【インタビュー前編はこちら>>】藤崎彩織さんが親になって辿り着いた、「相手の抱える世界ごと大事にする」生き方
「どんな道に進んだとしても、子どもが守られる社会であってほしい」━。
バンド・SEKAI NO OWARIではSaoriとしても活躍する、作家の藤崎彩織さん。2017年末に第一子を出産したことで、自分が生きる社会に対する見方が変わったと語る。
直木賞候補にもなった小説『ふたご』(文藝春秋)を含め、書籍として4作目となる『ざくろちゃん、はじめまして』(水鈴社)は、藤崎さんの妊娠出産の経験や育児の日常を描いたエッセーだ。
メンバーやスタッフがほとんど男性という中で、子育てしながらアーティスト活動をすることの壁はあったのか。出産後、社会に対する眼差しはどう変化したのか。
藤崎さんにまっすぐな言葉で語ってもらった。
「性被害だった」大人になって気づいた
━『ざくろちゃん、はじめまして』では、産後に“脳みそを乗っ取った”女性ホルモンのことを「ホルちゃん」と呼ぶなど、藤崎さんならではの独創的な描写がふんだんに盛り込まれていました。文章を書くために心掛けていることや、習慣づけていることはありますか
他の人の面白いと思った話、誰かとうまくいかなくて悲しかったことやうれしかったことを、常にメモしています。一日2回以上はメモをとっていますね。
想像以上に自分の感覚は変わっちゃうので。一週間前には辛くて嫌だ嫌だと切羽詰まった状況だったのに、一週間たってキックボクシングした後に読み返したらそんな大したことでもないなと感じたり。
メモを見返すと、ずっと変わらずに悩み続けていることもあるし、気分がコロコロ変わっているものもある。なるべく色んな視点から自分を観察して、メモを遡って「私はこういう人間なんだな」って分析する癖は、10年以上続けています。
━前作のエッセー『ねじねじ録』(同)は、まさに悩んだり“ねじねじ”思いを巡らせる日々がつづられていますよね。中でも、日本の性教育の遅れについては「システムから変えていく必要がある」と書かれ、特に強い思いを持っていらっしゃるようでした
ここ数年、女性の人権などについて一気に耳に入ってくるようになったように感じています。その中で、「子どもの時のあの出来事って性被害だったんだ」と大人になってから気づくことがありました。
性被害もそうですが、生理や妊娠出産、性行為についても子どもの頃にきちんと知っておきたかった。
例えば、「妊娠の経過は取り扱わない」とする学習指導要領の「はどめ規定」があって、中学では性行為について教えていない問題がありますよね。
経口中絶薬の製造・販売がようやく承認されましたが、日本では10万円程度と報じられ、まだ高額です。
そのお金を負担できず、中高生の女の子が妊娠してしまうことがあるかもしれない。望まない妊娠が辛いニュースにつながっています。その背景の一つに、性教育の不十分さがあると思っています。
中学高校で性行為について学ぶこともそうですし、子どもの頃から自分の体を大切にすることを教わるのは当然の教育だと考えています。
親から「NO」と言われる練習を
━5歳のお子さん(エッセーでの呼び名は「隊長」)とも、性に関して話すことはありますか
夫と話し合って、子どもが2歳くらいの時から、プライベートパーツはお風呂で自分で洗うようにすることとか、同意なく他の人のプライベートパーツを触ってはいけないこと、触らせないことも教えています。
「そこまでしなくてもいいんじゃないの?」と夫から言われることもありました。ですが、性被害に遭った時、男性の方がより一層人に言い出しにくく、被害に遭ったことも気づきにくいと思っていて。被害に遭うだけでなく、性に関して教育を受けていないことで加害者になることがあるかもしれない。
子どもだから、母親のプライベートパーツを無邪気に触ってしまうこともあります。でも相手の許可なしにプライベートな部分を触るのは、相手が友達でも親でも、異性でも同性でも、誰だとしてもダメなんだと教えるようにしています。
家庭で親から「NO」と言われる練習ができれば良いなと思っています。
━性に関することのほかに、意識して子どもに伝えていることはありますか
子どもは男の子なのですが、例えば好きな色を決める時に、ピンクを選んでも赤を選んでも、何色でもいいんだよと伝えるとか、細かいことならたくさんあります。
他にも、結婚についても聞かれたことがあって。先日アニメ映画を観た時に、男の子のキャラクターがお姫様の女の子にプロポーズするシーンがあったんです。そこで子どもに「(自分も)いつか結婚できるの?」と聞かれて、「したかったらしてもいいよ。してもいいし、しなくてもいいんだよ」と言いました。
「でも女の子しかダメなんでしょ?男の子が男の子に『結婚して』はないんだよね」とも質問されました。子どもが観る作品の中に、同性愛や性的マイノリティって確かにほとんど登場しないですよね。
「大きくなる時には、男の子同士も結婚できると思うよ」「プロポーズする相手は、男の子でも女の子でもどっちでも良いんだよ」と伝えたんですね。そう答えた時、私たち大人がそうしていかないとダメだなという気持ちにもなりました。
「マイノリティであることが、人生の障壁にならないように」
━『ざくろちゃん、はじめまして』には、朝起きたらまず、ベッドの中でひと通りのニュースを読むというルーティーンに関しても書かれていました。出産を経て、社会の見方は変わりましたか
子どもが生まれたことで、世界を見る視点は変わったと感じます。例えば政治に関しても、自分だけの単位で見ると、「税金がどうなってもそこまで困らないかもな」と思うことも以前はありました。この政策、私にはそこまで関係ないんじゃないか、とか。
でも子どもがいると、「この子たちが生きていく社会がこれだったら嫌だな」っていう軸で考えるようになりました。
子どもがどんな仕事に就くのか、収入があるのかないのか。大きなけがや病気をして、働けなくなるかもしれない。いろんな道が考えられますよね。
そんな時に、どんな道に進んだとしても、子どもたちが守られる社会であってほしい。人生がうまくいかなくなった時に、もしくは社会の中でマイノリティになって悩んだ時に、それが大きな傷となって人生の障壁にならない世界になってほしい。
子どもがどんな人生を送っても、そこで幸せを見つけられるよう最低限の保障がある社会がいいと考えるようになりました。
━バンドメンバーとも、話題になっていることや社会に関することで意見を交わすことはありますか
メンバーとのそういう話は多いですね。4人で車に乗って仕事に行く時に、「こういう事件があったんだって」「それってこういう背景があるかもしれないよね」「この人の罪はどこまであるんだろうね」「国が違ったらこの人は罪を犯さずに済んだのかもね」とか、色んな視点で話します。
1〜2割の女性スタッフも居やすい環境にしたい
━メンバー4人のうち藤崎さんは唯一の女性で、かつ妊娠出産は初めてでした
今はLOVEさんもNakajinも子どもがいるのですが、当時は誰も子どもがいませんでした。
妊娠出産が何なのか、妊娠中のつわりの重さも体調の変化も、私を含め誰も分からなかった。「Saoriちゃん今大変な時期らしいよ」とお互いに声を掛け合って、一歩ずつ理解してもらった感じでした。
自分がどう思うかを私が話すことで、取り巻く空気がどんどん変わっていくように思っています。
例えば、スタッフの中に妊婦さんがいる時に、「Saoriちゃんがこうだったからこの人は今体調が辛いんじゃないか」「Saoriちゃんはこう言ってほしいって言ってたな」とか、メンバーやスタッフが気遣う雰囲気を作ってくれる。
相手の世界も大切にする空気が、できてきているんじゃないかなと感じています。年々チームのことがより好きになっていますね。
ライブスタッフのうち男性が8〜9割で、ほとんどが男性です。なので私が言い続けていくことで、女性のスタッフが居やすい環境でみんなで働けたらいいなと思っています。もちろん、単純に自分の居やすさを確立するためっていうのもありますが。
思いを伝える中で、たまに笑えないくらい喧嘩になっちゃう時もありますね。Fukaseくんに「Saoriちゃんのそういうところもうやだ」って言われて、私も「このわからずや!」って返すみたいな(笑)
━ジェンダーバランスの課題は音楽業界にもあると思います。その中で働くことの葛藤もありましたか
業界に限らずですが、10代〜20代前半は「女性は外見の美しさで価値が決まる」という感覚が自分の中にずっとありました。
どんなに頑張ってピアノを練習しても、どんなにいい曲が書けても、文章を書くのにどんなに努力しても、美しくなければ認められないんだ、と。
電車の広告でもそうですけど、二重(まぶた)にしよう、ムダ毛をなくそう、脂肪は吸引しようなどのメッセージにあふれていますよね。「女性の美しさとはこういうもの」という象徴的なデザインがあって、その枠に入れないと「劣等」なんだと。
女性は実力や能力ではなく容姿で評価されるんだという圧力のようなものを、ずっと感じていました。だから当時は、夢を追うのは男子の特権だとも思っていたんです。
でも30代になって、状況は少しずつ変わってきました。色んな挑戦をし続けるのは、男子だけの特権じゃないと気づいたんです。そういった「呪い」のようなものはなくなっていった方が、きっと幸せなんじゃないかなと思っています。
━『ざくろちゃん、はじめまして』は、多忙なアーティスト活動と同時並行の妊娠出産という特殊さもある一方で、「働く」「子どもを育てる」「子どもを育てながら働く人と一緒に働く」という、多くの人が当事者になり得る内容でもあります。どんな人に手に取ってほしいですか
もちろん、妊娠出産を経験した女性や今後する予定があるという女性に、同志として「私はこんなことがあったよ」と読んでもらいたいという気持ちはあります。
一方で、その予定が全くない人や男性、「妊娠出産って遠いな」って思っている人にこそ読んでほしいとも思っていて。
私自身、仕事もほとんど休まずやってきた側面と、親としての側面の二つを持っている。仕事のスケジュールがびっしりでそれがtoo muchなくらい大変なんだっていう気持ちも分かるので、今まさにそういう状況にある人が読んでも共感できる部分はあるんじゃないかなと思っています。
<取材・執筆=國崎万智、若田悠希/ハフポスト日本版>