出生直後に誘拐され、親元から引き離された男性が、42年ぶりに母親との再会を果たした。抱き合い、涙を流して喜ぶ親子の姿が海外メディアで報じられ、多くの人の心を捉えている。
青いスーツを着たジミー・リッペルト・タイデンさんは8月中旬、花束を手に、生みの親でありチリのバルディビアで暮らすマリア・アンジェリカ・ゴンザレスさんのもとを訪れた。妻と2人の娘も同行した。
ゴンザレスさんに近づくと、タイデンさんは「ママ、こんにちは」と呼びかけた。
42年前、母は出産した病院で、子どもは死亡したと告げられていた。亡くなったと思っていた息子を前にして、ゴンザレスさんは両手で目を押さえ、号泣した。
タイデンさんはゴンザレスさんを抱きしめ、スペイン語で「心から愛しています」と伝えた。
親子に何があったのか
ロイター通信によると、タイデンさんはチリの故アウグスト・ピノチェト元大統領が率いる軍事独裁政権時代に、チリの首都サンディエゴの病院で誕生。その後、何者かに誘拐された。
未熟児として生まれたタイデンさんは保育器に入れられ、母親は先に自宅に帰された。母親がタイデンさんを迎えに戻ると、病院関係者は赤ん坊が死んだと告げたという。
「母が息子を埋葬しようと私の遺体を要求したとき、病院側はすでに処分したと言って、引き渡しも拒否したのです」とタイデンさんは証言する。
タイデンさんはその後、アメリカ・バージニア州の養父母に育てられた。養父母もまた、彼には身寄りがないと聞かされていたという。現在、タイデンさんは刑事事件の弁護士を務めている。
CBCなどによると、2人の再会はNGO「Nos Buscamos」などの協力によって実現した。同団体は、タイデンさんのように1970〜80年代に新生児の時に人身売買の目的で誘拐され、海外へと養子に出されたチリ出身者を親族と再会させるための活動に取り組んでいる。
団体の仲介によって、これまでに約400人が家族との再会を果たしているという。
創設者のコンスタンサ・デル・リオさんは、タイデンさんのケースは「独裁政権時代以降に何百、何千とあった子どもの人身売買の一つ。子どもたちは死んだとされ、1万ドルか1万5千ドルで外国人に売られた」と話す。
タイデンさんが同団体を知ったのは、カリフォルニア州の男性がチリの家族と再会したというニュースを妻が見たことがきっかけだった。
当初、タイデンさんはDNA鑑定をためらっていた。だが自身が双子の赤ちゃんを亡くしたことから、生みの親の心情を想い、鑑定を受けることを決めたという。
「私は刑事弁護の弁護士なので、当初は自分のDNAを何かに委ねるという気になれませんでした。でも、もしこの世にあの(子を亡くす)苦悩を味わった女性がいるのだとしたら、私が生きているという真実を否定したら、自分は加害者と同じになってしまうと思ったのです」
再会後、ゴンザレスさんは「神からの奇跡です。彼が生きていると知った時、信じられませんでした」とUSA TODAYに語っている。
多くのメディアで再会を報じられ、世界中から注目を集めたタイデンさん。チリ政府と養子縁組が積極的に行われた州に対し、より多くの再会を実現するための支援を求めている。