手話通訳で「世界観が壊れてしまう」? コンサートのアクセシビリティ、企業の対応が進まない背景は

「聴覚障害者がコンサートに来ていることすら想定していない」ーー。コンサートの情報保障として必要なのは手話通訳だけではない。今後は字幕や文字通訳の導入も課題の一つだ。
(左から)アメリカでコンサート手話通訳として活躍するホリー・マニアッティさん、アンバー・ギャロウェイさん、ジャスティナ・マイルズさん
(左から)アメリカでコンサート手話通訳として活躍するホリー・マニアッティさん、アンバー・ギャロウェイさん、ジャスティナ・マイルズさん
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「聴覚障害者がコンサートに来ていることすら想定していない」

ろう者の女性が2013年に、アイドルのコンサートを運営する企業に手話通訳の導入を打診した時、やりとりからそう感じたという。 

それから10年。エンターテインメント分野での情報保障・アクセシビリティとして、コンサートに手話通訳を求める動きが現在、広がっている。手話通訳が活躍する海外のコンサート動画が度々拡散され、日本はアクセシビリティへの対応で大きく遅れを取っていることも露呈された。

今でも日本では、コンサートで手話通訳が手配される事例は極めて少ない。前編記事で詳報した通り、コンサート手話通訳は日常の手話通訳とは異なるため、経験や専門性が求められる仕事で、今後は養成も鍵になる。

企業側で手話通訳の手配が進まない背景、また字幕や文字通訳といった手話以外の情報保障を導入する必要性について、当事者や手話通訳者、支援団体に聞いた。

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メンバーの話す内容がリアルタイムでわかる喜び

生まれつき耳の聞こえないろう者である久保さんが、日本で初めて手話通訳付きでコンサートに参加したのは2013年、韓国のアイドルの来日コンサートだった。それまでは、国内のコンサートには手話のできる友人や家族と参加していた。ダンスや音の振動でコンサートを楽しんでいたが、公演後にSNSなどで感想を見ると、MCの内容や掛け声など、自分が得られていない情報が多くあると感じた。

「聴覚障害者複数人が集まり、代表者が手話通訳の情報保障が必要だと主催者に交渉しました。結局、主催者側では用意してもらえず、通訳のチケット代も必要だと言われて、自分たちで手配しチケット代や手話通訳者に対する謝礼金も払いました。会場では暗くて手話が見えないなどの課題もありました。

でも、気持ち的には、初めて日本で手話通訳付きでライブを観ることができて、メンバーの話す内容がリアルタイムでわかった喜びのほうが強かったです」

久保さんは当時について、「聴覚障害者がコンサートに来ていることすら想定していないようだった」と振り返る。

その後10年で、コンサート手話通訳に対する認知は少しずつ広がっているとも感じているが、依然として多くの企業が「手話通訳もチケットが必要で、その金額は聴覚障害者の自己負担」という対応をしているという。

コンサートの手話通訳には、アーティストに関する知識や感情表現を伝える高い手話技術が必要だ。そのため、「形だけ」の手話通訳の手配では、情報保障が確保されているとは言えない。

韓国のエンターテインメント企業HYBEの日本法人HYBE JAPANは、同社傘下のレーベルに所属するアイドルグループSEVENTEENの公演で、アーティストのMCで手話通訳を手配した。9月に久保さんもコンサートに行ったが、この日はMCの内容が正確には理解できず、メンバー名や曲名も誤って伝えられるなど、コンサート手話通訳をめぐる課題を痛感させられたという。心から楽しめたとは、思えなかった。(詳細は前編記事を参照)

アメリカや韓国、海外の事例は? ろう通訳の導入も

SNSなどでは、聴覚障害者を中心に、コンサートの手話通訳を求める声が広がっている。日本では手話通訳のないアーティストが、アメリカや韓国では手話通訳をつけコンサートを行う動画も拡散され、久保さん自身、海外のコンサートにも足を運んできた。

「韓国で経験豊富なコンサート手話通訳のいるコンサートに行って、こんなにも受け取れる情報量が多いのかと驚きました。現地のろう者から、韓国で企業に働きかけたのは、BTSのファンの聴覚障害者だったと聞きました。最初から理解があったわけではなく、交渉の結果、企業側が最適な方法を模索し改善されていったそうです」

韓国では手話通訳者のキム・ミンジェさんが、BTSやSEVENTEENをはじめとする多くのアーティストのコンサートで活躍し、ニュース番組などでも取り上げられている。

アメリカでも「障害のあるアメリカ人法(ADA)」により、聴覚障害者から依頼があれば、コンサートの主催者が手話通訳を手配することが義務づけられている。

日本でも当事者の声を企業に届けるため、久保さんらは10月に、「コンサートに手話通訳を」「インクルーシブなコンサートを」との目標を掲げて有志団体「IROIRO」を立ち上げた。

「IROIROでは、(1)コンサートに適した手話通訳を主催側が準備、(2)(1)ができない場合、聴覚障害者が手配した手話通訳に対し企業側が資金負担、が必要だと考えています。

今後はMCだけではなく、メンバーの掛け声や歌詞などのパフォーマンス部分での手話導入も検討してほしいです。アメリカや韓国では、歌も含めて公演の最初から最後まで手話がついています。

また、ろう通訳(ろう者による手話通訳)の導入も必要です。東京パラリンピック開会式のNHK Eテレでの中継にはろう通訳がつき、日本手話が母語のろう者にわかりやすい手話に訳していました。2月のスーパーボウルでリアーナの手話通訳を担当したのも、ジャスティナ・マイルズさんという聴覚障害者でした。

IROIROでは今後企業向けに、コンサート手話通訳の専門的な役割や合理的配慮について伝える説明会の実施やパンフレット作成のほか、アメリカをロールモデルに、コンサート手話通訳のコーディネートや養成、ガイドライン作りなどにも取り組んでいく予定です」

Justina Miles, Rihanna’s American Sign Language Interpreter, made HISTORY as the first deaf Black woman to perform at the Super Bowl. #BlackHistoryMonth pic.twitter.com/dPHfnqhbnu

— NFL on CBS 🏈 (@NFLonCBS) February 13, 2023

コンサートを運営する事業者の足並みが揃ってない

IROIROで久保さんとともに活動するエミリさんは、10年前からコンサート手話通訳をしている。聴覚障害者個人から直接依頼を受け全国に足を運んできたことから「コンサート手話通訳の需要の多さを実感してきた」と話す。

個人から依頼された場合、主催者に対し▽手話通訳のスペースの整備(聴覚障害者と手話通訳が対面でき、手元や表情が見えるよう光の当たる場所など)▽セットリストの共有▽手話通訳分のチケット無料化などを交渉しているが、ハードルは高いという。

「情報保障として、聴覚障害者が聴者と同等の情報を得るために通訳が必要だと説明をしますが、チケットが無料化したことは10年間で数回しかありません。通訳のチケット代の自己負担は難しいと、コンサートの参加自体を諦めた方にもたくさん出会ってきました。プロモーター(主催者)によって手話通訳手配の対応が分かれており、事業者側の足並みが揃っていないというのもあります」

「世界観が壊れてしまう」という考え、舞台でも以前は多かったが…

民間の事業者の「合理的配慮」の提供は、障害者差別解消法の改正により2024年4月から法的義務となる。2022年5月に施行された障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法でも、情報を得る手段を障害に応じて選択したり、時間差なく情報を得たりできるように施策を進めることが国や自治体の責務となり、国などの施策への事業者の協力は努力義務とされた。

障害者の観劇等の環境向上を推進するNPO法人「シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)」理事長の廣川麻子さんは、これらの法をきっかけに「障害者の情報保障やアクセシビリティの認識が社会全体に広まってほしい」と話す。

廣川さん自身もろう者で、TA-netでは舞台手話通訳のコーディネートや人材養成などを行ってきた。最近では日本財団が主催する、障害のあるアーティストたちとつくるイベント「True Colors Festival THE CONCERT 2022」などでコンサート手話通訳のコーディネートにも携わった。 

「そもそも、障害者がエンターテインメントを楽しむことが想像できない人が多いのだと思います。手話通訳を入れても、聞こえる人たちの楽しみが損なわれるわけではありません。舞台でも、手話通訳が舞台や舞台袖に立つと邪魔になる、雰囲気や世界観が壊れてしまうという考え方が以前は多かったです。しかし実際に立ってみると、作品の世界に溶けこみ、聴者の観客・制作者からも評価を得て、一部の小劇場などで導入の動きが始まりつつあります」

NPO法人「シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)」理事長の廣川麻子さん
NPO法人「シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)」理事長の廣川麻子さん
提供写真

手話と字幕、両方が必要な理由

情報保障として必要なのは手話通訳だけではない。「聴覚障害者」とひとくくりに言っても、日本手話を母語とするろう者もいれば、手話をしない難聴者などもいるため、必要とする情報保障はそれぞれ異なる。字幕や文字通訳の導入も課題の一つだ。

「難聴や補聴器を使って音がわずかでも聞こえる場合、字幕や文字通訳を見る方が良いという人もいるでしょう。ただ、文字情報は意味を掴むことができても、その場の雰囲気や話し手の感情の起伏までを表現することはできません。一方で手話は、リアルタイムで歌の大きさやニュアンス、スピード、MCの語り、ファンの反応、会場の臨場感などを共有することができます。両方の選択肢を企業側が用意することが理想です」 

音楽コンサートでも「まずは事例を作っていくことが大事。聴者の思い込みで進めるのではなく、聴覚障害の当事者の意見を広く聞くべき」だと廣川さんは指摘する。コンサート手話通訳の導入が進まない背景には「コスト」も考えられるというが、事業者に対してはこう提言する。

「合理的配慮をする上では、コスト面も一つの課題だという考えもありますが、手話通訳にかかる費用は、コンサート全体の予算に対して大きな割合を占めるものではありません。

企業側は手話通訳を導入すると、会場内のスペース確保、音源や歌詞、セットリストの提供などの対応が負担に感じられるのかもしれません。ですが、コンサートでは、音響、照明、メイク、衣装といったように、役割ごとにチームが分かれ協働しています。手話通訳もその一つのチームとして、コンサートを作る上で欠かせない役割だと認識することが必要ではないでしょうか」

(取材・文=若田悠希)

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