「働きやすさ」だけではウェルビーイング経営にならない。先駆者・丸井グループの実践とは?

「社員のため」だけではないウェルビーイング経営が、社員の主体性と創造性につながる。丸井グループの実践を、CWOの小島玲子さんに聞いた。

ウェルビーイング経営に取り組む企業が増えている。一方、その成果に疑問を抱いている人も多いのではないだろうか。

「社員が働きやすくなるといいよね、というだけではウェルビーイング経営にはならないと当社では考えています」

丸井グループでCWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)を務める小島玲子さんは、ウェルビーイング経営の本質についてそう説明する。

丸井グループが本格的にウェルビーイング経営を掲げたのは2014年。多くの先進的な取り組みで、業績改善を支えたと評されるそのエッセンスを、小島さんに聞いた。

2023年3月期共創経営レポート(統合レポート)より
2023年3月期共創経営レポート(統合レポート)より
丸井グループ提供

 6ステークホルダーの利益と幸せを拡大する

「社員のウェルビーイングを高めれば経営にも良い効果が…」。

ウェルビーイング経営をそう説明し、「働き方改革」と結びつけて考える企業も増えてきた。

それに対して、丸井グループはウェルビーイング経営を、顧客、株主・投資家、取引先、社員、地域・社会、将来世代の6つのステークホルダーの利益と幸せの重なりを拡大することだと定義しているのだという。

「6ステークホルダーの利益としあわせの重なり」
「6ステークホルダーの利益としあわせの重なり」
丸井グループ提供

つまり、丸井グループのウェルビーイング経営は、社員だけが「ウェルビーイング」になることではない。社会課題解決を目指すだけでもない。顧客や株主・投資家も含む6つすべての重なりを目指すという宣言なのだ。

だからこそ、「やった方がいい」のではなく、利益を生むためにも「やらなければいけない(必須)」と認識しているのだという。

2021年の中期経営計画では、全ての事業がサステナビリティとウェルビーイングを目標にすることを公表した。その実現を通じて財務的価値を生むという計画になっている。

具体的にはどんな事業なのだろうか?

小島さんは丸井グループの様々な事業の中でも、「応援投資」は特にウェルビーイング経営を体現した事業だという。

いやいや仕事していたら、応援投資は生まれなかった

「応援投資」は、エポスカード会員が、丸井グループの社債を購入することができるという金融サービスだ。【前編参照】

その仕組みも斬新だが、関わるメンバーは様々な部署から社員が自発的に参加した共創チームから生まれたのだという。メンバーがそれぞれの強みを活かしながら、主体的に行動することが、社会貢献と企業利益を両立させるという成果につながっているのだ。

丸井グループ・共創投資部で応援投資を担当する小原ゆゆさん(左)、CWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)の小島玲子さん
丸井グループ・共創投資部で応援投資を担当する小原ゆゆさん(左)、CWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)の小島玲子さん
Yuriko Izutani

「社員がいやいや仕事していたら、応援投資のようなアイデアは浮かばないと思います。そして、事業化の過程で障壁が出てきたときにも乗り越えられない。やらされ感を撲滅し、社員の活力と創造性を向上させることは、変化や困難が大きい中でも創意工夫し事業を成功に導く上で必須なんです」

「やらされ感」をなくすため、丸井グループは具体的なKPIを掲げ、客観的に評価している。

例えば、あらゆることを「手挙げ方式」にし、社員が自主的に参加したい事業やプログラムに参加することを促した。その結果、2023年度には手を挙げて参画する社員の割合は85%になった。

さらに、行為に没頭している状態を指す「フロー」を重視してきた。現在、フローを経験する社員は41%だが、2030年までに60%に高めることをKPIとしている。

ウェルビーイングは心地よく働くことではない

「働き方改革」は、健康を害するような過重労働やパワハラ文化を全国各地で改善に向かわせるという素晴らしい成果をもたらした。

一方で、難しい仕事を若者に担当させないことで労働時間を削減しようとするなどの「ゆるブラック」企業が増え、働きがいを感じられないと悩む若手の声も広がっている。

前例のない事業に取り組むという困難がありながらも、社員が意欲的に働いている「応援投資」は、それとは対照的な事例に見える。

「丸井グループでは、『心地よく働いている』ことではなく、尊重されていること、強みを活かして挑戦していることをウェルビーイング指標にしています」と小島さんは話す。

実際に、その指標は10年で改善している。職場で尊重されていると感じる社員の割合は、28%から66%になった。強みを活かしてチャレンジしている社員の割合は38%から52%になっている。

新たな企業文化を実装するために

チャレンジする社員をさらに増やすため、丸井グループは「手挙げ制」を進化させ、新たに「失敗を許容し挑戦を奨励する文化」を目指すのだという。

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丸井グループ提供

そのために、打席に立った回数(新たな事業や価値創出に挑戦した回数)を5000回にするというKPIを掲げた。

しかし、いくら指針を打ち出しても、社内に浸透し、機能するためには壁がある。乗り越えるために、小島さんは「経営上のあらゆる構造に、その価値観が組み込まれているかどうか」、つまり本気でやっているかが重要だという。

「掛け声だけで、それが人事評価や昇格の仕組みなど全体的な構造とつながっていなければ、浸透しないと思います。ビジョンに沿って創造性高く活動した人が評価される仕組みになっているか、組織の意志決定プロセスや採用についても価値観が一貫しているかどうか。本気でやるならば、全部フィットさせる必要がある」

例えば、丸井グループでは、失敗を恐れずに打席に立って失敗した人やグループを「フェイルフォワード賞」として表彰する制度も始めたという。失敗しても、前向きに挑戦してその過程から学び、次に活かす姿勢を評価する価値観を表した表彰制度だ。

方針を伝えるだけでなく、実際に評価や制度に落とし込む。そして、すぐ浸透しないからといってあきらめず、進化させながらそれを続けることも重要だと小島さんは考えている。

手挙げ制度は2005年から始まり、現在は企業文化となった。小島さんが2011年に入社した当時、ウェルビーイングは「社員の健康のこと」だったが、この数年で「6ステークホルダーの利益と幸せの重なりの拡大である」という認識が社内に広がった。

「やり続けることで文化になる」。小島さんはそう確信している。

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