「新時代の『日本的経営』」が破壊したこの国『ルポ 低賃金』

「なぜ、この国では普通に働いても普通に暮らせないのか?」。帯には、そんな言葉が大きく踊る。東海林智さんが出版した『ルポ 低賃金』だ。
最低賃金の引き上げを求める人たち(2022年、東京都千代田区)
最低賃金の引き上げを求める人たち(2022年、東京都千代田区)
時事通信社

「なぜ、この国では普通に働いても普通に暮らせないのか?」

その本の帯には、そんな言葉が大きく踊る。その横には、こんな文章。

「非正規労働者、漂流を余儀なくされる若者たち。非正規公務員や農業者、個人請負の宅配ドライバー……。労働の現場から実態に迫り、非正規労働を急増させた財界の戦略を検証する」

この本は、東海林智さんが4月に出版した『ルポ 低賃金』(地平社)。

毎日新聞記者である東海林さんとはこの20年近く、貧困の現場で顔を合わせてきた。

2008年〜09年にかけての年越し派遣村(東海林さんは実行委員)、07年頃からの「自由と生存のメーデー」、エキタスなどのデモ、そして最近ではコロナ禍で開催された「コロナ被害相談村」でも一緒だったし、今年の元日には反貧困ネットワークの事務所で開催された相談会にも来てくれた。

そんな現場にいながらも「取材している」ふうはなく、なんか下働き的なことをしたり、そうかと思えば当事者の相談に乗ったり誰かと話し込んだりと自然と現場に溶け込んでいる。記者というより活動家、というか支援者。というか、名状しがたい人。だけど気がつけば何も取材していないように見えた現場のことをものすごく精密な記事にしている人。

その東海林さんが「低賃金」をキーワードに、この国で働く人々を追った1冊が『ルポ 低賃金』だ。

本書に通底しているのは「怒り」なのだが、その怒りが向かう先は明確だ。そのひとつが1995年に出された「新時代の『日本的経営』」。東海林さんはこれが日本に非正規・低賃金が蔓延した起点と指摘する。

私も貧困問題に取り組み始めてから「新時代の『日本的経営』」に恨みを募らせてきた1人。さて、それではそんな「新時代の『日本的経営』」とは何なのか? 以下、序章からの引用だ。

〈日本を賃金の安い国にした根源をたどると、1995年、当時の日経連(日本経営者団体連盟。2002年に経団連と統合し、現代の日本経団連に改組)が提起した「新時代の『日本的経営』——挑戦すべき方向とその具体策」(5月17日)という文書に行き着く。

終身雇用とも言われた日本の安定した雇用スタイルを大胆に見直すとした提言だ。その中身は、雇用のあり方を3つに分け、「長期蓄積能力活用型(正社員)」▷「高度専門能力活用型(専門社員)」▷「雇用柔軟型(非正規)」とし、このいずれかの枠に労働者を配置する、というものだ。

いわば、三角形の頂点に位置する狭い領域が正社員、その下にやや広い専門社員、そして最も面積の大きい部分に非正規社員が当てはめられるような形だ。つまり、正社員は会社の経営や管理を担うごく一部に限り、専門性がある労働者は比較的安定した形で使う。そして、最も多い非正規の労働者は、その説明の言葉にある通り、流動的な雇用とするとした。

「柔軟型」とは、企業の側がその雇用に責任を負わず、好きな時に好きなように使える、ということにほかならない。この考え方のエンジンは、新自由主義──企業利益の最大化をめざし、市場原理を最優先し、「規制緩和」の名のもと政府による市場への介入を配する思想──にほかならない。〉

この提言をきっかけに雇用の非正規化・不安定化はすごい勢いで広まっていく。29年前の提言なので、ちょうど「失われた30年」と丸かぶりということになる。これが日本の雇用を破壊した元凶と指摘する人は少なくないのだが、もはや非正規が当たり前になった時代を生きる若い世代にはピンとこないかもしれない。 

が、例えばこの提言がなされる5年前、90年の非正規雇用率は2割程度で今の半分ほど。その多くが「自分で家計を担う人」ではなかった。例えば父親が大黒柱の学生とか、夫がバリバリ稼いでいる主婦とか。この国で貧困が広まったのは、自らが家計を支える人にまで非正規雇用が広まったことが主な原因と言っていいだろう。

さて、私は06年から貧困問題をメインテーマとして活動しているが、この18年間見せつけられているのは、「派遣法」と「新時代の『日本的経営』」の破壊力の凄まじさと言っていい。

リーマンショック後に派遣切りの嵐が吹き荒れた時、そしてコロナ禍、非正規の人たちがあっという間にホームレス化するのを見せつけられる過程で、どれほどこのふたつが日本社会を脆弱にしたかを突きつけられてきた。

しかし、現政権は少子化の主要因でもあるこの根本原因を一切正す気はないようで、小手先ばかりの対策に終始してきた。

そんな状況を忸怩たる思いで見つめてきた東海林さんが綴る本書では、まずコロナ禍の貧困が取り上げられる。

最初の章に登場するのは、特殊詐欺の「受け子」をした容疑で逮捕された21歳の女性。コロナ禍により、派遣の仕事がまったくなくなったことが闇バイトに手を染めるきっかけだったという。

コロナ禍は「夜の街」にも大打撃を与えた。

客が激減した風俗店で働く女性も「受け子」の仕事を始めるまでに追い詰められた。専門学校中退後にバイトや派遣の仕事を始めるものの、全力で働いても暮らしは安定しない。遂には家賃を払えず、キャリーケースひとつでアパートを追い出されてネットカフェ生活に。そこで出会った「行き場を失った女子」に紹介されて始めたのが風俗の仕事だった。が、そんな日々を直撃したのがコロナ禍。闇バイトに行くまではあっという間だった。

一方、コロナ禍はシングルマザーも追い詰めた。

本書には、ショッピングセンターのフードコートで「この世で最後の食事」と決めて、小学生の娘と天丼セットを食べた女性が登場する。しかし、なんとか親子はギリギリ「この世」にとどまった。コロナ禍では女性の自殺が激増したが、その背景が痛いほどに伝わってくる。

一方、コロナ禍では宅配業者などが「エッセンシャルワーカー」として注目を浴びたが、その待遇は劣悪だ。本書にはアマゾン宅配業者やウーバーイーツで働く人の厳しい実態が描かれる。自営業者、個人請負ということで、怪我や事故に対する補償はなし。しかし、その管理された働き方を知れば知るほど「偽装フリーランス」という言葉が浮かぶ。

他にも非正規公務員の厳しい状況などが描かれるが、第6章の「61年ぶりのストライキ」にはワクワクした。言わずと知れた、23年夏の「そごう・西武」のストライキである。

読めば読むほど厳しい現実に打ちのめされそうになる。が、このストライキのように、至るところに希望はある。本書には、労働組合を結成して闘う人たちも多く登場する。

本書の最終章は東海林さんと私の対談となっている。

約20年にわたる「積もる話」からコロナ禍の最中、また「収束」後の状況、はたまた謎のアジア連帯まで話題は多岐にわたる。

ぜひ、手にとってみて、自らの状況と照らし合わせてほしい。

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