市民団体の「気候訴訟ジャパン」は6月12日、気候変動によって激甚化する災害などで被害を受けるのは人権侵害だとして、日本弁護士連合会(日弁連)に人権救済申立てを提出した。
申し立てを行ったのは、気候訴訟ジャパンをはじめとした365人の市民らだ。
気候変動に詳しい東京大学未来ビジョン研究センターの江守正多教授、「自然の権利訴訟」など数々の環境訴訟を手がけてきた籠橋隆明弁護士、モデルで気候アクティビストの小野りりあんさん、哲学研究者の永井玲衣さん、執筆家の四角大輔さん、文筆家の佐久間裕美子さんらが名を連ねた。
「人権救済申立て制度」では、基本的人権が侵害されるおそれがある事態について、被害者や関係者が弁護士会に対して人権救済申立てを行い、弁護士会は事実関係を調査する。調査の結果、人権侵害またはそのおそれがあると認められた場合、人権侵犯者やその監督機関に対して、勧告や警告などの措置を行う仕組みだ。
気候訴訟ジャパンの日向そよさんは、「日本では気候訴訟の原告にさえなれないのが現状です」と話した。
「日弁連は既に『気候危機は生存と人権の問題である』と宣言を出してくれています。さらに市民の声を届けて人権救済申立て制度を活用することで、調査や勧告など次の動きにつながるのではと思っています」
日弁連に求める勧告の内容は、▽政府による気候変動に対するより強固で具体的な政策の実施、▽気候変動を「命と人権の問題」として取り組む、▽気候変動による災害や熱中症等を「気候変動による人権侵害」と定義するような法の整備、▽気候変動を根拠とする人権侵害訴訟において、災害や熱中症等による被害を「気候変動による人権と認め、原告の適格を認める、などだ。
世界で広がる「気候変動=人権問題」、日本では?
世界では、「気候変動=人権問題」という認識が司法の場でも広がってきている。
2019年、環境NGOらがオランダ政府に対し温室効果ガス削減目標の引き上げを求めた裁判で、オランダ最高裁は、気候変動の影響は既に起こっており、その脅威から国民の生存権を守る義務があるとして、政府に温室効果ガス削減の強化を命じた。
直近では2024年4月、ヨーロッパ人権裁判所がスイス政府に対し、「政府の不十分な気候変動対策は人権侵害になる」とする判決を下した。
一方、日本では気候変動を理由にした訴訟において、そもそも裁判を起こす資格(原告適格)を認められないケースが多い。
例えば神戸製鋼所の石炭火力発電所の増設をめぐり、環境影響評価書の確定通知の取消を求めた裁判で、2023年3月、最高裁は原告の上告を棄却し、原告の地元住民らは敗訴した。
地元住民らは地球温暖化の原因となる二酸化炭素の大量排出を「人権侵害」として訴えたが、裁判所は「排出される大量のCO2により気候変動の進行を通じて被害を受けない利益」は「個人の利益」とまでは言えず、「現時点で国際的、国内的に議論が成熟しているとも言えない」として原告適格を認めなかった。
横須賀の石炭火力建設をめぐる裁判でも、東京高裁は「新設発電所の稼働による二酸化炭素の排出が地球温暖化に寄与するとしても、その被害の恐れを周辺住民など特定の範囲の者との関係で特に増大させるものとは認められない」などとして原告適格を認めず、住民側の訴えは退けられた。
日向さんは人権救済申立ての手続きを通じて、「気候変動は命と人権の問題、という前提をつくり、市民が気候変動に関する訴訟の原告となることが認められてほしいです。『民意がある』ことを示すことで、裁判官の勇気ある判断の助けになれば嬉しい」と語った。
気候変動の被害を受けている人は、もう既にいる
日向さんは、今回の人権救済申立てに至るまで、約3年を費やしたと言う。連名人や署名してくれた人たちに話を聞き、「気候変動の被害を受けている人はもう既にたくさんいて、被害は深刻だ」と実感したという。
「気候変動による水害で家が水没してしまったり、家族を失ってしまったりした人もいます。一次産業で働く人からは作物が育たないことや、せっかく育てても災害で流されてしまうといったような話も聞きました。『安心して子どもを育てられる未来が見えない、このままでは生きていけない未来が来る可能性が高い』。そう感じる人たちがいることを、軽く見てほしくないと思っています」
また今回の人権救済申立ての動きを通じて、「日々の暮らしの中で、『これって気候変動のせいなんだ、人権侵害なんだ』と気づくきっかけになれば嬉しいです」と語った。