「性暴力を受けた被害者なら、すぐに警察に通報するはずだ」「性暴力被害者は、加害者に好意的な連絡をするはずがない」━。
これらは、性暴力被害の実態と異なる誤った言説だ。
性暴力を受けた被害者の多くは誰にも相談できず、警察に相談するケースはごく一部であることが、内閣府の調査などから明らかになっている。また、性被害者はときに加害者に迎合するような行動を取ることがあるものの、それは必ずしも性的行為に「同意があった」ことの証明にはならず、性暴力被害を単純に否定する根拠にもならない。
警察への相談はわずか5.6%。6割が誰にも相談せず
全国の5000人を対象に行った内閣府男女共同参画局の調査(2020年、有効回答数は3438人)では、無理やりに性交等をされた経験があると答えたのは全体の約24人に1人、女性では約14人に1人だった。被害を受けた人のうち6割がどこにも相談をしていないことが分かった。相談していない人の割合は男性ではさらに高く、約7割だった。
被害の相談先(複数回答可)で最も多かったのは「友人・知人」で、「家族・親戚」が続いた。警察に連絡や相談をしたのは、全体のわずか5.6%だった。被害に遭ってから相談までの期間が「10年以上」と答えた人は約1割だった。
被害を相談しなかった理由(複数回答可)は「恥ずかしくて誰にも言えなかったから」「自分さえ我慢すれば、なんとかこのままやっていけると思ったから」「そのことについて思い出したくなかったから」「相談しても無駄だと思ったから」の順で多かった。
内閣府の調査結果からは、性暴力被害者の多くが誰にも相談できない実態が浮かび上がる。「被害者ならすぐに警察に届け出ているはずだ」という言説は、性被害の実情に合っていない。
性的グルーミングを受けた場合のように、本人が被害を受けたこと自体に長い間気付けないケースもある。
被害者が順応・迎合の行動を取ることはある
「本当の被害者なら、その後加害者に連絡を取ってお礼を言ったりしないはず」「被害者なら加害者に笑顔を見せたりしない」━。こうした「正しい被害者像」を押し付け、被害を否定したり被害者を責めたりする二次加害もこれまで繰り返されてきた。だが、このような言説は正確ではない。
性暴力の被害者は、被害に遭ったことを認めたくなかったり、社会的地位や立場の差がある加害者との関係悪化を恐れたりして、加害者に順応や迎合するような行動を取ることがある。
厚生労働省は2023年、「心理的負荷による精神障害の認定基準」と題する通達を全国の労働局に出した。この中で、「セクシュアルハラスメント事案の留意事項」として次のように指摘している。
・セクシュアルハラスメントを受けた者(以下「被害者」という)は、勤務を継続したいとか、セクシュアルハラスメントを行った者(以下「行為者」という)からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがあるが、これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならない
・被害者は、被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことがあるが、この事実が心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならない
通達からも分かるように、置かれた立場や心理状況によって、被害者が加害者に迎合するような振る舞いをすることは起こりうる。それらは直ちに「同意のある性的行為だった」ことの証明にはならず、性暴力の事実を単純に否定する根拠にもならない。