スペースデブリ(宇宙ゴミ)問題が深刻化している。地球の軌道上には今、使われなくなった衛星やロケットなどの残骸が約3万6500個(※)あり、秒速約8kmというスピードで宇宙空間を行き交って運用中の宇宙機や衛星を脅かしているという。
このデブリの除去を含む軌道上サービスを専業としている世界初の民間会社が、日本にある。2013年に設立したアストロスケールは、2021年に民間で世界初のデブリ除去技術実証衛星を打ち上げ、模擬デブリの捕獲や誘導接近の実証に成功した。
「開発や実証を進めていき、2030年にはデブリ除去が当たり前になっているという状態を目指します」
そう意気込む同社CEOの岡田光信さん。旧大蔵省(現在の財務省)からソフトウェア事業、そして宇宙開発と、異色のキャリアを築いてきた彼が描く、未来を作る仕事とは。
(※)2023年時点で存在すると推測されている10cm以上のスペースデブリは約3万6500個で、1cmから10cmのデブリは、およそ100万個。
スペースデブリで人間の生活は成り立たなくなる?
──宇宙と聞くと遠い世界の話に思えますが、スペースデブリがもたらす宇宙環境の悪化は、私たちの日常にどんな影響を及ぼすのでしょうか?
岡田光信(以下・岡田):私たちの暮らしは宇宙がないと本当に成り立たちません。たとえば、車、船、飛行機の交通管制、天気予報はもちろん、台風、地震、火山噴火などの災害監視も、漁業における魚群探知も、通信も、衛星技術によって成り立っています。
地球の経済圏と宇宙は切り離して考えるべきではないのです。
──そんな恩恵を与えてくれている宇宙を人間がゴミだらけにしてしまっているんですね。スペースデブリと衛星の衝突事故も増えているようです。宇宙を持続可能に使うためにも、人間が地上で享受するサービスを制限して、衛星を飛ばすのを止めよう、という議論はされていないのでしょうか?
岡田:今は、地球上に網を張り巡らせるよりも、宇宙の衛星から情報を得る方が精度が高く、コストも抑えられて便利なんです。それから、SDGsは17のゴール・169のターゲットから構成されていますが、それを達成するためには、少なくとも約4割は宇宙が持続利用可能でないと実現しないと言われています。
いい例があります。60年代ごろ、国中に高速道路が敷かれて車の台数が一気に増え、交通事故、渋滞といったトラブルも相次ぎました。これは深刻な社会問題でしたが、「みんな運転をやめましょう」とはならなかった。道路交通法を改正し、道路交通情報を整え、ロードサービスが提供されるようになりました。
衛星にとっての軌道というのは、車にとっての高速道路みたいなもので、それをいかに環境と開発のバランスをとりながら成長させていくかが求められます。
今、高速道路で車がレッカーされていきました、なんてよくある光景でいちいちニュースにならないですよね?(宇宙のデブリ除去も)目指すべきはその状態です。
宇宙を知って、唐突に終わった「中年の危機」
──そもそも、岡田さんがアストロスケールを設立された経緯は?
岡田:私は最初、大蔵省で働き、コンサルティング会社を経て、ソフトウェア業界にいました。でも40歳になる前に、いわゆる「中年の危機」というものに見舞われたんですね。自分がやっていることって、本当にこれでいいのだろうか? と悩み始めた。
そんな中、そういえば子どもの頃は宇宙に興味があった、と思い出し、宇宙の学会に3つほど出てみたんです。新型ロケットや月面探査の話をしているのかと思いきや、話題になっていたのがスペースデブリ問題でした。
深刻な課題なのに、誰も解決策を見つけられていなかった。私はソフトウェアの会社をしながら、もっとビジネスをスケールさせるためにはハードウェアを絡めた「何か」が必要だとずっと悩んでいたのですが、スペースデブリ問題を知って「これだ」と思いました。宇宙のゴミを掃除する会社をやろうと。そう思った瞬間に目の前がパッとひらけて、私の中年の危機は唐突に終わりました(笑)。その1週間後に作ったのがアストロスケールです。
私が会社を設立した当初、スペースデブリ除去事業に関して多くの人が「そんなことができるわけがない」「頭のおかしいやつだ」という反応でした。今年5月のG7でスペースデブリ問題が取り上げられていたのは、隔世の感がありましたね。デブリ除去を含む軌道上サービス専業の私がIAF(国際宇宙航行連盟)の副会長を拝命するくらい、スペースデブリ問題の深刻さが世界共通の認識になってきています。
霞ヶ関は「個人の情熱」では絶対に動いてくれない
──アストロスケールはインパクトスタートアップ協会にも加盟されていますが、どんなシナジーを期待していますか?
岡田:何百、何千という社会課題があったら、何百、何千というスタートアップがソリューションを持つべきだというのが私の考えです。社会課題はどんどん多様化し、それを国や自治体が全て負う予算もなければ人材もないというのが現実。国や自治体を通すと効率が悪くてサービスの質も低下してしまうことが多いですから、民間がもっとフレキシブルに、早く動いていかなければなりません。
社会課題って、グローバル、国、地域ごとにいろいろありますよね。たとえば一つの地域で、教育や空き地利用、ヘルスケアなどに取り組んでいたとして、広く展開しようとした時に別の地域は窓口や管轄が異なったりする。そんな時、インパクトスタートアップ協会のような横のつながりがあれば整理できる可能性が高くなると期待しています。
──国・民間の担うべきところの線引きをかなりシビアにご覧になっていますね。
岡田:私が役所にいてよかったなと思うのは、政策というものは普遍性や整合性やプロセスが必要で、「現場の情熱」を伝えられても動くことができないと学べたことです。
国の担うべきところは、スペースデブリ問題でいえば、例えば、国際基準を議論するなどといった「ルールづくり」の部分です。国に「ここからはお願いします」と言えるよう、民間でやるべきところはやるべきだと思います。
あなたの「あるべき姿」はググっても出てこない
──キャリア形成、働き方に悩む人は多いと思いますが、アドバイスはありますか?
岡田:情報、技術、人に、誰もがますますアクセスしやすくなっているのが令和。だから、私も皆さんも本当にいい時代に生きていると思います。
私が「課題方程式」と呼んでいるものがあります。「課題=あるべき姿−現実」というものです。「あるべき姿」をどう描くかによって、対処すべき課題は変わってきます。
以前、ある高校で講演をしたらサインを求められました。その生徒さんは陸上部で、「目指せやり投げ25メートルと書いてほしい」と言いました。私が何気なく「インターハイの記録ってどれくらいですか」と聞いたら、52メートルだという。じゃあ、と思って「目指せやり投げ55メートル」と書いたんです。そしたら彼女がボロボロ泣いてしまって。多分彼女は、自分がインハイ記録を目指していいんだとその時初めて思ったのでしょうね。
「あるべき姿」は誰もが自由に設定していいものです。それは本にも書いてないしググっても出てこないもので、皆さんの心の中にあるユニークでオリジナルなもの。ロジカルに考えるのではなく、くらしの中で困ったとか、映画を見て泣いたとか、そういう直感的なものに、たくさんのヒントがあります。
そしてその「あるべき姿」は、人から笑われるくらいがちょうどいいと私は思っています。未来を作る仕事っていうのは、そういうものじゃないでしょうか。