4月、18歳でこれまで育った場所を離れ、経済的にも自立して生きていかなければならない子どもたちがいるのを知っているだろうか。
生みの親から離れて里親や児童養護施設などで育った子どもたちの多くは、18歳になると自立しなければならない。経済的にも精神的にも気軽に頼れる大人が少ない場合が多く、たくさんの困難が伴うという。
そんな社会的養護下にいる子どもたちが、現在日本には4万2000人もいる。資生堂は「公益財団法人資生堂子ども財団」を通して、社会的養護下にいる子どもと、その子どもを育てる人々を中心に50年以上支援を続けてきた。
なぜ資生堂子ども財団は50年以上も続けてこられたのか。今、日本社会の「歪み」によって子どもたちに起きている現実とは。
孤独の中での子育て、「我を忘れる瞬間」は誰にでもある
こども家庭庁によると、日本で社会的養護下に置かれる子どもたちのうち、約8割が児童養護施設などの施設養護、約2割が里親などの家庭養護の下で生活している。
親と離れて暮らす理由はさまざまあるが、45.2%と約半数が「虐待」によるものだ。資生堂子ども財団事務局長の塩見朋子さんは、子どもの育ちを困難にする「社会の歪み」は時代とともに変化してきたという。
「終戦直後の混乱期には、国民の生活が窮乏し、戦災で親と家をなくした子どもたちが増加。当時の緊急の課題は、戦災孤児や浮浪児の保護とされていました。資生堂子ども財団が設立された1970年代では、高度経済成長期を経て国⺠の⽣活が豊かになっていくと同時に、福祉的な支援が必要な人たちに、社会が目を向けるようになりました」
その後、徐々に虐待や育児放棄が徐々に表面化し、2000年以降、児童虐待防止法の制定や児童福祉法の改正などが相次いだ。
「近年では核家族化が進み、近隣との関係性も希薄になってきている中で、今までだったらもうちょっと早い段階で気づくような問題でも、深刻化しないと分からなくなってきているなどの変化が見られます」
親から子どもへの虐待などについて、「対岸の火事」だと感じる人もいるかもしれない。しかし塩見さんは「決して他人事ではないと思うんです」と言う。
「孤立した中で育児に忙殺されていると、つい我を失うような瞬間って誰しもが経験することだと思うんです。そういった時に、『あなただけじゃないんだよ』『相談できるところがあるんだよ』と知ってもらうことも大切だと考えています」
「全て解決できるわけではないけれど」ジレンマの中で取り組み続けてきた
社会的養護下で暮らす子どもたちに立ちはだかる困難は多岐に渡る。「そのうちの一つが18歳で自立する際の経済的な困難です」と説明するのは、資生堂子ども財団で広報を務める脇真理さんだ。
「たまに『自立ってそんなに大袈裟にとらえなくてもいいんじゃないの?』と言われることもあるのですが、いわゆる一般の家庭での『自立』とは違うところも多いんです」
社会的養護下から自立する子どもの多くは、家賃、光熱費、食費、貯金などまで自分1人で賄わなければならない。さらに気軽に相談したり頼ったりできる先が少ない子どもも一定数いること考えると、「状況は厳しいです」と脇さん。
また、大学など高等教育を受ける難しさも大きな課題の一つだという。
全体を見ると、全高卒者のうち77.1%が大学や短大、専門学校などの高等教育に進学する。一方、児童養護施設で暮らす子どもたちのうち、高等教育に進学するのは38.6%で、53.8%が就職しているのが現状だ。里親の場合でも60.6%が進学、29.4%が就職と、全体の平均より低い。
「国の授業料等減免制度などもありますが、高等教育進学には、その他にも多くの費用がかかります。実際に大学に通うある奨学生の話を聞くと、教科書代もばかにならないし、授業が一限から五限まであって、資格取得の勉強もして生活のためアルバイトの夜勤に入っているような日常を送っているそうです。『精神的にも体力的に本当に厳しいです』という声もありました」
そうした状況を受け、資生堂子ども財団では奨学金制度を実施している。
奨学金については、年間50万円を、これまで合計88人の奨学生に給付してきた。奨学金を担当する京奈都子さんは、「高等教育進学を希望する学生は増加傾向にあり、資生堂子ども財団だけの力で、すべての学生の希望を叶えるのが難しいことを痛感しています」とジレンマを語った。
「弊財団だけでは難しいからこそ、他の同じような志で取り組んでいる団体と共同し、いかに全体としていい成果をあげていけるかが重要だと思っています」
その他にも、自立生活に必要な社会的知識を専門家から学ぶ機会の提供として、自立支援セミナーを実施しており、他の企業との連携を広げているという。3月に行われた「社会への巣立ちフェスティバル」では、スーツ専門店のAOKIやエバラ食品工業なども協力し、社会で生きていくための基礎知識を伝えた。
AOKIはスーツをプレゼントし、スーツの着こなしから冠婚葬祭の服装などの基礎知識を伝えた。資生堂ジャパンは化粧品をプレゼントし、メイクやスキンケアの基礎から表情や身だしなみが相手にどのような印象を与えるかなどについて講習した。
「社会に出る時にメイクをしなければいけないということではありませんが、健やかな肌を保つためにスキンケアの知識や、相手に与える印象についての基礎知識を知っておくことも大切だと考えてお伝えしています」(塩見さん)
他にもエバラ食品工業が簡単に作れて美味しく栄養が取れるレンジレシピを紹介したり、お金の基礎知識を動画で学んだりした。
自立支援事業を担当する白岩哲明さんは、参加した子どもたちから「自立に役立つ情報がたくさん聞けてよかったといった声が多く寄せられました」と話す。
「やはり4月から社会的養護下から離れて自立することに不安がいっぱいある中で、実際に役立つ情報をお伝えできてよかったと思っています。また、『セミナーに参加した子同士で交流できたのがよかった』という声も予想以上に寄せられました」
なぜ50年以上の間、資生堂子ども財団が支援を続けてこれたのか
資生堂子ども財団では、子どもへの直接的な支援の他にも、創設当初から社会的養護下の子どもたちを育てる人への支援を行ってきた。
児童福祉の先行事例を学ぶ海外研修には、この50年で48回、合計722人が参加した。「児童福祉分野の人材の底上げにつながっているのではないかと思います」と白岩さんはいう。
海外で学んだことは、実際に研修に参加した人からこども家庭庁や、児童福祉施設の各種協議会に報告している。
「この報告会が、現場からの『もっとこう変えていきたい』という思いやアイデアを政府等に伝えるいい機会にもなっていると思います」
資生堂子ども財団が活動を続けて50年を超えた。その間には、財団を取り巻くさまざまな環境や状況の変化があったという。寄付も募っているが、寄付がいつも当然のようにあるわけでもない。そんな中、なぜ続けて来られたのか。
塩見さんは、「こういった活動は一過性ではなく、始めた責任と続ける責任があると思います。ビジネス視点だけではなく、資生堂子ども財団だからできることを、常に説明できるようにと考えてきました」と語る。
例えば株主優待や社員の給料の一部を寄付する「カメリアファンド」を通じて寄付を集めるなど、資生堂のステークホルダーと協力する仕組みも導入していると説明する。
「財団として独立性は担保しつつ、資生堂の名前を冠した財団として、その影響力もしっかりと活用していきたいです。社会全体で、気負わずに子どもたちへの課題に取り組める世の中になってほしいと思っています」と話した。