<あわせて読みたい>【決定全文】最高裁はなぜ、性別変更の生殖機能をなくす要件を「違憲」としたのか
トランスジェンダー当事者が戸籍上の性別を変える際、生殖機能を失わせる手術を必要とする「性同一性障害特例法」の「生殖不能要件」ついて、最高裁大法廷の裁判官15人が全員一致で違憲と判断した。
一方、変更する性別の性器に「近似した外観を備えていること」を定めた「外観要件」については、審理を尽くしていないとして高裁に差し戻した。
今回の決定には、3人の裁判官から反対意見が出され、いずれも「生殖不能要件」だけでなく「外観要件」も違憲だと指摘した。
3人の裁判官は、どんな意見を述べていたのか。それぞれが言及した内容を振り返る。
三浦裁判官「自称で公衆浴場の利用が許されるわけではない」
三浦守裁判官は「外観要件」について、「性別変更審判を受けるためには、原則として外性器除去術等を受けることを要求するものということができる」と指摘。
「治療としては外性器除去術等を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、外性器除去術等を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するもの」だとして、「身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されないというべきである」と述べた。
また、公衆浴場などの場で社会生活上、混乱が生じる可能性があるという見方が、「外観要件」の目的として考えられるとした。
これについて、三浦裁判官は「性同一性障害者は、治療を踏まえ医師の具体的な診断に基づき、身体的及び社会的に他の性別に適合しようとする意思を有すると認められる者であり、そのような者が、他の性別の人間として受け入れられたいと望みながら、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的ではない」と主張。
「(外観要件を定めた)5号規定がなかったとしても、性同一性障害者の公衆浴場等の利用に関して社会生活上の混乱が生ずることは、極めてまれなことであると考えられる」と指摘した。
一方で、「外観要件」がない場合に「身体的な外観に基づく規範と法的性別との間にずれが生じ得ることについて、(公衆浴場などの)利用者が不安を感じる可能性があることは否定できない」とも言及。
だがその場合でも、身体的な外観の特徴に基づいて男女の区分がされるよう、必要に応じて条例の基準や公衆浴場の事業者による措置を定めるなどの方策で対応できると指摘。「現在と同様に利用者が安心して利用できる状況を維持することは十分に可能と考えられる」としている。
三浦裁判官は、「外観要件」がなければ、男性の外性器がある人が、「心の性別が女性だ」と主張して女性用の公衆浴場などに入ってくるという言説についても触れた。
これに対し、「(外観要件を定めた特例法の)5号規定がなかったとしても、単に自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない」と強調。
「その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである」と述べた。
また、トイレや更衣室の利用に関して、「男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用のトイレ等に入ってくる」という言説についても取り上げた。
三浦裁判官は「トイレ等においては、通常、他人の外性器に係る部分の外観を認識する機会が少なく、その外観に基づく区分がされているものではないから、5号規定がトイレ等における混乱の回避を目的とするものとは解されない」と言及した。
トイレ利用をめぐる議論が「外観規定」による制約を必要とする合理的な理由にはならない、と結論づけている。
草野裁判官「『異性の性器を見せられない利益』が損なわれる可能性は極めて低い」
草野耕一裁判官は、「外観要件」の合憲性・違憲性を考える上で留意すべき点として、以下の2点を挙げた。
①全人口に占める性同一性障害者の割合は非常に低い。さらに、「外観要件」を満たしていない当事者のうち、性器を露出したままで行動することが許容される公衆浴場のような区域(許容区域)にあえて入場し、そこで自らの性器を他の利用者に見えるように行動しようとする者はもっと少ない
②全ての「許容区域」は、これを公衆向けに提供することを業として行う者の管理下にある。管理者は、利用者が有する「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれることのないよう細心の注意を払うとともに、定められた利用規則の内容を周知することが期待できる
こうした点を踏まえ、草野裁判官は「5号規定が違憲とされる社会であっても、『意思に反して異性の性器を見せられない利益』が損なわれる可能性は極めて低い」上、「性別適合手術を受けることなく性別の取扱いの変更を受ける利益が与えられるのであるから、同人(「外観要件」を満たさない当事者)らの自由ないし利益に対する抑圧は大幅に減少する」と述べた。
宇賀裁判官「過酷な選択を正当化するほどのものとはいえない」
宇賀克也裁判官は「外観要件」に関して、「男性から女性への性別変更審判を求める者の場合には通常は手術が必要になるところ、その手術も、身体への侵襲の程度が大きく、生命・身体への危険を伴い得るものである」と強調した。
手術が不要な場合であっても、この要件を満たすために行われるホルモン治療も重篤な副作用が発生するリスクを伴うものだとして、「外観要件」も「生殖不能要件」と同じように、「性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける権利と身体への侵襲を受けない自由との過酷な二者択一を迫るものである」と指摘している。
外観要件を廃止した場合に社会に生じ得る問題は「慎重に考慮すべき」とした一方で、「過酷な選択を正当化するほどのものとまではいえないように思われる」と主張。反対意見を述べた三浦・草野両裁判官に同調する姿勢を示し、高裁に差し戻さずに申立人の性別変更を認めるべきだと述べた。