韓国カルチャーの人気が広がる一方、日本では、差別感情をあおる「嫌韓本」が売られ、朝鮮植民地支配を正当化したり、その歴史を否定したりする動きが後を絶たない。
社会を取り巻く状況と、文化の盛り上がりを切り離して良いのだろうか。韓国文化への関心を、差別の撤廃へと繋げていくことはできないのだろうかーー。
そうした簡単には答えの出ない問いに向き合って生まれたのが、話題の書籍「『日韓』のモヤモヤと大学生のわたし」と、その続編「ひろがる『日韓』のモヤモヤとわたしたち」(大月書店)だ。一橋大学で朝鮮近現代史を学んできた学生たち(出版当時)が執筆した。
著者の朝倉希実加さん、李相眞さん、牛木未来さん、熊野功英さんの4人は、日本と朝鮮半島の歴史を「自分ごと」としてとらえるには、まず「人権の視点」を持つことが大事だと話す。
【目次】
- デモが「当たり前」の韓国に行って
- 植民地支配は「過去の政府がやったことで、自分には関係ない」のか?
- 「エンタメ・美容・食」だけじゃない韓国の歴史
「デモは怖い」のか? 韓国のデモに参加して
ーー「冬のソナタ」やKPOPアイドルなどの韓流ブームは2000年代にも広まりましたが、同時に歴史否定論や民族差別が拡大したり、「嫌韓本」が販売されたりするようにもなった、と本では指摘されており、「韓国文化や日韓交流だけで本当に『嫌韓』を乗り越えられるのか?」と問題提起しています。韓国文化への関心を、反差別につなげていくことはできるでしょうか?
熊野功英さん(以下、熊野):韓国文化をきっかけに日本の植民地支配の歴史や、ジェンダーや階級、民族差別などの社会問題に関心を持つ人はいますし、自分自身もそうです。しかし、今の韓国文化の社会的な盛り上がりをふまえると、ごく少数と言わざるを得ません。
まず、韓国文化への関心とは別に、「人権の視点」を持つことが大事だと思います。今の日本社会の現状として、民族やルーツを理由にした差別や、ジェンダー差別の問題がいかに深刻かをしっかり認識していれば、それを生んだ過去の問題にも目が向くと思います。
李相眞さん(以下、李):今までのように文化を楽しめなくなるのではないかと、歴史を学ぶことを避ける人もいますが、日韓関係の問題の根源である日本の植民地支配を知ることで、文化への理解が深まるという側面もあります。
韓国では社会運動、市民運動は大衆に根付いた身近なものです。日本社会では、デモは怖い・重いというイメージがあると思いますが、仲間を作ったり問題意識を共有できたりする場でもあります。そういうデモや社会活動に対する世間のイメージも変わる必要があるのではないでしょうか。
朝倉希実加さん(以下、朝倉):デモや社会活動に参加したり、歴史を学んだりすることは、今を生きる私たちがどう社会を作っていくかに繋がっています。私は韓国に留学していた時、三・一独立運動の記念式典などのデモに何度か参加しました。韓国は、家族や友人とデモに行くことが当たり前の社会で、デモの催しの一つにダンスや歌があり楽しい雰囲気で行われます。自分も楽しみながら参加でき、デモに行くのは特別ではなく、当たり前のことだという認識が日本でも広まってほしいです。
牛木未来さん(以下、牛木):社会運動というと、大層なことだというイメージがあると思うのですが、SNSで声を上げたり募金をしたりすることも、社会を良くするための行動の一つです。デモに行けなくとも、社会問題について家族・友人と話したり、SNSで自分の考えを表明したりすることで、それをきっかけに関心を持つ人もいるかもしれません。デモに対しては、「そんなことしても何も変わらない」という冷ややかな意見もありますが、反差別や反戦争に向かって何か小さなことでも行動し連帯することのほうが、よっぽど意義があると思います。
「現代人には、差別と排除の構造を解体していく責任がある」
ーー歴史は、政治や外交の問題ではなくて人権の問題だと、本でも繰り返し書かれていますね。
牛木:ゼミのメンバーで本を作る過程で、全ての歴史の問題を考える上では「人権」の視点が大事だという共通理解がありました。私はこの一年、高校で非常勤講師として日本史の授業を教えていたのですが、10代の子どもたちの中にも、歴史の問題は国同士、政府同士の外交上の問題だという認識があり、被害者の存在が欠如してしまっていることに愕然としたことがありました。
日本軍「慰安婦」問題などにおいても、被害者の人権の回復は必ず実現されなければいけません。その目的に向かって事態を前に進めるのなら、もちろん日本人と、それ以外の人々で、向き合い方、アプローチの仕方は異なりますが、「人権の回復」という目的を共有していれば、本来対立する必要はないと思います。
ーー日本の植民地支配をめぐっては、「過去の政府がやったことで自分には関係ない」「終わったことだ」という言説もありますが、本書では、「連累」という言葉で、現代を生きる私たちとの繋がりを説明しています。
熊野:自分自身も以前は「過去の政府の行いに、自分の責任はあるのか」と疑問を抱いていましたが、その時に知ったのが、オーストラリアの歴史学者テッサ・モーリス=スズキさんが提唱した「連累」でした。
連累とは、侵略や植民地支配など過去の過ちを犯した当人ではない現代人に、その直接的な責任はない、としつつ、「不正義を生んだ社会に生き、差別の構造に今も乗っかって利益を得たり、歴史の風化のプロセスには当事者として関わっていたりするため、過去とは無関係でいられない」という考え方です。現代人は加害の歴史を繰り返さないよう記憶して、差別と排除の構造を解体していく責任があるーーとモーリス=スズキさんは指摘しています。
「慰安婦」にさせられた女性たちの証言には、「二度と繰り返さないでほしい」という言葉が何度も出てきます。歴史というと、一見過去の問題に思えるけれど、その歴史を記憶し、問題を解決することができるのは、今を生きている自分たち現代人だけです。もし仮に自分たちが解決を先延ばしにしたら、また未来に同じような問題が起きるかもしれません。
朝倉:韓国で日本軍「慰安婦」問題や在日朝鮮人をめぐる問題の活動などに関わっていると、「なぜ日本人のあなたが日本の植民地支配を批判したり、朝鮮に対する差別に声をあげたりするのか」と聞かれたことがありました。「連累」は、過去の不正義が正されず、差別や偏見がある今の社会でどう生きていくかということを示してくれる考え方だと思います。
日本社会での政治との関わりにおいても、私には選挙権があるけれど日本国籍を持たない外国にルーツのある人には、選挙権がありません。だからこそ、自分自身が加害や差別に加担しないために、歴史ときちんと向き合い、問題を解決しようとしない国の態度に反対するなど、行動を起こしていかなければいけないと思っています。
韓国は「エンタメしかない国」?
ーー3月に刊行した「大学生が推す 深掘りソウルガイド」(大月書店)も、グルメや買い物などの情報とともに、観光地と関連する植民地の歴史や社会問題も、わかりやすく解説されています。
朝倉:ガイドブックを作ったきっかけは、2022年秋にゼミのメンバーで韓国で合宿を開き、「タプサ」を行ったことでした。タプサ(踏査)とは、実際に出かけて調べることをいい、韓国では大学の行事に取り入れられるなど身近なものです。
たとえば、ソウルの繁華街・明洞(ミョンドン)の観光エリアから歩いてすぐのところには、2023年9月まで「日本軍『慰安婦』記憶の場」(※)があり、日本軍「慰安婦」制度のサバイバーたちが描いた絵やモニュメントなどが飾られていました。また、Nソウルタワーのある南山(ナムサン)から少し下ったところには植民地期に日本が「同化政策」のために建てた「朝鮮神宮」の跡地があります。
タプサを通じ、観光地として人気のエリア自体が、日本の植民地支配と深く関係のある場所だと実感し、観光を楽しむことと、日本との関係や植民地支配の歴史を感じたり考えたりすること、その両方ができるガイドブックを作りたいと思いました。
※「記憶の場」・・・2023年9月、ソウル市によって「記憶の場」からモニュメントが撤去され、現在は「日本軍『慰安婦』記憶の場」という標石だけが残されている。撤去の理由は、モニュメントの設置に関わった美術家が、強制わいせつで有罪判決を受けたことだが、「記憶の場」は他の作家や市民らも参加して作ったことから、撤去措置は適切でなく、日本軍「慰安婦」問題の歴史を否定するものだとする反発も起きている。
ーー日本における韓国の一般的なイメージは、ドラマやKPOPなどの一部のエンタメや、美容・食などに偏っているように感じます。また、済州島(チェジュド)も、「リゾート地」や韓国ドラマの「聖地」として取り上げられることが多いですが、1948年に南北分断に反対し蜂起した島民らが、軍や警察に虐殺された「4・3事件」などの歴史には、あまり言及されません。
熊野:日本では韓国が「消費の対象」として思われる傾向が強いです。ガイドブックの中では、韓国に留学した後輩のゼミ生が、周りの人から「韓国はエンタメしかない国」というイメージを持たれており、「留学も遊べて楽しそうだね」というような反応が返ってきた、というエピソードも紹介しています。自分も韓国に留学していましたが、韓国が「学習の対象」として見られず、国の歴史や、それを継承し続けてきた市民活動、軍事政権下での民主化運動など学ぶことが多くあるという点が、日本ではあまり理解されていないと感じました。
ガイドブックでは、日本の植民地支配や強制動員、軍事独裁政権下であった様々な人権侵害の歴史を、二度と繰り返さないために記憶していこうとする韓国市民の姿勢を感じてもらえたら嬉しいです。
ーーガイドブックからは、歴史の記憶の継承には土地や場所が大きな役割を果たすということが伝わってきました。
熊野:そうだと思います。日本では今年はじめに、群馬県の県立公園「群馬の森」にある朝鮮人追悼碑が県の行政代執行で撤去される出来事がありました。二度と繰り返さないために歴史を記憶しようとする韓国の運動を知ることで、日本はそういう記憶の継承が蔑ろにされてはいないかと考え直すことができると思います。
李:ソウル市内には、碑やモニュメント、歴史に関する案内板や博物館などが多く、さまざまな「平和の少女像」もあります。今私たちが立っている場所に蓄積された歴史を知ることは、自分が生きている社会を学ぶことであり、歴史を自分の問題として受け止め、考えることのきっかけになると思います。
(取材・文=若田悠希)
「モヤモヤ本」とは
K-POPなどをきっかけに韓国に興味をもち、朝鮮近現代史を学び始めた一橋大学社会学部の学生たちが執筆。監修は同大学の加藤圭木教授が務めた。2021年に出版された1冊目の「『日韓』のモヤモヤと大学生のわたし」は、7刷累計1万2000部を達成し、韓国の出版社から翻訳版が刊行されるなど反響が広がっている。
※本書では「朝鮮」という用語は民族名・地域名として用いており、大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国のいずれか一方を指すものではありません。「朝鮮人」という用語は民族の総称として用いています。また、日本の植民地支配の結果として、日本に在住することになった朝鮮人ならびにその子孫を「在日朝鮮人」と呼んでいます。本記事も、それに倣い表記しています。