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LGBTQ当事者への理解を広めるとしている「LGBT理解増進法案」の与党案の修正案が6月9日、衆議院内閣委員会で可決された。
法案では「全ての国民の安心に留意する指針を、政府が策定する」という条文が加わった。
一見、問題なさそうな内容だ。しかし有識者によると、この条文は「政府や自治体、学校などで『多数派が“安心“できる範囲』でしか理解を広げない」という解釈が可能になるという。
つまり、性的マイノリティ当事者への理解を広めるための法案が、実質的には「マイノリティよりも多数派への配慮」を求めることになり得るのだ。
LGBTQ当事者の人権保護を促進する国際団体『Pride7(P7)』日本実行委を構成する3団体は同日、会見して「自治体のパートナーシップ制度や差別を禁止する条例、学校でのLGBTQに関する教育などの取り組みを抑制する内容に後退しています。このままでは当事者が、不幸になってしまう」と警鐘を鳴らした。
ハフポスト日本版は、法案の問題点を検証した。
◆「理解増進法案」の修正内容は?
衆院内閣委で可決されたのは、自民・公明の案に、日本維新の会、国民民主両党の主張を取り入れつつ修正したものだ。立憲、共産、れいわ新選組は反対したが、今後、衆参両院の本会議で可決され、21日の国会会期末までに成立する可能性が高い。
2月の前首相秘書官の差別発言などがきっかけに議論が始まった。自民党議員が中心となり「差別は許されない」という文言を「不当な差別はあってはならない」に変更するなど、マイノリティの権利擁護面で後退を繰り返してきた。
今回の修正案の問題点を、会見の内容などをもとに5つのポイントにまとめた。
1.「全ての国民が安心して生活することができること」「政府は、運用に必要な指針を策定する」と明記
法案に「措置の実施等に当たっての留意」を新設。以下の文言を追加した。
第十二条 この法律に定める措置の実施等に当たっては、性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする。この場合において、政府は、その運用に必要な指針を策定するものとする。
実行委を構成する『LGBT法連合会』の神谷悠一事務局長は、「『全ての国民が安心して生活することができる』という言葉は、これ自体だけを見ると素晴らしいものです。ですがこれまでの経緯や『政府は、その運用に必要な指針を策定するものとする』という文言をつけることで、LGBTQに関する取り組みに制限をかけることができる、この法案の中で最も問題といえる部分です」と指摘する。
例えば、既に存在する各自治体のパートナーシップ制度や差別禁止条例に対し、住民や政治家から「安心できない」といった声が上がれば、抑制される可能性があるという。
この指針は、「法案に基づく、国、自治体、企業、学校のすべての取り組みに適用される」と国会で答弁されている。
実際に自民党の保守系議員らは、この法案を規制の道具ととらえているようだ。古屋圭司氏(衆院岐阜5区)は自身のブログで「この法案はむしろ自治体による行き過ぎた条例を制限する抑止力が働くこと等強調したい」。西田昌司氏(参院京都府選挙区)は自身のYouTubeなどで、LGBTQに関する教育について「規制するためにLGBT法案が必要だ」などと発信している。
2.「性自認」について「性同一性」(自公案)から「ジェンダーアイデンティティ」に変更
行政文書などで使われている「性自認」について、「ジェンダーアイデンティティ」に変更した。
自公案は「性自認はあくまで自称。自らの認識で性を決定できると解釈されれば、浴場や女性用トイレをはじめ、社会の混乱を招く懸念がある」といった誤った認識から「性同一性」としており、折衷案として提案されたとみられる。
神谷事務局長は「各自治体の文書や法案は現在『性自認』になっており、書き換えなくてはならないと受け止めます。その際に各自治体が、議論の過程をもとに性自認を『性同一性』に変えてしまう可能性すらあります」と懸念を示す。
3.性的指向・性自認に関して「国民の理解が十分でない」と明記
法案の第一条に、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解が必ずしも十分でない現状に鑑み」という文言を追加した。
神谷事務局長は「理解が十分でないから、取り組みはすべきではないと抑制したい意志が滲み出ています。例えば政治家が『国会での私たちの理解は十分ではないんです』と言った上で、『そこに合わせてください』と主張することにもつながると思います」と指摘する。
4.学校での教育や啓発について、「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ」と文言を追加
学校の設置者に対し、教育や啓発を行う場合について、 「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ」という文言を追加した。
文部科学省の学習指導要領は「異性愛」が学びの前提で、性の多様性には触れていない。この法案の議論でも、議員から「教育は必要ない」という言葉が繰り返された。
LGBTQ当事者の子どもたちは困難に直面することが多く、認定NPO法人『ReBit』が2022年に実施した調査では、10代のLGBTQ当事者のうち48.1%が過去1年に自殺を考えたことがあると回答した。そういった実情を受け、各学校ではLGBTQ当事者を招いた講演などを開いている。
だが神谷事務局長は、今回の法案により「各学校の校長らが『保護者や地域の人の理解を得られておらずリスクがある』として、自主的に、多様な性に関する取り組みをやめようという動きが広がる恐れがあります」と話す。また、「保護者からの指摘を受けて、(多様な性を教える取り組みが)中止に追い込まれることもあり得る」という。
5.国・地方公共団体の施策について、「民間団体等の自発的な活動の促進」を削除
「知識の着実な普及等」について定めた第十条から、「民間団体等の自発的な活動の促進」を削除した。
現在各自治体は、NPO法人などが行う講演活動や居場所づくりなどの支援などに対し支援を行っているが、「支援しないようにするメッセージとなり得る」(神谷事務局長)という。
法解釈の上で「差別的取り扱いをしたい」思惑を考慮される
結婚の平等を目指す弁護士らでつくる『公益社団法人Marriage For All Japan ―結婚の自由をすべての人に』の寺原真希子共同代表は、一見すると問題のないように見えるこの法案について「法律を解釈するときに、法律の文言だけでなく、どういった背景や審議の経過を辿ってその文言になったかという事実が、必ず考慮をされます」と補足する。
例えばこれまで、『性自認』が『ジェンダーアイデンティティ』、『差別は許されない』が『不当な差別はあってはならない』などと変更されてきた。寺原共同代表は「議論の上で何度も『性的マジョリティのことを考えて』という言葉が上がるなど、にじみ出ていた『差別的取り扱いをしたい』という思惑に則って、自治体などがこの法を解釈をしないといけなくなります。それは、悪用されてしまうことが懸念されることを意味します」と指摘する。
◆「理解増進ではなく理解抑制法案だ」
性的マイノリティの人権が守られているとはまだまだ言えないが、議会の外では、少しずつ理解が広がっている。
法律上の性別が同じふたりが結婚できないのは憲法違反だとして、30人を超える性的マイノリティが国を提訴している「結婚の自由をすべての人に」訴訟では、5カ所の地裁のうち、4カ所が「違憲判決」を下した。
寺原共同代表は、「5つの判決に共通するのは、『同性カップルや性的マイノリティが置かれている状況は非常に過酷で、個人の尊厳を侵害している。だから、国会は速やかに動かないといけない』というメッセージです」と指摘。
「だからこそ、国会議員が『行き過ぎた条例を制限する抑止力』などと発信する理解増進法案の中身は『理解抑制法案』とも言え、司法が発している国会へのメッセージと相反するものです」と訴えた。
実際、議論の過程では国会議員が、「マジョリティの人権」「マジョリティへの配慮」という言葉を何度も繰り返した。
同法人の松中権理事は、「差別を受けているLGBTQ当事者のため、理解を広げるための法律のはずなのに、結局マジョリティのことをケアすることしか考えていないのではと思うくらい、苦しかったです」と吐露した。
「LGBT理解増進法」は2021年、超党派の議員が法案をまとめたが、「差別は許されない」との文言に対し、自民党内で「訴訟の頻発を招きかねない」などと批判が集まり、見送られた経緯があり、松中さんはこう訴える。
「2年前は法案が通らなかったことで裏切られたという気持ちでいっぱいでしたが、今回は法律ができてしまうことに裏切られたと感じてしまう。当事者の不在の議論ではなく、安心して暮らせる社会を見つめ直してほしいと思っています」
<取材・文=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版>