福島県が東京電力福島第一原発事故後に始めた甲状腺検査をめぐり、6月26日に開かれた県議会6月定例会で、「過剰診断」の問題が取り上げられた。
甲状腺検査については、治療の必要がなく、放置しても無害に経過する甲状腺がんを診断する過剰診断が起きている、という声が上がっている。
また、甲状腺検査の適切な評価を行うために設置された「甲状腺検査評価部会」で、部会長が「どういう(検査)結果が出るか2年後のお楽しみ」と発言していたことも明らかになった。
議会で指摘された過剰診断や専門家の発言。県はどのように答えたのか。
福島で行われている甲状腺検査とは
福島県「県民健康調査」の甲状腺検査は、原発事故の発生時に県内にいた当時18歳以下だった住民約38万人を対象とし、県に委託された県立医科大が2011年10月から行っている。
「子どもたちの健康を長期的に見守る」と、1986年のチョルノービリ原発事故で小児の甲状腺がんが報告されたことを踏まえつつ、福島では「放射線量の状況から考えて極めて少ない」という前提のもと始めた。
検査は任意で、年齢などに応じて繰り返し行われている。現在は6巡目に入っており、1巡目の先行検査以降、25、30歳になった時の節目の検査を入れると、5巡目までに延べ110万人が検査を受けた。
このうち、悪性・悪性の疑い(がん・がんの疑い)と診断されたのは330人。そのうち277人が手術をした。なお、うち273人はがんの中で「予後が良い」(病気が良くなる可能性が高い、命を脅かさない場合が多い)とされる「乳頭がん」だったという。
被ばくとの関連はないとする理由は
一般的に、甲状腺がんは100万人に数人の割合で見つかると言われている。
福島はそれより高い割合となっているが、現時点で原発事故による放射線被ばくとの関連はないとされている。その理由は何か。
科学的・中立的な立場から放射線の影響を調査し、結果を国連総会に毎年報告している「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」は、全ての科学的知見をとりまとめた「UNSCEAR2020/2021報告書」で次のように言及している。
「福島で起きた原発事故の放射線被ばく量は、将来にわたって健康に影響を及ぼすほどではないレベル」
「小児の甲状腺がんの予測に対する増加は放射線被ばくの結果ではなく、むしろ高感度の超音波検査の結果」
つまり、福島で甲状腺がんが一般的な割合より多く見つかっているのは、高感度の超音波検査の結果だと指摘している。
チョルノービリ原発事故やほかの放射線調査は被ばく後4〜5年で発症したが、福島県では被ばく後1〜3年で甲状腺がんが多く確認されていることなども理由に挙げている。
専門家で作る福島県県民健康調査検討委員会・甲状線検査評価部会も2023年7月、検査4巡目までのまとめとして、甲状腺がんと放射線被ばくに関連は認められないという見解を出している。
さらに、UNSCEARの報告書は、「高感度の超音波検診は臨床症状が発現した後に検出されるであろう症例よりもずっと多くの甲状腺がんの症例を検出するという有力なエビデンスがある」とし、「診断された人々の間に不安を起こす可能性を有し、不必要な治療に繋がりえる」と、過剰診断の問題も指摘している。
このほか、チョルノービリ原発事故の際は、牛乳の消費を制限・回避する必要性を知らせなかったため、特に当時小児であった人々の放射線被ばくに起因する甲状腺がんの発生率の増加につながったと記述し、福島では「防護措置がより効果的に実施され、結果的に可能性のある被ばく線量をより大きい割合で回避した」と記した。
甲状腺がんの特徴は?過剰診断とは?
ここで問題になるのが、UNSCEARも示した甲状腺がんの過剰診断だ。
甲状腺がんの過剰診断とは、一生気づかずに過ごすかもしれない無害の甲状腺がんを診断することを言う。
UNSCEARなどは放射線被ばくと甲状腺がんの関連について認めておらず、過剰診断も指摘しているが、福島ではいまだに甲状腺検査が続いているというのが現状だ。
検査のメリットについて、福島県立医科大は「異常がないことがわかれば安心につながる」などと強調しているが、専門家からは「必ずしも安心につながらない」や「根拠がない」といった声も上がっている。
反対に、「薬や手術など不必要な治療による体への負担」や「病気の原因や治療に関する心の不安」、「保険やローン契約で不利益を被る可能性」などの多くのデメリットも無視できない。
そもそも検査対象者や保護者にメリットとデメリットが十分伝わっていないことも問題となっており、県が2023年12月に発表したアンケート調査の結果によると、甲状腺検査にメリットとデメリットがあることを「知らなかった」と回答した人は、半数超の51.4%に上った(回答者3653人)。
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この過剰診断の問題について、自民党の渡辺康平県議が6月26日、福島県議会6月定例会で一般質問した。
渡辺県議は冒頭、原発事故による放射線影響を把握するために始まった甲状腺検査が、健康診断のがん検診のように受けられており、本来の目的と大きくずれていると指摘。
子どもに検査を受けさせている理由について、検査対象者の保護者の約半数が「学校で検査をしているから」と県のアンケートに答えたことを挙げ、「学校検診の義務性が伴っているのではないか」と述べた。
甲状腺がんと放射線被ばくとの関連についても、「既にUNSCEARや国際がん研究機関(IARC)が否定している」とし、県民健康調査検討委員会が放射線被ばくとの関連についてはっきりと結論を出さないことに「医師や研究者から強い批判が出ている」と語った。
また、渡辺県議は3月22日に開かれた第22回甲状腺検査評価部会で、医師の鈴木元部会長が「どういう結果が出るか2年後のお楽しみです」と発言したことも明かし、「この発言は極めて不適切ではないか」と言葉のトーンを強めた。
同部会の議事録を見ると、鈴木部会長は「結論として被ばく線量の増加に応じて(がんの)発見率が上昇することはないのか」と聞かれた際、これから症例が増えて安定した解析になると期待しているとした上で、「まだどういう結果が出るかというのは2年後のお楽しみなんですが」と語っている。
甲状腺検査(本格検査)が2年単位で行われていることを受けての発言とみられる。
このほか、渡辺県議は「過剰診断だと県内外から厳しく指摘される中、検査継続ありきの結論を待つのではなく、県としての判断が問われている」と、県に取り組みの見直しを検討するよう求めた。
一般質問を受け、県保健福祉部の三浦爾部長は「検査は対象者の理解と同意を得て実施されることが重要」とし、「引き続き丁寧に説明し、理解の促進に努める」と回答。過剰診断に対しては具体的に言及しなかった。
また、甲状腺がんと被ばくの関連については、「部会のまとめで検査4回目までに発見されたがんと被ばくの関連は認められないが、放射線被ばくに感受性の高い、当時乳幼児だった世代への継続した見守りの必要性が示された。県民の健康を見守る観点に立って対応していく」と答えた。
【UPDATE】
記事を一部修正しました(2024年9月17日)