介護で退職、若手の転職...。「休めなかった」福島の自治体が「前例踏襲」を壊して見えたもの

福島県会津若松市で働き方改革が行われています。若手職員からも期待の声が上がっている取り組みについて、現地で取材しました。

福島県の西部に位置し、磐梯山や猪苗代湖など豊かな自然に囲まれる会津若松市。「米どころ」「水どころ」として知られており、会津の奥座敷・東山温泉には国内外から大勢の観光客が訪れる。

中心部には市民の心の拠り所である「鶴ヶ城」が悠然とそびえ立ち、戊辰戦争や新撰組、白虎隊に代表される歴史深い街でもある。

そんな福島を代表する市で、今ある変化が起きている。

少子高齢化による人材不足が地方自治体で慢性化する中、会津若松市役所でも職員の転職や介護による退職が目立つようになってきたのだ。

業務の多様化で職員1人にかかる負担は増加。あちこちから「とにかく人が足りない」という声が漏れ聞こえている。

市はこの状況を「喫緊の課題」として受け止め、2021年度から本格的な働き方改革に乗り出した。ハフポスト日本版は現地を訪問し、その一部始終を取材した。

会津若松駅
会津若松駅
Keita Aimoto

一歩踏み出さなければ何も始まらない

「マニュアルや引き継ぎ書がなく、仕事の属人化が課題だった」「お互いに意見を言い合えるようになり、『心理的安全性』が高まったのを実感している」

会津若松市中心部にある生涯学習総合センターで3月25日、「働き方改革モデル職場最終報告会」が行われた。

同市の教育総務課あいづっこ育成推進室、環境生活課環境グループ・住民自治グループ、上下水道局総務課総務グループ、地域福祉課地域福祉グループ、健康福祉部管理職の計6職場が「モデル職場」として出席。

仕事の属人化の解消やコミュニケーションの促進など、半年以上取り組んできた働き方改革の成果をそれぞれの代表者が発表した。

報告会は約3時間に及び、それぞれの発表終了後には幹部職員らが「職場の雰囲気は変わったか」「マニュアルを作るメリットは」と、積極的に質問を投げかけた。

室井照平市長も最前列でメモをとりながら発表を聞き、報告会の終盤に「まさにトライ&エラー。一歩踏み出さなければ何も始まらない。仕事のあり方を変える努力を重ね、幹部職員も前例にとらわれず、多角的な視点を持って改革していこう」と力強く呼びかけた。

親の介護で退職する幹部職員

全国の自治体では、住民ニーズの多様化で業務が増加・複雑化している。

特にコロナ禍では、通常の業務に加え、ワクチン接種や給付金の支給などの業務も重なり、一部の職員らは過労死ラインを超えながら働き続けた。このほか、子育てや防災など、国の方針によって急遽対応しなければならない業務も多々ある。

一方で、少子高齢化が進んでいることから職員の人材確保が困難になっている。

会津若松市の人口も、2020年の11万7376人から40年は8万2981人に減少すると予測されているが、近年は新卒1年目で転職したり、親の介護で幹部職員が退職したりするケースもある。

ある同市職員は、「民間だけでなく、別の自治体に転職する職員も多く、まさに『地方自治体同士で人を取り合っている』ような状況だ。介護で退職する職員も毎年1人は必ずいる」と取材に明かす。

団塊の世代が75歳を超える25年以降は親の介護をしながら仕事をする職員も増えるため、長時間労働や仕事の属人化を解消する働き方改革は急務だ。

このような経緯から、市はコンサルティング会社「ワーク・ライフバランス」(東京)に協力を仰ぎ、2021年度から働き方を見直すことに本腰を入れてきた

働き方改革の音頭をとってきた人事課担当者は、次のように話した。

「周囲に声をかけられないほど職員らは目の前の仕事に追われていた。お金の計算や郵便の送付先を間違えるなどの事務ミスも起きるようになり、すぐ改革に乗り出さなければ手遅れになると思った」

鶴ヶ城
鶴ヶ城
Keita Aimoto

「休めない」職場だった

では、会津若松市は具体的にどのような働き方改革に取り組んできたのか。

働き方を見直してきた2023年度のモデル職場のうち、「教育総務課あいづっこ育成推進室」と「環境生活課住民自治グループ」の事例を紹介する。

教育総務課あいづっこ育成推進室は、市役所の中では「休めない」職場だった。

有給休暇の平均取得日数(2022年度)は、市職員全体が年17日であるのに対し、同室は11日。1人当たりの残業の平均時間(同)も、教育総務課全体が年102.5時間であるのに対し、同室は170.1時間と約1.6倍だった。

シンプルに休むためにはどうすればいいのか。「カエル(変える)会議」で話し合った結果、朝にミーティングを開いたり、メールでやり取りしたりするようにした。

それぞれの職員が抱える仕事が「見える」ようになれば、特定の職員に業務が偏るのを防ぐことができる。相乗効果で会話も増え、気軽に相談できる環境になった。

また、関係団体との付き合い方にも“メス”を入れた。

同室は、子ども会を統括する協議会や補導員会などの団体との付き合いが多く、それに関連する業務の負担も大きかった。

例えば、団体が活動で使う文書の作成を請け負っていたほか、飲み会の調整まで行い、職員が参加することもあった。

団体メンバーへの文書はデータ通信が苦手な人に配慮し、電子メールではなく、紙を1枚ずつ刷り出して封筒に入れ、郵送していた。

そして、このような業務は、全体(年約2000時間)の3割に当たる年約600時間に上ることが分かったという。ある職員は「本来はやらなくてもいいものを『前例踏襲』ということだけでやっており、コスト(人件費)的にも問題があった」と話した。

団体の自立を促すという意味でも仕事を徐々に移行するようにした結果、今では一部の団体が自らの活動に関する文書を作成するようになり、郵便物を電子化することにも着手した。

職員の時間外勤務が少しずつ解消され、飲み会の参加や陣中見舞いも減っている。なお、飲み会に参加せずとも、団体とのコミュニケーションは通常の業務内で十分取れているという。

同室の若手職員は、「職場内だけで解決できる問題でもなかったため、最初は『どうせ変わらないだろう』と思っていたが、良い方向に向かっている実感がある。何より意外だったのは、上司が会議で若手の意見を吸い上げてくれること。従来の当たり前を変えようという気持ちが生まれ、積極的に発言している」と手応えを口にした。

幹部職員も、「役所の仕事は基本的に前例踏襲と属人化。しかし、変化を起こさなければ採用難・離職はますます進む。まずは無数にある業務の中から『市の職員がやるべき仕事』を確実にやっていける環境を整備したい」と語った。

「それが市役所のやり方」に疑問を持った

環境生活課住民自治グループは、若手2人、中堅1人、30年以上のベテラン3人の計6人で業務に当たっている。

主な仕事は、市民からの問い合わせ対応だ。しかし、なかには大声を出したり、身の上話を長時間したりする人もおり、仕事が滞ることがあった。

ある若手職員は、「来庁者から大声で理不尽なことを言われたり、世間話を1時間以上されたりすることもある。理不尽なことを言われた時は精神的にもきつかったが、みんな忙しいので相談できる雰囲気もなかった」と打ち明ける。

そこで同グループは、来庁者への対応で困ったことが発生した際に使えるマニュアルを作成した。

対応した職員や消費生活センターの相談員から「SOS」が出た場合、ヘルプに加わる職員の優先順位をあらかじめ決めた。さらに、相談が一定時間で終わらなければ、別の職員が声をかけるようにした。対応の内容をミーティングで共有し、次回に備えるようにもした。

1人で対応するのではなく、グループ全員で対応するという意識が芽生えたことで、職員らの精神的な負担も軽減されていった。

また、電話対応の際、取り次ぎ先が分からないとの若手職員の声から「とりつぎスムーズ君」という記録簿を作成。グループ員それぞれが「相談内容の具体的な事例」「対応方法」「取り次ぎ先の課」などの情報を記録することで、とりつぎスムーズ君を見れば経験の浅い職員でも“スムーズ”に問い合わせ対応できるようになった。

実際、理不尽なクレームを含む「お客様対応時間」は月ごとに減っていき、2023年7月の93.4時間から同年10月は69.0時間と大幅に減少。24年1月には50時間を切った。

若手職員は、「疑問があっても『それが役所のやり方だから』と言われ、ストレスが溜まっていた。働き方改革をきっかけに、自分の意見を誰にでも安心して伝えられる『心理的安全性』が高まり、会議以外の場でも明るく意見交換できるようになった」と喜んだ。

幹部職員も、「これまでは各々が仕事に追われ、部下が来庁者対応で傷ついていても十分声をかけられなかった。今は心の余裕ができたからか、職場の雰囲気もよく、みんなで仕事をしようという感覚が生まれている」と話した。

会津若松市で開かれた働き方改革に関する最終報告会
会津若松市で開かれた働き方改革に関する最終報告会
Keita Aimoto

幹部職員が「タスクフォース」

会津若松市では、21〜23年度の3年間で計12のモデル職場が働き方改革をおこなった。

当初は「そこまで予算をかける必要があるのか」という意見もあったが、人事課が「市民のためにかけられる時間を増やすため」と粘り強く説明。

農家に事前のアポイントをお願いするようにしたことで、窓口対応する職員の残業時間が38%減少した農政課の事例など、21年度のモデル職場が結果を出したことも改革機運が高まる要因となった。

今では、特に若手職員から「働き方改革が始まって嬉しかった」「職場に会話が戻りつつある」と期待の声が上がっているという。

人事課担当者は、「そもそも『決められた時間で効率よく仕事をする』という意識の醸成がされていなかった。新型コロナ対応など法律に基づく業務を変えることはできないが、そのほかの『そういうもんだから』と思考停止した状態でやってきた業務に目を向けると、改善できることは山ほどあった」と語った。

また、「マニュアルの作成など基本的なこともしないまま、『人手がほしい』と言っていたが、今の人数でどう改革していくかという視点を職員が持つようになった。幹部が若手・中堅の意見を吸い上げてくれるようになったことも大きい」と述べた。

市の働き方改革はこれで終わりではない。幹部職員で構成する「働き方改革課題解決特別タスクフォース」を立ち上げ、モデル職場で出た課題をピックアップし、有効な解決策を全庁に広めていく。

室井市長は、「『働き方改革は少子化を食い止めることにもつながる』と聞いたことも大きかった。心理的安全性が高まれば魅力ある職場作りにつながっていくと信じている」と取材に話した。

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次の記事では、室井照平市長のインタビューを掲載します。

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