「アジア系活躍」はうわべだけ? かつて「本物の日本人じゃない」と言われた在日コリアンの俳優の問い

【インタビュー】米ドラマ『パチンコ』に出演する朴昭熙(パクソヒ)さん。出演は人生の転機となった一方で、在日コリアンを描く上での課題も感じているという。
俳優の朴昭熙さん
俳優の朴昭熙さん
KAORI NISHIDA/西田香織

「アジア系活躍」。アメリカのハリウッドでは、この数年の間でアジアにルーツのある俳優や作品がアワードを盛り上げ、日本でもこうした取り上げ方が増えている。

しかし、その中で取りこぼされている人たちはいないだろうか。在日コリアンで、現在はアメリカを拠点に活動する俳優の朴昭熙(パクソヒ)さんは、風向きの変化を感じる一方で、うわべだけの変化に留まってはいけないと、実体験をもとに話す。

在日コリアン一族4世代を描いたドラマ『パチンコ』などに出演する朴さんの現在の俳優名は「ソウジ・アライ」。日本風に芸名を変えた理由や、『パチンコ』での「闘い」の話からは、ハリウッドの多様性をめぐる課題が浮かび上がった。

移住まもない頃、ハリウッドで衝撃を受けた一言

「『パラサイト』『ミナリ』『パチンコ』ときて、その変化を肌で感じています。周りのアジア系の俳優からも、これまで単発だったのがシリーズ通して出演になった、という話をよく聞くようになりました。

大きな意味では今は転換点。ですが、キャラクターや人種、文化的な描写などではまだまだ課題があります。特にセリフ翻訳の問題も大きく、英語話者が制作者の場合は、セリフが英語から日本語に翻訳された上で台本が渡されますが、理解が足りてないなと思わせられることも多いです」

『パチンコ』の他にも、Netflixの『コブラ会』、アメリカのHBOと日本のWOWOWが共同制作した『TOKYO VICE』などの注目作にも出演する朴さん。今から10年ほど前、日本で演劇を中心に俳優活動をした後、2012年にアメリカに拠点を移した。

KAORI NISHIDA/西田香織

オーディションが主流で、実力主義のハリウッドは自分に合っていると感じた。しかし、「朴昭熙」の名前では日本人役のオーディションを受けることさえできない時期が続いたという。

「書類審査の段階で、本名で役者名でもあった『朴昭熙』と書いたら、『あなたは“オーセンティックジャパニーズ(本物の日本人)”じゃないので、日本人役はできない』と言われました。移民国家でこんなことを言われるのかと衝撃を受けましたし、オーセンティックという言葉が本当に嫌いになりました」

当時はハリウッド全体で、アジア系の俳優の起用が増える前だった。朴さんは「名前は大切なアイデンティティ」と考えてきたが、「朴昭熙」という名前の背景やルーツを知ろうともしない制作陣に、差別的な対応をとられることもあった。悩み抜いた末、朴さんは2016年、芸名を「ソウジ・アライ」に変えた。

父方が通名として使っていた「新井」と、「昭熙(ソヒ)」をよく言い間違えられる「ソウジ」をあえて使った芸名。名前を変えることは身を切られるような思いだったが、俳優を続けるための決断だった。

「日系のコミュニティ意識は薄く、個人主義に陥りがち」

朴さんによると、在米のアジア系の中でも特に韓国系や中国系コミュニティは結束力もあり、ハリウッドでの存在感を高めている。一方で、日系同士の情報交換や交流の場は少ないという。

「他のアジア系コミュニティは、文化人や俳優、ジャーナリストでサポートしあったり、自分たちでイベントやアワードを開催したりしています。ですが、日系のコミュニティ意識は薄く、個人主義に陥りがちです」

KAORI NISHIDA/西田香織

朴さん自身、「連帯して変えられることもある」と考え行動してきたが、在日であるが故に一部の日系の集まりからは風当たりの強さも感じてきたという。それでも「自分からコミュニケーションをとるようにしている」と朴さん。今春にロサンゼルスで行われた、日本文化を発信する外務省の海外拠点事業「JAPAN HOUSE」が主催するイベントには自ら赴いて主催者と話をした。

「ハリウッドのダイバーシティについて議論するイベントで、自分は招待されなかったのですが、一般客として参加してきました。パネリストにはミックスルーツの人はいましたが、在日の僕が参加することで、ダイバーシティにもう一つのレイヤーを加えられたと思うんですけどね。主催者と話せたので、今後は呼んでほしいし、シェアできる経験や問題意識はたくさんあると伝えました」

Unforgettable Galaでの『パチンコ』受賞スピーチでは「ありがとうございます」と日本語で挨拶。「日系の存在感が薄く、また本作は在日、つまり日本の話だとアピールしたかった」と朴さん
Unforgettable Galaでの『パチンコ』受賞スピーチでは「ありがとうございます」と日本語で挨拶。「日系の存在感が薄く、また本作は在日、つまり日本の話だとアピールしたかった」と朴さん
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『パチンコ』は大きな責任が伴う作品

渡米して10年になろうとしていた頃に出演が決まったのが『パチンコ』だった。Apple TV +でシーズン1が配信中で、シーズン2の撮影も終わったばかり。原作は、韓国系アメリカ人の作家ミン・ジン・リーさんの同名小説で、自身と同じ在日コリアンの物語だ。後にも先にもない出会いだと直感し、オーディションには全力で挑んだ。出演は人生の転機となったが、一方で、撮影は「闘いの連続」だと率直な思いも語る。

韓国系アメリカ人の作家ミン・ジン・リーさん作の『パチンコ』。全米図書賞最終候補になるなど高い評価を得た
韓国系アメリカ人の作家ミン・ジン・リーさん作の『パチンコ』。全米図書賞最終候補になるなど高い評価を得た
KAORI NISHIDA/西田香織

『パチンコ』は、日本の植民地支配下であった1930年代に釜山から日本の大阪に移住した主人公ソンジャをはじめ、4世代の在日の人生史を描く。ドラマ版で中心になっているのは、ソンジャと、日本で生まれ、後にアメリカに留学し現地の銀行に就職した孫のソロモンの2人。ソンジャの若かりし頃の日本統治時代と、ソロモンが日本に帰ってくる1990年代前後の時代を、行ったり来たりしながら進む。

韓国とアメリカの著名な俳優が揃う中、朴さんは数少ない在日コリアンの出演者。日本で在日として生きてきたからこそ、作中で違和感のある表現に向き合い、制作陣にも意見を伝えてきた。

「アメリカで在日のことが知られていないからこそ、『パチンコ』での描き方次第で誤った認識が広がることにもなりかねない。大きな責任が伴う作品」だと考えるからだ。

ホワイトウォッシュへの抗議に感動。「でも今、同じことを…」

「在日」とひとくくりで言っても、世代によって生きてきた環境や、直面した困難や差別の経験は異なる。朴さん自身は3世だが、『パチンコ』で演じた主人公ソンジャの次男モーザスは2世。朴さんは「2世は在日の基盤を作った世代」であり、モーザスは『パチンコ』には欠かせない物語を背負っていると考えるが、そうした背景が、ドラマの制作陣には十分に伝わっていないと感じる時もあるという。

「分厚い原作の中から抽出し、ドラマでは3世のソロモンにスポットが当てられている。その一方で、原作では在日として奥行きのある描き方がされた2世のキャラクターが軽視されていないだろうか、と感じることも正直あります。『パチンコ』は在日の話なのに、制作陣に多い韓国人と韓国系アメリカ人に理解できる範囲の話にとどまっていないか。それには、制作の中枢に在日が少ないことも影響していると思います。

KAORI NISHIDA/西田香織

これは制作陣にも伝えたことですが、僕は在日としてロサンゼルスに来て、AAPI(アジア・太平洋諸島系アメリカ人)のムーブメントに感動しました。自分たちの存在感と文化を示して、ホワイトウォッシュに抗議した。でも今、同じことを在日という、『スモーラーマイノリティ』に対してやっているんじゃないか…それはあってはならないことだと思います」

俳優としての参加で、意見がすべて通るわけではない。でも「在日を裏切るような作品には絶対したくない」。朴さんは、そう力を込めて何度も口にした。

こうした様々な経験から、アメリカで在日が知られていないことを実感してきた朴さん。『パチンコ』でレッドカーペットを歩いた時、胸にひとつのメッセージを掲げた。

朝鮮半島と日本列島をかたどった手作りの「在日バッジ」
朝鮮半島と日本列島をかたどった手作りの「在日バッジ」
本人提供

ジャケットの襟の両側に、朝鮮半島と日本列島をかたどった手作りの「在日バッジ」をつけたのだ。「在日であることがアイデンティティ」と語る朴さんは、これからも、世界に在日のことを発信していきたいと意気込む。

「今、欧米では日本や韓国のカルチャーが好きな若者で、在日コリアンの歴史を学ぶ人が増えていると聞きました。『パチンコ』は、今後何シーズンと続く作品になるでしょう。在日コリアンのストーリーとして完結させ、アーカイブとして残しておくことで、後々の人たちが見ても価値のある作品になると思います」

KAORI NISHIDA/西田香織

(取材・文=若田悠希 @yukiwkt/ハフポスト日本版)

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