能登半島地震の直後、停電中でもごはんが炊ける炊飯器がX(旧Twitter)上で話題になった。
タイガー魔法瓶の炊飯器「魔法のかまどごはん」だ。
米と水以外に必要なものは、「新聞紙」と「火」だけ。かまどを使った炊飯器が開発された背景には、「防災用品として使い、災害に備えてほしい」「災害時でもおいしいごはんを食べてほしい」という開発者の思いがあった。
開発を率いた、「魔法のかまどごはん」のプロジェクトリーダーに話を聞いた。
電気を使わない炊飯器?新聞紙と火だけで炊く仕組みは…
令和を生きる私たちにとって「炊飯」とは、多くの場合、研いだ米と水を炊飯器に入れて、「炊飯ボタン」を押すという動作を意味する。
しかし、「魔法のかまどごはん」では、一昔前の「かまど」と同じような原理で、なべに直火でごはんを炊き上げる。
炊き方は至ってシンプル。まず、新聞紙を割いてねじり棒状にしたものを、かまど下部にある2つの穴に左右交互に入れ、着火ライターで火をつけるという作業を所定のタイミングで繰り返すだけだ。
白米では、5合まで炊くことができ、必要な新聞紙は1部。牛乳パックを使って炊くこともできる。
停電時でもあたたかいごはんが炊ける。社内公募で選出され商品化
「魔法のかまどごはん」は、社内公募で一人の社員が応募したアイディアから始まり、商品化に至った。
アイディアが生まれたきっかけは、ある社員の「もったいない」という思いだった。
カスタマーサービスに在籍していたタイガー魔法瓶の村田勝則さんは、交換用パーツである内なべなどの保有期間が過ぎた際に、廃棄せねばならず「どうにか活かせないか」と考えていた。
「保有期間が過ぎたパーツは誰かに買ってもらうことはできないけど、違う姿に生まれ変わらせれば、使っていただけるのではないか」
活かせる機会さえあれば使えるパーツ。内なべを使って、直火でごはんが炊ける野外炊飯器が作れるのではないかと思いついた。
大学生の頃にアルバイトをしていた少年自然の家で経験した、新聞紙を燃やしてごはんを炊く飯盒炊飯から着想を得た。
試作段階では植木鉢を改造して、かまど部分を作った。
新聞紙と火だけで炊飯ができれば、災害時に停電が起きても、あたたかいごはんが炊ける。防災用品として、家に備えられるような炊飯器にできたらと考えた。
関東大震災から100年、タイガー魔法瓶創立100年を前に行われた社内公募に応募し、見事選出され、商品化のために商品企画第2チームに部署異動。本格的な開発に着手した。
試行錯誤を繰り返した開発の中で最も重要視したのは、ごはんの「美味しさ」。村田さんは、こう語る。
「防災用品であったとしても、普段から食べたくなるくらいの味を目指しました。美味しいごはんを炊くということに1番こだわりを持って開発しました」
「防災訓練など特別な時だけではなく、月に1回くらい、これを使ってごはんを炊きたいと思っていただけるような商品にしたいと考えました。そうすれば、日頃から防災対策もできるのかなと」
その上で大切にしたのは、使用の簡単さと安全性だ。
「防災用品ならば、誰もが簡単に使えるようにしなければなりません。また、火事の原因になるようなことがあっては絶対にいけないので、新聞紙をきれいに燃やして、燃え残りがないようにと改善を重ねました」
「魔法のように新聞紙でおいしいごはんが炊け、簡単にお手入れができる」。そんな意味を込めて「魔法のかまどごはん」と名付けた。
2023年8月にWEB限定商品として予約受付を開始し、10月から販売をスタートした。価格は1万9800円(税込)。
売り上げは予想を大幅に上回り、これまでに6500台が売れた。
SNSでは「すごい」「これがあれば災害の時も安心」などの反応が相次ぎ、メディアにも多く取り上げられた。
個人で防災用品として備える人もあれば、キャンプ用品として活用している人もいる。
阪神淡路大震災の時「何もできなかった」。防災への思い。イベント出展で体験も
「魔法のかまどごはん」をより多くの人に知ってもらおうと、防災イベントや子ども対象の野外イベントにも積極的に出展している。
2023年10月にあった国立オリンピック記念青少年総合センターでの子ども向けイベントでは、実際に子どもたちに炊飯を体験してもらった。
子どもたちには「災害時、電気やガスが使えなくなったら、家の中のどんなものが使えなくなる?」と防災クイズも出しながら、災害時の状況を想定してもらう。
普段は、火を付けるということすらあまり経験がない子どもたち。しかし、魔法のかまどごはんの使い方はシンプルなため、サポートしながら子どもたちが美味しいごはんを炊けると、大きな「成功体験」にも繋がるという。
「家ではあまりごはんを食べないというお子さんも、自分で炊いたごはんは、とてもよく食べていました。やはり、自分が実際に作業をして炊いたごはんということもありますし、とても美味しいからかなと思います」
神戸市での防災イベントに出展した際は、阪神淡路大震災の被災者もブースを訪れ、魔法のかまどごはんを見て、被災時の温かい食事の大切さなどについて思いを語ってくれたという。
阪神淡路大震災の際は、村田さんはすでに社会人。当時は奈良県在住で、大学の友人が被災するなどしたが、簡単に被災地入りできる状況でもなく「何もできなかった」という思いが残った。
しかし、防災への関心は持ち続け、社内公募で魔法のかまどごはんの元となる案を応募するに至った。
実家が電気屋だった村田さん。「ものづくりがしたい」という思いで、タイガー魔法瓶に入社し、今回、防災への思いも込めた商品を開発することができた。
「もったいない」という思い。自治体やアウトドア施設向け商品で内なべ使用
2024年4月からは、行政やアウトドア施設などを対象に、BtoBモデルの発売も開始する。
BtoBモデルでは、廃棄予定だった交換用アフターパーツの内なべを再利用した、サスティナブルな製品となっている。
そもそも、商品開発の発端は村田さんの「もったいない」という考え。
「違う姿に生まれ変わらせれば、使っていただける」という思いを叶えることができた。
一般向けの商品では、内側に記載された表記などの関係で新品の内なべを使用して販売しているが、BtoBモデルではきちんと説明をした上で、サスティナブルな考えに賛同してもらえる施設などからの購入を目指している。
BtoBモデルは、キャンプやBBQなどのアウトドアシーンや、自治体の防災訓練・防災備蓄などで使われることを想定している。
日本では避けては通れない災害。だからこそ備えを
学校や自治体で定期的に防災訓練や避難訓練をするように、いざという時に備えるには、日頃から災害時の状態を想定し、防災用品なども使ってみることが一番だ。
その点では、キャンプや家の庭などでも使える「魔法のかまどごはん」は、とても役に立つ。
「多くの防災用品は、実際に災害が起きるまで使わないことも多いです。その中で、魔法のかまどごはんは、週末のアウトドアなどで『使ってみよう』となることもポイントです」
「突然、被災した時に、使ったことがない製品でごはんを作るのは難しいと思います。一度使っていただくことが何よりです」
昨今は、取扱説明書を読まずに製品を使い始める人も多い。しかし、皆が電気で動く炊飯器に慣れている時代のため、「魔法のかまどごはん」の場合、購入者は実際に使う前に必ず説明書を読んで使い方を学ぶ。
若い世代からは「この取説はゲームの攻略本のよう」と面白がって読んでもらえているという。
地震や台風など、災害が多い日本では、皆が防災意識を持ち、対策をしていくことが重要だ。
そんな中で村田さんは、「魔法のかまどごはん」を通した防災にかける思いについて、こう語った。
「この先60年や80年生きていく子どもたちにとっては大きな災害は避けて通れないもの。災害の中でも生き延びる術として、このような防災用品が提供できたらと思いました」
「美味しいごはんを食べていただくのはもちろんですが、何かあった時に、『魔法のかまどごはんを持っていたら大丈夫』と思っていただけるような、安心感を提供できたらと思います」