コンビニエンスストアで、ふと目に入った小さなフォトスタンド。妹と2人で店を切り盛りする店長の、手書きのメッセージが心にしみる。
その店は、ローソンの「レインボーライン小淵沢店」。高原リゾート地として知られる八ヶ岳のふもとにあり、1年を通して登山客やスキー客、避暑客でにぎわう。もちろん地元の住民にもよく利用されている。
店を切り盛りするのは、店長の小林花菜子さんと、6歳下のオーナー平出梨沙子さん。実の姉妹である。
妹が別のローソンで働いていた時、「新しい店をやってみないか」と声がかかった。姉に相談し、2人で経営に踏み出すことを決めた。それまで勤め人だった姉妹にとって、まったく新しい挑戦だった。
店長に就くことになった小林さんは、「大事な一瞬を記録しておきたい」と、月に一度、メッセージを記し、客にも読んでもらおうと思いたった。2019年10月の開店から4年あまり、欠かさず続けている。
木枠のフォトスタンドに収められ、トイレの外の洗面台にさりげなく置かれた「今月の店長のひとこと」。2023年12月はこんな内容だった。
2023年の漢字一文字
個人的2023年の漢字一文字は「変」に決定!! とにかく変化の多い1年だった。絶望したり希望に満ちあふれたり、失ったり得たり…… 食べる専門だったのが料理をはじめたのも大きな変化のひとつ。ここ3年くらいは夜勤明けに予定をパンパンに詰めてフル活動をしていたので、2024年は「のんびりと進化」を目標にします。
みなさんの今年の漢字一文字は何でしょう
明るい性格が滲み出る、はつらつとしたミニエッセー。自身の変化の一つに「料理をはじめた」ことを挙げたが、ここでは触れなかった大きな変化が小林さんには起きていた。
4月、婚約者と死別したのである。自死だった。
衝撃の出来事からどのような気持ちで過ごしてきたのか。小林さんは多くを語らない。ただ一つ、店の存在は「大きな支えになった」と言う。
「お店に来てくれる人、働いている人、いろんな人が気にかけてくれた。しんどいけれども、ここに来ることで、日常に戻ってこられました」
詩の形で記した気づき
4月の「ひとこと」は、そんな思いを詩の形でしたためた。
「温度」生きているということは
肉体があたたかいということ
大切な人が生きているということはそのあたたかさに
触れられるということ
悲しみを癒してくれるのは
人のあたたかさであること
人の温もりは保温できない
あたたかい瞬間に
あたたかさを感じること
1カ月が過ぎた5月はこんな内容だ。
この場所があって本当に良かったと思う今日この頃。ここに来ればいつもと同じスタッフの笑顔があって、いつもと同じお客様との会話があって、会いに来てくれる友がいて、いつもと同じ灯(あか)りがともってる。いつもと同じって奇跡。ここに集う人たちが大好きで、出会ったことに感謝せずにはいられない。たくさんの人たちに守られているなー。そんなことをかみしめていると涙がちょちょぎれる。みんなみんなありがとう。
大きな悲しみを経験した小林さん。何気なく目にする店の情景が、まったく違うものに見えるようになったと語る。
「店に来る人たちも、ひょっとしたら見えないところで何かを抱えていて、救いを求めているんじゃないかって。イートインコーナーに座っている人や、深夜に立ち寄ってくれる人もいる。コンビニって、思っていた以上に人と人とがかかわる場所だなって。実はけっこう深い」
月1回更新の「ひとこと」を楽しみにしている人も少なくない。ある日、一人の客が「これまでのひとことを全部読んでみたい」と声をかけてきた。
年の終わりに訪れたもう一つの「変化」
歳末、保管していたカードを初めて整理して、一枚一枚ファイルに収めた。最初のころは素朴な短い言葉だった。少しずつテーマを深く考えるようになり、ときに哲学的な内容もつづった。そんな変化を自分でたしかめて、少し驚いた。
「変化」というと、もう一つある。新たに気持ちを寄せる人ができたのだ。その人には自分から告白した。いつも朗らかで積極的な小林さんらしく、12月の自分の誕生日にあわせて花束を渡し、思いを告げた。
小淵沢は山梨県の北端のまちで、標高は1000メートル近い。冬になると八ヶ岳から冷たい風が吹き下ろし、雪も積もる。
小林さんは妹とともに店を開きながら年を越し、新年を迎える。