能登半島地震では、現地の道路渋滞が深刻なことから、国や石川県からの「移動を控えて」「被災地に来ないで」という声が全国に広がった。
渋滞が解消できなかった理由の一つに、道路復旧の遅れがある。能登半島地震の被災地では、津波で押し寄せた泥水、壊れた家や崩れた山からの瓦礫と土砂、被災車両が地面を覆った。道路は液状化で波打ち、亀裂が走る。
大規模災害に襲われた土地で、命をつなぐための重要な基盤は「道を通す」ことだ。
人命救助や捜索はもちろん、物資や支援の手を届けて、これ以上の犠牲者を出さないために、1日も早く道を開き、復旧させる必要がある。それには重機が欠かせない。
2011年の東日本大震災で、道路啓開が迅速に進まなかった経験などから、国は災害時に派遣する緊急消防援助隊に、重機の配備を進めてきた。
だが今回の地震で、石川県珠洲市では、消防の重機がほとんど使われていないことが、関係機関への取材でわかった。なぜなのか。
東日本大震災「重機があれば…」
2011年の消防庁の記録には、東日本大震災の対応にあたった隊員らからの、重機の必要性を伝える次のような報告が多数記されている。
「全国の緊急消防援助隊が重機を保有していたら、震災活動は大きく変わっていた」
「重機を持つ自衛隊との差が如実…(中略)開削・瓦礫撤去された道路を通って、自衛隊の検索活動終了後の現場に再検索という形で活動に入ったことも多々あり、無力感に苛まれた隊員も多数いた」
こうした経験を踏まえて、道路啓開と救助現場での瓦礫撤去などのために配備された重機は、2024年現在、全国に50台ある。
2016年度の消防庁予算概算要求によると、費用は重機と重機搬送車1組につき約5000万円。金属の切断やコンクリートの破砕など、幅広い活動に対応するよう先端のアタッチメントを交換でき、倒壊の恐れのある建物や土砂災害現場での危険作業を想定したラジコンによる遠隔操作も可能だ。
7都府県の隊のうち使ったのは2大隊だけ
だが、珠洲市で活動した緊急消防援助隊と消防庁に、記者が取材したところ、重機は道路啓開のために一度も使用されていなかった。
緊急消防援助隊は都道府県ごとに大隊を編成し、大災害発生時に消防庁長官の指示を受けて出動する。
被災自治体に集まった大隊は、自治体での活動全体を統括する指揮支援隊長のもと対応地域を分担するが、消防庁によると、現場での具体的な活動や重機の使用については、大隊ごとに判断が委ねられている。
能登半島地震では、19都府県の緊急消防援助隊が石川県に向かい、このうち7都府県の大隊が珠洲市に入った。だが珠洲市に入った大隊の重機の大半は、被災現場まで届かなかった。
7つの都府県の大隊のうち2大隊は、重機を珠洲市に運んでいない。うち1大隊は、初動時の判断は所属地で津波災害の恐れがあったことによるが、後発の2次隊以降については、「現地のニーズがない」との指揮支援隊からの連絡を受けて運ばなかった。もう1大隊は、1月2日に消防庁から重機派遣の打診を受けたが、「人員不足で出すのは難しかった」という。
3大隊は、珠洲市に運んだ重機を使わなかった。
使っていたのは静岡県と東京都の2つの大隊だけ。1月20日までの間に、救助・捜索に伴う倒壊家屋や瓦礫撤去のため重機を使ったのは静岡県大隊で、4日間使用していた。1月21日から珠洲市で活動している東京都大隊は、都が所有する重機を運び入れ、救助・捜索にあたっているという。
重機を使わなかった理由として、各消防は「必要ないと判断した」「道が悪く、大きな重機搬送車が現場に入れなかった」「要請がなかった」「家屋が倒壊しているなかで重機を扱うのはリスク」「瓦礫の下に人がいる可能性を考え慎重を期した」「現場に(消防以外の)重機がある」などを挙げた。
「今使わないで、いつ使う?」被災現場からの声
被災現場で重機を操縦する人たちは、この理由に納得するだろうか。
1月3日から珠洲市で道路の啓開を続けている技術系ボランティアNPOの男性は言う。「この大災害で重機を使わずに、いったいいつ使うのか。被災地を走れないような重機搬送車では意味がない」
NPOでは、珠洲市で活動する2県の緊急消防援助隊に、道路啓開の協力を求めた。宿営地を訪ねて「被災した地域には火事の危険もある。救急や消防を含む緊急車両がいち早く入ることのできるよう、重機を動かしてほしい。災害関連死を防ぐためにも、道路を啓開してほしい」と訴えたが、断られた。
被災現場では、ボランティアらが重機で啓開した後を、消防や警察の車両が通っていく。
重機は技術を習熟すれば、繊細な作業も行える。操縦に長けたボランティアたちは、被災した人たちの大切なものを傷つけないよう、細心の注意を払って活動を続けている。
道を通すことは、命をつなぐこと
災害時の道路啓開について、国や県は災害発生に備えた協定を事前に結んでおり、今回の地震でも協定に基づき、複数の民間業者が啓開や復旧作業にあたっている。
珠洲市では地元の建設業者も被災しているため、近隣自治体の建設業協会の協力も得て、陥没や亀裂のある市道の復旧作業が行われている。
いずれも幹線道路が優先され、市の担当者は「こちらで手がつけられない場所を、ボランティアの人たちがスピード感を持ってやってくれている」と説明する。
道が通じなければ、必要な支援が届かない。車で通行できなければ、電気や水道、通信などライフラインの復旧が進まない。
停電の解消、暖房の確保は、低体温症や災害関連死を防ぐことにつながる。道が通れば、在宅避難などへ選択肢が広がる人たちもいる。NPOの男性は言う。「道を通すことは、命をつなぐことだ。道路啓開の重要性を、もっと認識してほしい」
消防隊員も「疑問が残る」
緊急消防援助隊で、重機担当として珠洲市に入った消防隊員の一人は「自分たちは指揮命令系統に従うほかない。ただ、重機が1度も動かなかったことには疑問が残る」「道路を啓開し、前進するべきではなかったか」と心情を吐露する。
消防隊員には、日頃から技術系ボランティアに参加し、自主的な習熟に努める有志が多くいる。今回の能登半島地震でも、各地の消防隊員らが技術系ボランティアに加わっている。
NPOの男性は「被災地に入り、重機を扱えず待機を命じられた隊員たちは、悔しいと思う。被災地のためにできることを、なぜ消防は組織として考えないのか」と憤る。
珠洲市では、発災から3週間経っても集落への道が埋もれ、被災した人たちが瓦礫の山を徒歩で乗り越えている地域があった。
ボランティアらが重機を操り、道を覆っていた瓦礫や被災車両を取り除くと、避難所から多くの人が出てきて、無事だった車のエンジンを確かめたり、自宅から大切なものを運び始めた。
電力会社の車両もすぐに入り、復旧作業に取り掛かったという。災害のために配備された重機が効果的に活用されていれば、もっと早く広範な道を通すことができた。
「来ないで」と言われる奥能登に、支援は行き渡っていない。被災地は、重機も人も必要としている。
(取材・文=川村直子)