メジャーリーグ・エンゼルスの大谷翔平選手が7月5日、29歳の誕生日を迎え、Twitterでは大谷選手を祝福するツイートが数多く寄せられ、「#大谷翔平生誕祭」のハッシュタグが盛り上がりを見せました。
大谷選手の地元・岩手県のNHK盛岡放送局は「ハッピーバースデー 大谷さ~ん、ずっと見てきた私たちにとっては県営野球場で160キロを出したのが11年も前だなんて...ずっとワクワクドキドキをありがとう✨」とツイートし、祝福しました。
大谷選手の幼少期から現在までの歩みを懐かしの写真とともに振り返ります。
■“スーパースター”の幼少期
エンゼルスの試合中継を担うアメリカの放送局「バリースポーツ・ウエスト」は2022年5月、「母の日」に合わせてTwitterで幼少の頃の姿を公開しました。
写真は幼稚園の「入園式」の際のもの。黄色い帽子をかぶり、制服に身を包んだ初々しい表情の大谷選手と母の加代子さんとのツーショットが収められています。
この頃はまだあどけなさが残る一人の少年が、のちに“投打の二刀流”で、野球界そして世界を驚かすスタープレイヤーになるのです。
MLBは6月18日、父の日にも大谷選手の懐かしの写真を公開。公式インスタグラムで大谷選手と父の徹さんとのツーショット写真を投稿し、「大谷翔平が2人いるのかと思った」「そっくりすぎ!」と大きな反響を呼びました。
■花巻東高校時代
高校時代は花巻東高校の選手として全国にその名を知られていた大谷選手。
2012年の春のセンバツ高校野球1回戦では、当時大阪桐蔭高校の3年生だった藤浪晋太郎投手(現アスレチックス)からソロホームランを放ちました。
ところが、大谷選手にとって“最後の夏”となった3年夏は岩手大会の決勝で盛岡大付属高校に敗れ、2012年夏の甲子園に出場することは叶いませんでした。
決勝では毎回15三振を奪いましたが、8回2/3を投げて9安打5失点を喫しました。
その後、大谷選手はプロ志望届を提出したものの、高校卒業後のメジャー挑戦を見据えていました。
■「恩師」と出会った北海道日本ハム時代
メジャーへの思いを当時から強く抱いていた大谷選手に“ラブコール”を送り、日本球界に導いたのは北海道日本ハムファイターズでした。
大谷選手をドラフト1位で指名。その後球団は「大谷翔平君 夢への道しるべ」と題した資料を作成してまで大谷選手と交渉に臨み、大谷選手は入団を決意しました。
当時監督だった栗山英樹さんと笑顔で握手を交わし、プロ野球選手としての人生をスタートさせました。栗山さんと写っている写真のえときが別の場面のもであります。
二刀流の礎を築いたのはこの北海道日本ハム時代。
投手と野手の二刀流に挑戦し、打者では先頭打者ホームランを放ち、投手では日本球界最速の165キロをマークするなど、日本中から注目を集め、やがて海を渡りました。
本人も「恩師」と語る栗山さんの存在。
その後、日本代表監督と中心選手という立場で共に戦った2023年のWBCは人々の記憶に新しく、アメリカとの決勝戦では9回に最後のマウンドに立ち、日本代表を歴史的な優勝に導きました。
「栗山さんを世界一の監督に」。まさにそれが実現した瞬間でした。
■エンゼルスでの躍動
2018年にエンゼルスに移籍すると、2021年には投打二刀流の活躍でシーズンMVPに選出されるなど、目覚ましい活躍で瞬く間にMLBのスーパースターになった大谷選手。
今シーズンはホームランを量産し、現在はアメリカン・リーグの本塁打王争いでトップに立っています。2023年シーズンからはエンゼルスの打者がホームランを打つとベンチで日本の「兜」を被るパフォーマンスが人気を博しています。
今や世界中から熱視線が注がれている「Shohei Ohtani」のプレー。
日本時間12日に行われるMLBオールスターゲームへの出場も見込まれています。
今後の活躍がますます楽しみです。お誕生日おめでとうございます🎉