これは、ある宗教二世が残した遺書からできた物語ーー。
親からの宗教活動の強制や教義を理由にした体罰を受けた300人以上の宗教二世らの証言を基に、「宗教虐待」の実態をリアルに映し出した映画『ゆるし』が関心を集めている。
監督は漫画編集者でもある23歳の平田うららさん。学生時代、就職活動をきっかけに新興宗教に入信した過去を持つ。映画構想の背景にあったのは、教団で親しくしていた同世代の二世の自死だった。
映画制作発表からさまざまな誹謗中傷や嫌がらせを受けながらも、多くの宗教二世や支援者の協力を得て、今年3月の劇場公開にたどり着いた。平田さんに、宗教二世の苦悩を映画を通して伝えようと思った理由などを聞いた。
「鳥肌が立つほどの怒り」ある信者の一言で映画制作を決意
映画は、母親が架空の新興宗教にのめり込んでいる、宗教二世の女子高生「すず」が主人公。監督である平田さん自らが演じた。
厳しい宗教教育を受けてきたすずは、「競争禁止」という教義を理由にマラソン大会への参加を禁じられ、クラスで孤立してしまう。クラスメイトからは「カルト」と呼ばれ、壮絶ないじめに遭う。
唯一できた友人から物をもらうと、母親からは教義に反するとして激しい体罰を受ける。いじめが悪化して、そこに、ある悲劇も追いうちをかけ、すずは心と体に深い傷を追う。母親はそんな娘の姿に「サタンに取り憑かれた」と取り乱してしまうーー。
平田さんは立教大2年生だった2020年、就職活動で知り合った女性にとある宗教に誘われ、入信した。信者の集会で出会ったのが、1歳下の宗教二世の女性だった。
平田さん自身は家族の支えもあり、約11カ月で脱会。元の生活を取り戻しつつあった頃、その友人が自死したとの噂を耳にした。そして、ある信者から遺書の存在を知らされた。
「親に、神様ではなくて、私を見てほしかった。ただ、愛されたかった」
遺書には、親からの歪んだ愛情による苦しみが記されていた、と聞いた。
「私が脱会したことでその子の心の拠り所が無くなってしまったのでは。彼女の苦しみにどうして気づけなかったのか」
平田さんは後悔の念に苛まれるとともに、信者が口にした一言に、鳥肌がたつほどの怒りを覚えたという。
「それはあの子の解釈だから」
彼女の思いは、私が伝えないと隠されてしまう。大学で映像制作などを学んでいた平田さんは、この信者の一言をきっかけに、映画を制作することを決意した。
「宗教二世は生まれた瞬間に、教団に親を奪われ、自由を奪われ、青春を奪われてしまう。宗教虐待はその子の尊厳も奪うものですし、人生そのものを奪っているに等しいものです。
そんな苦しみに耐えられず、彼女は自死を選んでしまったのに『あの子の解釈だから』と突き放すことに、どうしようもない怒りを覚えました。
宗教虐待を受けている子どもたちが、自分の人生を取り戻すには、社会的な支援や理解が必要です。だからこそ、宗教二世の方々の実態を広めなければいけないと思いました」
300人以上への取材で気づいた「宗教二世が本当に苦しんでいる」こととは
友人の自死から約1ヶ月後の2021年10月、平田さんはSNSなどを通じて知り合った複数の教団の宗教二世らに取材を始めた。
そして22年7月、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の二世による安倍晋三元首相銃撃事件が起きた。「私の思いを聞いてほしい」という当事者からの連絡が急増し、最終的に取材の輪は300人以上に広がっていった。
取材を進めるなかで、平田さんは「宗教二世が本当に苦しんでいるのは、親への捨てきれない愛であり、社会的に孤立して、人生を奪われることだ」と感じたという。
「取材中に何度も『親を恨めたらどれだけ楽か』という言葉を聞きましたが、親は神様を見ているのに、子どもは親に愛を求めてしまう。だからこそ、自分を真っ直ぐに見てもらえないことに苦しんでいました。また、宗教上の理由で体育祭や部活動に参加できず、大学の進路を奪われる方々もいます。
『サタンの子とは仲良くしてはいけない』と言われ、教団の中で生きてきたのに、脱会したら手のひらを返されて、家族や友人と縁を切られて孤立してしまう。失った青春や人生を取り戻すこともできない。でも、親への捨てきれぬ愛があるから恨みきれない。そんな葛藤を抱えながら生きているのが宗教二世なのだと気づきました」
劇中でも、母親は娘への愛より信仰を優先してしまう。娘に向き合わず「神」だけを見つめる母と、ありのままの自分を愛してもらえず、苦しむすずの姿は、宗教二世の葛藤をリアルに映し出している。母親にナイフを向けられるシーンや、宗教を理由にした性的暴行を思わせる描写など、劇中に出てくる多くのエピソードは取材で得た体験談を基にしているという。
「宗教虐待を親子の問題にしても、根本的な解決にはつながらない」
また、映画内には単純な「悪」という存在はひとりも現れない。すずを苦しめる母親にも、新興宗教に洗脳されるに至った心の傷があり、その原因となった祖母もまた、苦悩する。
平田さんは「私自身は宗教一世としての経験があるからこそ、二世の苦しみとともに、一世である母親の『地獄』も描きたかった」と話す。
「宗教二世の視点だけで描いた方がわかりやすいし、一般には伝わりやすい作品になると思います。ただ、宗教虐待を親子の問題にして、親を『悪』と否定する限り、根本的な解決には繋がらないと考えたんです。
親にもそれぞれ入信するに至る背景があり、その苦悩につけ込む教団の手口も知ってもらいたい。宗教によるいじめを放置してしまう学校の問題や社会の無理解など、複合的・多角的に描くことで、宗教二世の苦しみをよりリアルに伝えることを軸としました」
映画ではセンシティブな問題に切り込んだこともあり、制作段階から平田さんや出演者に対する誹謗中傷や、関係各所への嫌がらせなども多発したという。
そんな逆風を受けながらも、多くの支援者の「だからこそ世の中にこの問題を伝える必要がある」との思いを受け、3月22日にアップリンク吉祥寺での公開に至った。今後は名古屋、京都での劇場公開も予定している。
「宗教二世の方からは『あまりにもリアルだから国会で流すべきだ』『まさにこの主人公の人生は、私そのものだった』などたくさんの反響をいただいています。これから映画館だけでなく、教育現場などにも公開の場を広げて、宗教虐待の実態を伝えていきたいと思っています。
宗教虐待が無くなることは難しいかもしれません。でも、宗教二世の抑圧的な苦しみを知ってもらい、なぜ宗教虐待が起きてしまうのかを考えてもらいたいと思っています」
後編では、当時大学2年生だった平田さんが新興宗教に入信した背景や、洗脳から抜け出した理由を振り返る。