福岡県議会は3月22日、スポーツ施設などにおいて、性的な意図で同意なく撮影する行為について「性暴力」であると定義する県性暴力根絶条例の改正案を賛成多数で可決した。
社会問題となったアスリートや客室乗務員、児童・生徒の盗撮を想定し、施設や運営側に広報啓発などの措置を求める。「性暴力」と定義した条例は全国的にも珍しいとみられる。
可決された改正案では、スポーツ施設や公共交通機関など不特定多数が利用する場所において、性的な意図を持って同意なく、正当な理由なく撮影する行為は「着衣の有無に関わらず性暴力である」と新たに明記。
その上で、撮影画像の拡散、二次利用などの「新たな性暴力」によって「被撮影者の精神的被害がさらに甚大なものとなる」と指摘した。
スポーツ現場で問題視される「アスリート盗撮」
スポーツの現場では近年、女性アスリートの性的部位を強調して撮影する行為が問題視されてきた。2023年7月施行の「性的姿態撮影等処罰法」では、盗撮を規制する「撮影罪」が設けられ、身体の性的な部位や身につけた下着、わいせつな行為を正当な理由なく、ひそかに撮影することを禁じた。
一方、ユニフォーム姿の女性アスリートの性的部位を狙って撮影する、いわゆる「アスリート盗撮」については、「ユニフォームの上からの撮影は性的な意図の線引きが困難」として、規制の対象に盛り込まれなかった。
福岡県の条例改正案では、撮影した人に対する罰則規定は見送られたものの、性的な意図を持ってユニフォームや制服姿を撮ることも含めて「性暴力」と厳しく断じることで、こうした行為の抑止力となることが期待される。
盗撮行為に悩む女性選手や中高生にとって、今回の改正案はどんな意味を持つのだろうか。無断撮影を訴えた高校女子長距離・ドルーリー朱瑛里選手の代理人を務める作花(さっか)知志弁護士に聞いた。
「法律に“隙間”がある以上、自治体が条例で補うのは好ましい試み」
――福岡県性暴力根絶条例の改正案では、性的な意図を持って同意なく撮影する行為は「性暴力」であると定めました。この点についてどのように評価できますか。
女性アスリートの盗撮は、現状では各都道府県の迷惑防止条例で規制され、「迷惑行為」として対応するほかありません。しかし、今回の改正案のように、当事者の意に反する撮影は迷惑行為を超えた「性暴力」であると定める意義は大きいのではないでしょうか。
例えば先の国会で改正された「ドメスティック・バイオレンス(DV)防止法」では、加害者に対して被害者への接近などを禁止する「保護命令」の対象範囲を、身体的な暴力だけでなく、言葉や態度で追い詰める精神的な暴力にも拡大しました。
同様に、盗撮行為についても重く見たことが、「性暴力」という言葉に表れているのではないでしょうか。
――23年7月に施行された「性的姿態撮影罪」では、ユニフォーム姿のアスリートの性的部位を狙って撮影する行為は規制の対象外とされました。一方、県の条例改正案では「着衣の有無に関わらず」と明記されています。
女性アスリートの盗撮行為を取り締まりが期待された法律に「隙間」がある以上、自治体が条例でそれを補っていくのは非常に好ましい試みです。
かつては限られた自治体で制定されていた迷惑防止条例が広がっていったように、福岡県が改正案で定めたものが他の自治体の条例にも採用されていけば、法の隙間を埋めるような存在として有効性が高まるはずです。
――「性的姿態撮影罪」の議論では、ユニフォーム姿のアスリートの性的部位を狙って撮影する行為は「性的な意図の線引きが困難」とされました。この線引きはどのように捉えていくべきなのでしょう。
撮影した本人が「性的な意図はない」と主張したとしても、客観的に見て「性的な意図が推認される内容であるかどうか」がポイントになるのではないでしょうか。
例を挙げるとすれば、最高裁はかつて、強制わいせつ罪の成立要件として、その行為が犯人の性欲を刺激興奮させ満足させるという「性的な意図」が必要との見解を示していました。
しかし、17年11月29日の大法廷判決で「被害者の受けた性的な被害の有無やその内容、程度にこそ目を向けるべき」として、行為そのものに性的な性質があれば、性的意図の有無に関わらず「わいせつな行為」にあたる、との判例変更がなされました。
盗撮行為の問題に置き換えるなら、撮影された画像や動画から客観的に故意が推定される、というのが分かりやすいでしょうか。そもそもやましい気持ちがなければ、盗撮行為自体行わないはずです。
――撮影者への罰則規定が見送られた点についてはどのように受けとめていますか。
罰則規定が設けられないことは、アスリート保護の観点からとても残念ではあります。ただ、今回の条例制定が最初のステップとなり、次のステップで罰則規定を設け、以降は他県にも同様の条例が広がるなど、アスリートが競技に集中できる環境づくりが広がっていくことを期待しています。
撮影罪は改正されるのか「女性アスリート自身が司法の場で訴えるのも一つの手」
作花弁護士が代理人を務めるドルーリー朱瑛里選手は、23年1月の都道府県女子駅伝での17人抜き・区間新記録の快走が話題となり、一部ファンの盗撮やメディアの過剰取材に苦しんだ。
翌2月には作花弁護士を通じて「報道の方々への対応や声かけの対処にとても不安を感じた」とクロカン大会への欠場を発表。また、無断で撮影されることへの不安も明かした。
――性的撮影に関わらず、アスリートの意に反した撮影画像がネット上で拡散・二次利用されることによる、当事者の精神的な負担についてどのように受けとめていますか。
ドルーリー選手も、都道府県女子駅伝などで撮影された画像や動画が無断でネットにアップされている状況に不安を感じていました。ネット上の掲示板やまとめサイトには、両親の個人情報や自宅の場所が特定されるような書き込みも見受けられ、10件近く削除要請を行ってきました。
自宅付近での練習風景など、いつ撮影されたか分からない画像が拡散されることへの恐怖心もあったと思います。「人気が出たなら注目に慣れるべきだ」との声もありますが、彼女はまだ高校生ですし、いささか乱暴ではないでしょうか。
――当時中学生だったドルーリー選手が、過熱報道や無断撮影の自粛を求める声明を出したのは大きなインパクトがありました。アスリート盗撮の規制強化や盗撮罪の新設も、当事者が被害を訴えたことも大きく関わっていると思います。このようにアスリート自身が声をあげていくことで与える影響についてどのように感じていますか。
日本の社会は「和」を重んじる風潮があり、まだまだ個人が声を発しにくいのが現状です。ただ、当事者のアスリートが「盗撮行為で苦しんでいる」と訴えることで、その問題が社会で共有され、司法プロセスで立法化されていく動きが望ましい。
例えば、アメリカではサッカー女子の代表選手たちが「男子より報酬が低いのは差別にあたる」と訴え、ようやく男女同一賃金・給与体系が実現しました。当事者がしっかり声を上げることで叶えたことです。
実際、ドルーリー選手があのような提言をしたことで、大会運営側の対応もより適切な方向に変わってきた面もあります。彼女には今度も、自身の問題意識や提言で社会に影響を与えていく、そんなアスリートに育ってほしいと願っています。
現在は昔と比べてカメラの機能が劇的に上がり、高性能の機器を使用すれば、数キロ先の被写体も鮮明に写し出すことができます。また、赤外線カメラでユニフォームの内側の下着や身体まで盗撮されるという被害も起きています。しかし、現行の法律はそういった時代の変化に追いついていません。
もし今後も撮影罪の改正が見込まれない場合は、国会が法律を制定しない「立法不作為」が、憲法に違反しているとして、何人かのアスリートが原告となり、司法から国会に立法を求めるのも一つの手ではないでしょうか。