カスタマーハラスメントの防止をめざし、東京都が全国に先駆けて条例づくりに向けて動き出している。
背景にあるのが、カスタマーハラスメントの深刻化だ。パワハラやセクハラなどと並ぶ問題として「カスハラ」と呼ばれ、客からのひどい暴言や不当な要求、暴行、脅迫などの著しい迷惑行為を指す。通常通りに業務を進められなくするなど、サービスを提供する側の仕事や作業を妨害する行為でもある。
パワハラ(労働施策総合推進法)やセクハラ(男女雇用機会均等法)、マタハラ(育児・介護休業法)など法律に定義や責務が記載されているハラスメントとは異なり、カスハラには法律上の記載はない。
一方で、客による消費者の権利を超えた迷惑行為は増える傾向にある。厚生労働省の調査(2020年実施)によると、20〜64歳の労働者8000人のうち15%が過去3年間にカスハラを経験したことがあるとわかった。
この調査に協力した従業員30人以上の6365社・団体のうち、過去3年間に社内でカスハラの相談があった答えたのは1247社・団体にのぼった。このうち、19.4%が相談件数が増えたと答えた。
労働組合の中央組織・連合も2022年、自分自身がカスハラに遭ったことがある、同僚が遭ったことがあるという計1000人(18〜65歳)の働き手に発生状況を尋ねた。「直近5年で発生件数が増加した」と答えた人は369人にのぼった。
事後に精神的な損害も、予防が大事
客や取引先などからの迷惑行為には、どのようなものがあるのか。厚労省がカスハラを経験したと回答した1200人に迷惑行為について尋ねたところ、「長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム(過度のもの)」(52.0%)、「名誉毀損、侮辱、ひどい暴言」(46.9%)、「著しく不当な要求(金品の要求、土下座の強要など)」(24.9%)、「脅迫」(14.6%)、「暴行、傷害」(6.5%)とハラスメントの実態が見えてきた。
カスハラを放置できない問題とみて、都は2023年10月に経済団体、労働団体、専門家でつくる「カスタマーハラスメント防止対策検討部会」を立ち上げた。これまでに3回の部会を重ね、カスハラ防止のための有効な手段として条例とガイドラインを策定する方向で議論が進められている。
2月6日に開かれた部会で、労働政策研究・研修機構の内藤忍・副主任研究員はカスハラについて「事後に精神的な損害を被ることが多い。職場復帰に時間がかかったり、なかには退職にいたる方もいる」と指摘。ほかのハラスメントと同様に、「より予防や早期の対処が大事だ」と述べ、そもそもカスハラが起きないようにすることの重要性を訴えた。
成蹊大学の原昌登教授(労働法)は「罰則を盛り込もうとすると、議論に非常に時間がかかる」とし、罰則は設けずに条例によって禁止することでスピード感を持って防止策を打つことができると提案した。
都は早期の条例案の提出をめざすという。
日本だけの問題ではないカスハラ
日本のカスハラについて、東京都中小企業団体中央会の三原浩造・事務局長は同日の部会で「企業側が過剰なサービスを提供し、消費者はその過剰なサービスが当たり前になると些細なこともで気になり、それが高じて正当とは言えないクレームやハラスメントにつながってしまうと感じている」と発言。日本で根強い「お客様は神様」という精神がカスハラの原因になっているという考えを示した。
だが、カスハラ問題を抱えているのは日本だけではない。
「No One Deserves A Serve」(誰もサービスを受けるのに値しない)
オーストラリアでは2017年、このスローガンのもとで小売業とファーストフード業界で働く人たちを守る運動が始まった。中心になって活動している労働組合SDAが2023年に労働者4600人にカスハラについて聞いたところ、この1年に客から暴言を吐かれたことがあると答えた人は87%にのぼった。暴力を振るわれた人は12.5%、唾を吐かれた人も9%いた。
SDAは「(客からの)迷惑行為を受けることが働き手のその日の仕事に含まれていいはずがない」と、カスハラの防止に取り組んでいる。