12月15日、ディズニー100周年記念作品『ウィッシュ』が日本で劇場公開された。ディズニーアニメーションの歴史が紡いだ「集大成」でもある作品は、主人公のアーシャが、人々の願いの力を我が物にして君臨する国王に立ち向かうミュージカル映画だ。
作品にはディズニーが生み出した過去のアニメーションへのリスペクトとレガシーが随所に散りばめられている。魔法の力で喋る動物たちや植物、怪しげな秘密の地下室、困ったら森にかけ出していく主人公...といえば、多くの人が想像できるだろうか。
最新作なのにどこか懐かしい、でも確かに新しい─。筆者は率直にそんな感想を抱いた。
記念作品のテーマが「願い」というのは、シンプルかつとてもディズニーらしい。だが作品を見ていると、裏にあるメッセージが確かにあった。今回は映画公開前に来日した本作のプロデューサーの2人に話を聞いた。ディズニーアニメーションの「未来」についても、自身の言葉で語ってくれた。
(※この記事は作品のネタバレになる内容を一部含んでいます。ご了承の上でお読みください)
最新作なのに「懐かしい」理由
話を聞いたのは、現在すべての長編アニメーション映画の製作を担当しているピーター・デル・ヴェッコさんと、『アナと雪の女王2』と『ミラベルと魔法だらけの家』の製作に携わったフアン・パブロ・レイジェスさんの2人。共に今作のプロデューサーだ。フアン・パブロさんは初来日。東京ディズニーシーを訪れ、日本のファンのディズニー熱に驚いたという。
『ウィッシュ』でまず引き込まれるのが、その映像だ。最新のCG技術だけでなく、「水彩画」のような2Dアニメーションを掛け合わせて描いた質感が印象的だ。そのタッチは『白雪姫』や『シンデレラ』などのクラシックな過去作品を彷彿とさせ、だからこそ、どこか懐かしさを感じる。
この映像を通じて何を伝えたかったのか。ピーターさんはこのように語る。
ピーター(以下、敬称略):『ウィッシュ』の物語はやはり「おとぎ話」ですから、今回は改めてディズニーアニメーションの初期の作品に立ち返りました。そうすると、例えばまず「シネマスコープ」を使って撮る必要が出てきたのです。本作はかつての『シンデレラ』のようにオープニングは「絵本」から始まります。絵本から物語に没入していくような演出です。だからこそ意識したのは、「絵本の雰囲気をどう維持するか」という点でした。
なので、映像の質感も必然的にそれらが上手く反映されるような工夫を凝らしています。「絵本の雰囲気」を表現したいという構想があった中で、その為にはどういった最新テクノロジーが必要かということに向き合い、技術の掛け合わせに取り組みました。
その結果が、古くなく、新しすぎない『ウィッシュ』のアニメーション映像です。この掛け合わせこそが、記念作品にふさわしい、新たなアプローチになっているのです。
「裏テーマ」は何か
前述のように「願い」がテーマの本作。「お星さまに願えば、いつの日かきっと...」というのは、過去のプリンセスたちも願ってきたことだ。必然的に集大成のキーワードとなったのも頷ける。
だが、実は裏側にあるメッセージは「搾取への抵抗」ではないか。筆者はそう思った。
物語では国民たちが自分の“願い”を魔法使いの国王・マグニフィコに預ける。誰かの願いは月に一度叶うが、叶えられる願いは国の利益になるものだけ。実は国民の願いのほとんどは叶わず、国王は願いを搾取し続ける。国民は願いを国王に差し出すと、その願い自体を忘れてしまう。
筆者が気になったのは、国民が願いを国王に“預ける”だけでなく、なぜ人が願いを“忘れる”設定にしたのか、という点だった。2人はこの観点について次のように話す。
ピーター:本作の出発点は「星に願いをかける」といった過去のディズニーアニメーションへのオマージュ。ファンへの「ラブレター」という立ち位置です。 ただ、それを前提にした上で、夢や願いを持つことは大事だけれども、その中でも特にそれを探求する「過程」がより大切だということ。そして、それらを叶えるためには戦わなくてはいけないこともある。願いを実現するために探求したり、時に戦ったり...その「旅路」がより大事だということを伝えることにこだわりました。
実際、私たちが生きる現実の世界でも、マグニフィコのような存在というのはいますよね?人の夢や目標を潰そうとしたり、誰かから取り上げようとしたりする存在です。それは、ある意味で「搾取」に近い面もありますね。
だからこそ、観る人は本作を「個人的な物語」として受けとめてくれるのではないかと思います。実際に世界でいま起きていることになぞらえて、この映画を見た皆さんが何らかの教訓というか、「学び」を持ち帰ってくれたら本当にうれしいです。世の中には数多くの障壁があるし、時に残酷なこともある。自分の夢や目標を実現することを邪魔する人がいるかもしれない。マグニフィコのようにね。でも同時に、(劇中のキャラクターの)スターのような、助けてくれる仲間もちゃんといるということを伝えたかったのです。
王は国民から搾取した方が国を統治しやすいし、人々が鈍感で無知な方が社会はより単純化する。それは実際の社会、日本でも世界でも共通の問題だ。
現実の世界にも「邪悪なリーダーたち」がいる。マグニフィコはそんな存在のことを暗に意味していたのか。さらに踏み込んで聞いてみると、フアン・パブロさんはこう切り出した。
フアン・パブロ:アニメーション作品ですから、解釈については、皆さんそれぞれに自由にして頂くものだと思っています。本作はある意味、善vs悪という、ある意味ではシンプルかつ顕著な対立構造やメッセージではあります。
ただ、その裏にあるのは、やっぱり「誰かにコントロールされない」っていうことの大切さなのです。自分の夢を誰かに操作されない、誰かのせいで夢を諦めないこと。あともう一つは、夢や願いというのは、「忘れてもまたもう一度その夢を取り戻すことがいつでもできる」という願いを強く込めています。忘れても、諦めても、もう一度強く願って行動すれば叶えられるかもしれない。それを適切に表現するにあたり、人々が願いを「忘れる」設定となったのだと考えています。
ヒロイン像とアニメ実写化について
今作のヒロインはアーシャだ。アーシャというキャラクターの最大の特徴は「動く」こと。すなわち、周りを巻き込み、とにかく人々のために行動する。そのバイタリティにとても魅了される。描くにあたって意識した点、今とこれからのヒロインに求められる資質やパーソナリティはどんなものなのか。
また、近年増えている過去のアニメーションの「実写化」についても合わせて聞いた。
フアン・パブロ:アーシャを描くにあたっては、「星に願いをかける」という象徴的な行動と同時に、見る人には自分自身をそこに発見してもらいたい、ある意味で彼女は「私たちを代表する存在なんだ」ということが強く意識されています。多くの女性が、彼女に自分自身を重ねられたらという思いでキャラクターを作り上げました。
アーシャは脚本のジェニファー・リーとアリソン・ムーア、監督のファウン・ヴィーラスンソーンなど、制作に関わった彼女らの思いと女性としての経験が本当に数多く詰め込まれたキャラクターです。作曲を手がけたジュリア・マイケルズの歌にもそれが込められています。
偉大な業界のリーダーとして、クリエイティブなチームを牽引する女性たちの思いが込められ、キャラクターのパーソナリティに反映されたことに大きな意味があるし、それも一つの特徴と言えます。
ピーター:過去のアニメーションに着想を得て、新たに「実写」を作る。それが単純に「焼き直し」かというと、ストーリーにも新たな面を加えているわけですから、そうではないんですよね。ですから、私たちは実写化自体には関わっていないですが、我々の過去のアニメーションを実写化するというアイデアには大賛成です。実写を見て、アニメーションに再び立ち返ってもらうこともできる。それはとても魅力的なことです。
プロデューサーが選ぶ、私を作った「1本」
『ウィッシュ』を生み出し、過去、現在、そして未来のディズニーアニメーションの製作を担う2人。自身に影響を与えた作品はなんだったのか、それぞれに聞いた。
ピーター:個人的に挙げるならば、私が初めて映画館で観たディズニー作品の『バンビ』です。まず第一に、本当に感情を揺さぶられたことを鮮明に覚えています。それと同時にとても愉快な作品でしたね。大人になった今振り返ると、あのとき私が得たものというのは、泣いたり笑ったり怖がったり感動したりといった「感情の起伏」が自分に生じることでの学びです。当時は親と一緒に見て、映画を観た後に家で作品の話を共有しました。
次に、そのような感情の起伏はまるで「1つの旅」をするようなものだと感じられたこと。それを経験することが、特に子ども時代の成長過程においては大切なことだと思うので、そういった「1つの生きる指針になるような作品」を手掛けるという、今も仕事をする上で大切にしている信念に繋がっていると思います。
フアン・パブロ:私の場合、1つ挙げるというのは本当に難しいんですけれども...挙げるとすれば『美女と野獣』ですね。初めて映画館で観た作品で、非常に深い印象を受けました。大画面で観たからということもありますが、印象的なお城があって、あの素晴らしい音楽が流れてきて...文字通り、魔法の世界に入り込む「体験」でした。
プロデューサー2人は初めからディズニー・アニメーション・スタジオで働いていたわけではない。ピーターさんは入社前、15年にわたって劇場に勤務。フアン・パブロさんはアマゾン・スタジオでクリエイティブ開発を担当したのち、2018年に入社した。
2人とも自身に影響を与えた作品を一つだけ選ぶのはかなり難しかったようだが、この質問の時の笑顔がものすごく印象的だった。アニメーションを手掛ける彼らが、やはり一番の「ファン」であると感じた。
100年の「その先」へ。ディズニーは何を大切にするのか
『ウィッシュ』が1つの集大成とすれば、これからの30年、50年、そして100年、ディズニーが大切にしていくものは何になるのか。最後に、今後の展望について2人に聞いた。
ピーター:「タイムリーであり、同時にタイムレスである」ということです。つまり、時代を反映した、まさに「今を語る作品」であると同時に、時代の変化を超えて長く愛され続けるもの。それには、やはり核となる「価値観」が大切になります。様々な考えに柔軟でありながらも、軸となる「レガシー」を持ち続けることが必要だと思います。
フアン・パブロ:ディズニーは、ストーリーを伝える最適な方法や手法を追求し、常に新しい技術を探求してきました。「タイムリーであると同時にタイムレス」というのは共感です。付け加えるならば、その核となる感情の前提はやはり「希望」でありたい。
どうしたら人に作品を見続けてもらえるのか。時代を超えて愛される作品には、国や地域を超えて人間に共通する感情や価値観というものがあるはずなので、ディズニーアニメーションの担い手として、それらをこれからも追求し続けることに尽きると思います。
『ウィッシュ』はまさに、ディズニーの「願い」が詰まった100年の結晶だ。そこには、ディズニーアニメーションへの深い愛と思いが込められている。
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【プロフィール】
ピーター・デル・ヴェッコ
1995年にディズニー・アニメーション・スタジオに入社。現在は製作のシニア・バイス・プレジデントとしてディズニー・アニメーションの全ての長編映画の制作に携わる。『プリンセスと魔法のキス』(2009)のプロデューサーを務め、同じくプロデューサーを務めた『アナと雪の女王』(2013)が大ヒットしアカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞。続く『アナと雪の女王2』(2019)では長編アニメ史上最高の興行収入を記録した。
フアン・パブロ・レイジェス
2018年にディズニー・アニメーション・スタジオに入社。ストーリーの発掘と開発を行う部門でシニア・クリエイティブ・ディベロップメント・エグゼクティブとして『アナと雪の女王2』や『ミラベルと魔法だらけの家』(2021)などの開発を担当。『ウィッシュ』で初めてディズニー長編アニメーションのプロデューサーを務める。