国際的にエネルギー政策にかかる典型的なステークホルダーとされる方々がほとんど参加できていません」と指摘した。
「再生可能エネルギーの事業者や再生可能エネルギーの貯蔵・需給最適化ソリューション提供事業者、機関投資家などの代表者、IT企業などのエネルギー需要側の企業、気候変動の影響を大きく受ける第一次産業の代表などがほとんど含まれていません。また、気候科学者や環境団体、若者団体、女性団体の代表も全くと言っていいほど含まれていません」
この現状はEUをはじめとした国際的な慣行と一致していないだけでなく、法的な観点からも問題があるという。
国家行政組織法上、エネルギー基本計画の政策を実際に具体化する議論を行う総合資源エネルギー調査会と、実質的に議論を行う傘下の会議体は「審議会」に該当する。
審議会制度の趣旨・目的は、「行政への国民参加」「専門知識の導入」「公正の確保」「利害の調整」と定められており、「一部の業種や利害関係者などに偏よった人員で構成することは、本来の審議会の趣旨・目的にかなうものではありません」と福永弁護士は指摘した。
「審議会制度については、いわゆる『隠れミノ』になってきた、縦割り行政を助長している、などずっと指摘されてきた歴史があります。こうした問題を解決すべく行われた行政改革の中で『審議会の指針』が定められました。第7次エネルギー基本計画策定の局面において、審議会制度の構造的な問題が再び繰り返されるということがないよう、政府が果たす役割が重要です」
また、憲法上の問題もあるという。エネルギー基本計画は、憲法に定める生存権や経済活動の自由、規制や利用に関する合意形成手続き、そして幸福追求権や平等権保護などを支える「物的な基盤を整備する計画でもある」と福永弁護士は説明した。
「特に気候変動による生命、身体、健康への侵害というのは、異常気象や未曽有の自然災害、熱中症など様々な形で、日本に住む人々の身にもう既に生じています。エネルギー基本計画が健康で幸福な生活を送る幸福追求権など憲法上の人権と真に密接な関係性を持つ時代になったんだということを、私たちは危機感を持って認識しなければなりません」
企業や業界団体の関与も浮き彫りに
企業や業界団体の政策への関与はどうか。独立系気候リスク・シンクタンクのInfluenceMap(インフルエンスマップ)の長嶋モニカさんは、再生可能エネルギーなど「グリーンエネルギー」への転換を目指す「GX政策」における企業や業界団体の関与についての分析結果を説明した。
分析の結果、鉄鋼、エネルギー、電力、自動車セクターを代表する業界団体や企業によるGX政策への関与の度合いが大きいことが明らかになったという。
しかし、上記のような重厚長大業界による政策への関与の大半が、パリ協定が定めた「世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べ1.5℃に抑える」という目標や、世界中の科学者が集まる「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」の見解と整合性が取れないものだという。
「重厚長大業界の政策関与のうち、IPCCなどの科学的見解と整合した関与は全体のたった26%でした。重厚長大以外の金融、小売、建設、消費財、ヘルスケアなどの業界は日本経済と雇用の70%以上を占めているにもかかわらず、政策に関与できていないのが現状です」
GX政策に対して、発信が最も多かったのは日本製鉄と経団連だったという。
日本製鉄は再生可能エネルギーに関する政策を支持せず、 「原子力と並んで火力発電を支援するよう政府に主張していることが見受けられる」と長嶋さんは指摘した。
例えば2024年5月の資源エネルギー庁の基本政策分科会では、「『再エネ導入のハードルが高いという日本の色んな制約条件』を強調し、原子力の利用と並んで火力発電の新設を『強く要請』した」という。
経団連の政策的立場についても、炭素税への反対や火力発電、天然ガスの維持を支持するなど、IPCCの見解と大きく乖離していると長嶋さんは説明した。
例えば5月に行われた経産省の電力・ガス基本政策小委員会では、「排出削減対策が講じられていない火力の発電電力量を削減する必要性を認識した一方、LNG投資・インフラなど、国の関与を一層強化することを呼びかけた」という。
「InfluenceMapデータからは、日本の産業界による政策関与は、1.5°Cに不整合な主張をする重厚長大業界ほど政策関与の度合いが大きく、適切な政策形成を歪めていることが見受けられます」(長嶋さん)