水原元通訳はなぜ、大谷選手の口座にアクセスできてしまう立場だったのか「選手は誰かを信用しないといけない」と元MLB通訳

検察当局の発表では、大谷選手から口座の管理を任されておらず、アクセス権限もなかったはずの水原元通訳。ただ口座開設に立ち会い、そうした情報に近い立場にはあった。

違法賭博の借金返済のため、大谷翔平選手の口座から1600万ドル(約24億5000万円)以上を不正に送金したとして、検察当局は4月11日、銀行詐欺容疑で水谷一平氏元通訳を訴追した

ニューヨークタイムズ紙は、水原元通訳が大谷選手の口座にアクセスできた証拠を捜査当局がつかんだと伝えている

選手に同行する専属通訳とはいえ、水原元通訳なぜ大谷選手の口座にアクセスできてしまう立場だったのか。

ハフポスト日本版は訴追の前、シカゴ・ホワイトソックス時代の井口資仁選手の通訳を務めたライアン・マグワイア氏に、日本選手のMLB通訳の仕事や役割、選手との関係性について聞いた。取材内容や、これまでに明らかになっている情報・報道をもとに、この事件や問題が起きた背景や経緯を考える。

MLB通訳の役割は?

マグワイア氏は2005年と06年の2シーズン、シカゴ・ホワイトソックスに在籍した井口資仁さんの通訳を務めた。

主な通訳業務は記者会見やメディア対応。監督・コーチが井口さんと会話する際のサポートもしていた。ただ、通訳が必要な場合に備えて、待機することも多かったという。

シーズン中のホームゲームを例に挙げてこう説明する。

「井口さんが着く30分前に私が球場入りします。(日本メディアの)番記者が来るのですが、日本語のやりとりだったので通訳の必要もありません。コーチらが話したい場合はたまに呼ばれて通訳をしていましたが、基本的にジェスチャーを交えて本人同士で話せます。何かがあった時にヘルプはしてましたが、待機が多かったです」

そのため、コミュニケーション面だけでなく、練習のサポート役なども担っていた。

「試合中は何かがあった時に対応する準備を常にしていましたが、基本的に記者会見がなければ、(主に)井口さんの練習の手伝いやキャッチボール相手などをしていました」

遠征先などでは、日常的に食事に行っていたという。

MLBのシーズンは例年、3・4月ごろにスタートし、9・10月ごろまで続く。シーズン1カ月前ごろにキャンプが始まるほか、シーズン成績が好調でポストシーズンやワールドシリーズに進めば、その分の試合数やシーズンも伸びる。井口さんの入団初年度の2005年シーズン、ホワイトソックスはワールドシリーズに進出し、優勝を果たした。

シーズン中、選手と通訳は「基本的にずっと一緒にいます」とマグワイア氏は説明する。

試合のない日はマグワイア氏も休みだったが、そもそもMLBは160を超える試合があり、シーズン中の休みがほとんどない。週1日程度の休みも、移動日となることが多く、選手と通訳は長い期間や時間を一緒に過ごす関係・状態という。

ホワイトソックス時代の井口さん(右)
ホワイトソックス時代の井口さん(右)
時事通信社

「通訳というよりヘルプやアシスタント役」

私たちが思い浮かべる水原元通訳は、大谷選手の横で、メディア対応やコミュニケーションをサポートしていた「通訳」の姿だ。だがそれは、MLB通訳が担う役割のほんの一部で、野球や球場内外の様々な場面で選手のサポートをしているようだ。

水原元通訳は2023年6月の米The Athleticインタービューで、日本選手のMLB通訳の役割について「話すことは仕事全体の10%ほどでしかない」と語っていた。

マグワイア氏も「通訳するのは記者会見ぐらいで、そんなにない」と説明。むしろ「通訳というかヘルプやアシスタントみたいな役割」だという。

ただし、「選手の通訳」以外でどんな役割を担うかは、その選手ごとの判断や、両者の関係性によるところが大きい。

マグワイア氏が自身の例を挙げる。

「車のリース契約の細かい話で、通訳というより井口さんの希望などを伝えて、間に入る役をしました。あとは(井口さんの)家族のヘルプとして、資料を読んで翻訳もしました」

「アメリカは言語だけじゃなくて、文化も訳さないといけない。例えば車のリースは金額を決めて契約するだけなく、交渉が激しい。英語が不得意だと騙されてしまうこともあるので、(事情が分かる)誰かにやってもらった方が安心ということもあります」

ホワイトソックス時代の井口さん
ホワイトソックス時代の井口さん
時事通信社

選手の金銭管理にどこまで関わるのか

ニューヨークタイムズによると、水原氏は大谷選手の口座にアクセスできる状態だったとみられている。

MLBの通訳は、選手の金銭管理などにどこまで関わるものなのか。

マグワイア氏は「選手次第」と断った上で、井口さんの場合は、金銭管理などは任されていなかったという。

一方で「現金を渡されて買い物に行くことは多かった」と話す。

「『買い物に行ってきて』というぐらいの小さい額のお金だったら、当時は現金(での支払い)が多かった。今のアメリカならカードや別の支払い方になると思います」

「インターネットバンキングが今ほど簡単ではなかったし、やること一つ一つがネット上ではなく、どこかに行って物を買うことがほとんどでした」

検察当局の4月11日の発表によると、水原元通訳は2018年、渡米直後の大谷選手の銀行口座の開設に立ち会ったという。

検察当局は発表で「水原氏は、英語が話せなかった大谷選手の銀行口座開設をアシストし、口座情報をセットアップする際に通訳・翻訳するため、アリゾナ州の銀行支店に同行した」と伝えている。

また宣誓供述書の情報として、この口座が、大谷選手のメジャーリーガーとしての給与口座だとも説明。大谷選手が、その他の金融口座も含めて、水原氏には一切管理させていなかったと伝えている。

州検察当局の発表では、大谷選手から口座の管理を任されておらず、アクセス権限もなかったはずの水原元通訳。ただ口座開設に立ち会ったことを考えると、少なくとも口座の存在や支店を知り、そうした情報に近い立場にあったと言える。

マグワイア氏は、選手と通訳の関係性について「野球選手の通訳は信頼される。(選手は通訳を)信頼しないと生活面をやってもらえる人がいなくなる。だからある程度の信頼を誰かにしないといけない。通訳が一番仲が良いし、毎日一緒にいるから一番信用しやすい」と語る。

こうした信頼関係が、井口さんのワールドシリーズ制覇といった選手の功績やパフォーマンスへの寄与や下支えにもなり、マグワイア氏は「素晴らしい経験だった」とMLB通訳時代を振り返っている。

水原元通訳は、事件を捜査し検察当局に「事実上のマネジャー」と指摘されるほど、「通訳」を超えた役割を担っていた。このことが、大谷選手との信頼関係を築いていた証ともとれる。

「大谷選手から信頼された特別な立場を悪用した」

検察当局は、訴追時の会見でそう批判した。

取材に応じるライアン・マグワイア氏
取材に応じるライアン・マグワイア氏
Rio Hamada / Huffpost Japan

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