「女性や若者がキャリアを継続していく環境が整っていない。家族を持つのも、子どもを育てるのも苦労する」
「結婚・出産した頃に一気に仕事がなくなりました」
「出産育児をしながらステップアップできるのか不安です」
日本映画界のジェンダーギャップや労働環境、キャリアをテーマにしたシンポジウム「女性映画人で語り合う、日本映画のこれから〜映画界のキャリアパス編〜」が6月下旬、都内で開かれた。
シンポジウムには、映画の制作現場で働く4人が登壇。それぞれのキャリア変遷や今も抱える悩みからは、女性が働く環境が整備されておらず、支援も不十分な映画界の実態が浮かび上がってきた。
女性4人の実体験
シンポジウムを主催したのは、日本映画界のジェンダーギャップ・労働環境・若手人材不足を検証、課題解決するために調査及び提言を行う非営利団体「Japanese Film Project(JFP)」。同団体のこれまでの調査では、映画界のジェンダー格差は大きく、教育の場から制作現場、著名な映画賞に至るまで、その多くで男性中心的な傾向が明らかになっている。
登壇者の一人である、映画監督の西川美和さん(『永い言い訳』『すばらしき世界』など)は、是枝裕和さんらとともに、制作支援や労働環境保全などを求める「日本版CNC設立を求める会/action4cinema」で活動している。
西川さんが映画業界に入ったのは20年以上前。当時と今の労働状況や、自身の意識の変化を比較しながら、こう述べた。
「親の死に目に会えない、覚悟がいる仕事だと思ってきたし、そういう感覚で働いている人が多い業界。寝れないこと、賃金が安いことに疑問を持ってきませんでした。面白い映画を撮ればいいと思ってきたし、周りもそう言っていた。でも、コロナがきっかけで立ち止まりました。
今、現場の6割は自分より若い人たち。話を聞くと、表情が暗いんですよね。自分が若かった頃よりさらに低予算の映画が増え、働き方は過酷なまま。私が業界に入った頃は女性は1割ほどでしたが、今は増えました。でも女性や若者がキャリアを継続していく環境は整っていない。家族を持つのも、子どもを育てるのも苦労する。これは女性だけじゃなく映画界全体の問題です。今がこの問題を考え、変えていく最後のチャンスだと思っています」
他の登壇者からも、出産・育児とキャリアの両立を阻む壁について意見が交わされた。映画やドラマの性的なシーンの撮影サポートをするインティマシー・コーディネーター(IC)の浅田智穂さんは「数年前、結婚・出産した頃に一気に仕事がなくなった」と実体験を話した。
「フリーランスでの通訳の仕事で、妊娠を伝えると、前から決まっていた仕事でも『あなたがもし来れなくなったら現場はどうするんだ』とキャンセルされたことがありました。出産後は焦りがあって、子どもが10カ月の時に復帰しましたが、幼稚園に上がった頃には仕事を減らさざるを得ませんでした。
コロナで通訳の仕事がなくなった頃にICの資格を取り、今まで30本ほどの作品に関わってきました。ICの仕事で大事にしてるのは“同意”について。演出や肌の露出に関して、俳優に強制・強要はしない、NOと言える環境を作る。最初は現場で敵視されましたが、今は同意の重要さが理解され始めていて、変化を実感しています」
助監督の石井千晴さんは、テレビの制作会社でのアシスタントディレクターを経て、今はフリーランスで助監督をやっている。
「1歳から小学生までの子どもが3人います。子どもを生んで仕事で呼ばれなくなったら仕方がないという心づもりでしたが、上の子が生後8カ月の時に、ドラマの仕事をもらい復帰しました。収入でも日々の生活でも、家族の理解と支えがなかったら助監督を続けるのは難しかったです」
日英のバイリンガルを生かし国内外の作品にアシスタントプロデューサー(AP)として参加する関口海音さんは、登壇者の中で最年少。今後のキャリアについて不安を口にした。
「キャリアを始めた2018年頃は、Netflixなどの動画配信サービスが参入し始めた時期で呼んでもらう機会が多かったです。滑り出しは上々でしたが、コロナで仕事が一気になくなりました。
その中で結婚や出産について考える機会が増えました。今海外のクルーと働いていると、子育てしながらのオンライン会議は当たり前の光景。こういうふうに続けられる可能性があると思う一方、日本の境遇では、出産や育児をしながら今後プロデューサーとしてステップアップできるのか不安です」
求めるのは「時間・賃金・健康・休み」
4人のキャリア変遷からは、不規則かつ長時間の労働、低賃金、またフリーランスのため不安定な就労状況が伺える。こうした実態を改善するため、登壇者が今の映画業界に強く求めるものとして、「(適切な労働)時間・賃金・健康・休み」などがあがった。
4人全員が「これらの課題は繋がりあっている」と述べ、APの関口さんは、休みを申請しづらい現場の雰囲気や、「上の人が休むかどうかで自分の休みが決まる」実態があると明かした。
西川さんは「限られた予算の中でどうスケジュールを組み、休みを作るかは、意思決定権のある監督やプロデューサーの差配次第」だと指摘する。
撮影期間には「撮影が休みの日=撮休」が設けられることもあるが、撮休の日もロケハンやオーディション、衣装合わせなどの撮影準備に関わる多くの人が実労働をしている。このことから、「1週間で、最低でも撮休1日・完休1日の2日とるべき。たとえば韓国では、撮影時間の週の上限は52時間と決まっていて、超過すると違反になる。日本でも罰則付きのルールが必要」だと西川さんは話す。
労働時間やハラスメントのガイドラインができるも、強制力なし
日本の映画業界では、働き方改革の対応に追われている。
日本映画製作者連盟(略称・映連/松竹、東宝、東映、KADOKAWAの大手映画会社が加盟)ら3つの業界団体は、労働環境の改善を目的に日本映画制作適正化機構(映適)を設立。4月から、労働時間やハラスメント対策、契約内容、予算などに関するガイドラインが策定され、これを順守した環境で作られた作品には、「映適マーク」が付与されることになった。
これまで映画業界の労働環境に関する統一したルールがなかったため、映適のガイドライン策定は転換点になった一方、今後の運用や実効性については改善点を指摘する声も多い。西川さんもその一人だ。
「申請は任意で、映適マークが付与されていない作品だからと言って映画館で上映できないなどのペナルティはないため、強制力がありません。マークをもらうには、認定審査料を払う必要があり、その上で勤怠管理やハラスメントの防止措置など、これまで以上に業務量が増えます。これを映適がバックアップしてくれるわけではなく、すべてが現場任せ。日本では年間600本近くの作品が作られており、包括的に現場を守っていくにはお金と人が必要です」
西川さんが所属するaction4cinemaでは、映画業界の共助制度の構築として、フランスの映画産業を潤沢な資金力で支える「CNC」(国立映画映像センター)の日本版の設立を求めている。
フランスのCNCでは、映画館で観客が支払うチケット料金、さらに映画を放送するテレビ局やNetflix等の動画配信サービス会社などから収入の一部を徴収し、それを助成金として業界全体に資金を還元する、共助の仕組みが成り立っている。
西川さんは、「日本でも、映画界で上がった利潤を業界内で循環させ、制作や映画館支援、人材育成、ハラスメント防止に繋げていく仕組みが必要です。映適をこれからどう機能させていくか。制作現場で働く人たちからも意見を発信して、変化を求めていかなければ」とも訴えた。
(取材・文=若田悠希 @yukiwkt)