「姉は入管で飢餓状態になり、入管職員に点滴を求め、病院に連れていってほしいと求めても叶えられませんでした。姉は殺されたのです」
5月21日午後3時半過ぎ、東京・渋谷の国連大学前に怒りの声が響き渡った。
マイクを握るのは、2021年3月、名古屋の入管施設で命を落としたスリランカ女性、ウィシュマ・サンダマリさんの妹、ポールニマさん。彼女は、国会で議員(梅村みずほ議員)がウィシュマさんについて「詐病」や「ハンガーストライキをしていた」など「事実ではないこと」を発言したことに触れ、「姉を侮辱するのはやめてください!」と力強く訴えた。
また、支援者に責任があるかのような議員の発言にも触れ、「責任があるのは入管です。支援者ではありません」と強調。
最後に、「国会では姉の死の真相を究明し、二度と姉のように入管で死亡する外国人が出ないように、再発防止のための議論をしてください」と締めくくった。その隣には、やはりウィシュマさんの妹であるワヨミさんが姉の遺影を掲げている。いつも私たちがメディアで目にする、優しげな笑顔のウィシュマさんの写真。
この日開催されたのは、「入管法改悪反対渋谷デモ」。
入管法改悪についてはこの連載でも何度も書いてきたので詳しくはこちらの記事(第616回、第625回、第628回など)を読んでほしいが、現在、難民申請者の強制送還を可能にする=命を落とす可能性が高い国に帰せるようにするトンデモない法案が参議院で審議されている。それに反対する動きがすごい勢いで全国に広がっているのだ。
この日に先駆けて5月7日、高円寺で開催された入管法改悪反対デモには土砂降りだったというのに3500人が参加。そしてこの日、参加者はなんと7000人にまで膨れ上がった。
デモ前集会では、ウィシュマさん遺族の代理人をつとめた駒井知会弁護士と指宿昭一弁護士も発言。駒井弁護士からは、改めて日本の入管の異常性が語られた。
「この国では、難民審査も強制送還も在留特別許可も、収容するか解放するかの判断も全部入管が握っているんです」「ひとつの組織に権限が集中してその力が無軌道に膨らむと、歯止めのきかない蹂躙が始まります」
ちなみに別の人から聞いた話だが、フランスでは難民を保護する部署と入国を管理する部署は別だという。しかし、日本は出入国在留管理庁(入管)が「偽装難民を取り締まる」という意識で最初から疑いの目で見てかかる。マトモに保護しようという部署がないに等しい。それが難民認定率1%以下という事態を生んでいる。
駒井弁護士は、ある難民認定者から聞いた言葉を紹介してくれた。1年の施設収容と6年の仮放免生活(働くこともできず、福祉の対象にもならない)を経験したある人は、「私は祖国では肉体的な拷問を受けたけれど、日本では精神的な拷問を受けた」と言ったという。
長年外国人問題に取り組んできた指宿弁護士からは、今まさに、この法案を支える根拠が「ガラガラと音を立てて崩れている」ことが語られた。
今回の法案の柱のひとつは、難民申請を3回以上した人が強制送還の対象になること。私の周りの外国人の中にはすでに2回難民申請を却下され、3回目の申請中という人がいる。が、今回の法案が通ったら、その人たちは強制送還されてしまう可能性があるのだ。
命からがら母国を逃れてきた当人にとっては、それは「死」を意味する。だからこそ、現在反対の声がこれだけ多く上がっているのだが、知人の中にはこの法案が通り、送還されるなら自殺するとまで口にする人もいる。
大げさな、と思う人がいたら、自分の立場に置き換えてみるといい。
さまざまな政治弾圧や迫害から逃れて辿りついた先で「難民」と認定されないだけでもつらいのに(特に日本の場合は仮放免だと働くことも福祉も受けられないので壮絶な困窮に陥る)、3回以上申請したら強制送還に怯えなければならないのだ。
そうして本当に送還されることになってしまったら。それはこの国からの、「お前の事情なんて知らないから勝手に死んでくれ」という最後通告である。
政治的弾圧が想像しづらいなら、以前も紹介したが、私が取材したあるアフリカ人女性のケースを知ってほしい。
集落の長の娘である彼女は10代の時、突然父親から「赤ん坊を殺す」ことを命じられ、それを拒否したことで母国にいられなくなった。なんでもその集落では、長の娘が15〜17歳の間に、赤ん坊を殺して祭壇に捧げる儀式をしなければならないのだという。
殺すのは、村で生まれたものの育てられないなどの事情がある赤ちゃん。その儀式をしないと村に禍いが起きると皆信じているのだ。しかし、彼女はどうしても赤ちゃんを殺したくない。よって村から首都に逃れるも村人は探し出し、タイに逃げるもまた発見されてしまう。儀式をしない彼女は殺害を予告され続け、父親は実際に村人たちに殺されてしまう。その果てに日本に逃れてきたのだ。
彼女は今、2回目の難民申請中だが、それを却下されてしまったら母国に送り返されてしまう可能性があるのだ。しかも、彼女の母国は数年前に内戦に突入。さらに危険な状況だ(彼女についてはimidasの連載「『赤ん坊を殺す』ことを命じられ、日本に逃げてきたあるアフリカ女性」という原稿で書いているのでぜひ読んでみてほしい)。
今なされているのは、そんな非人道的なことの「合法化」である。
さて、そんな法案の立法事実が揺らいでいるというのはどういうことか。
まず、入管法の改悪がされようとしている背景には、入管側の偏見がある。いわく、外国人は送還を逃れるために難民申請を繰り返しているというものだ。現在の法律では、難民申請中は送還できないことになっているのだが、これを悪用しているというような言い分だ。
その根拠となるのが、難民審査参与員(難民認定の二次審査を担当する有識者)で「難民を助ける会」の柳瀬房子氏の国会発言。彼女は21年の国会審議で、以下のように発言している。
「私自身、参与員が、入管として見落としている難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることができません」
「私だけでなくて、他の参与員の方、約100名くらいおられますが、難民と認定できたという申請者がほとんどいないのが現状です」
「難民の認定率が低いというのは、分母である申請者の中に難民がほとんどいないということを、みなさま、ぜひご理解ください」(2021年4月、衆議院法務委員会)
これが現在の改悪の根拠のひとつとなっているのだが、今、この土台がすごい勢いで崩れている。彼女は自ら「約4000件の採決に関与」「約1500件では直接審尋」「担当した案件は2000件以上、2000人以上と3対1で対面で話している」などと言っているのだが、どの数字も、「そんな短期間でそんだけの処理って絶対不可能だよね?」的な数字なのだ。
このように、少し検証すればわかるようなことをスルーしてまで立法の根拠としているのが本法案である。都合のいいものはなんでも利用してとにかく一刻も早く成立させたいという思惑が透けるようである。
一方で驚愕するのは、難民審査がこれほど杜撰なことだ。「難民はほとんどいない」などかなり雑な認識の人に、誰が難民で誰がそうでないかを審査するという、「命の選別」が委ねられているという事実。しかも、かなりの人の命が、である。
入管法を改正するというならば、このような参与員のあり方が適正なのかどうか、まずはそこから検証してみてはどうだろう。
さて、デモ前集会では小説『やさしい猫』(非正規滞在のスリランカ男性と日本のシングルマザーの恋愛と結婚を描く)を書いた中島京子さんや、スリランカ人の夫(仮放免)と暮らす女性・なおみさんもスピーチ。そうしてこの日、デモに出発した7000人は渋谷の街にこんなコールを轟かせた。
「移民をいじめる政治家いらない」「移民をいじめる入管いらない」「居場所と権利を奪うのやめて」「誰も殺すな」「REFUGEES WELCOME」
参加者が掲げるプラカードなどには「難民認定率 ドイツ25% アメリカ32% 日本0.7%」「人が混ざらなきゃ文化なんか生まれねぇ!!」「友達を返せ!」「帰れないから難民なのに難民申請3回以上は強制送還??」などの言葉。
参議院での審議は今週、大きな山場を迎えるという。
この動き、ぜひ、注目していてほしい。
(2023年4月5日の雨宮処凛がゆく!掲載記事『第636回:「改正」が必要なのは、今の杜撰すぎる難民認定審査のあり方では? 〜渋谷に7000人! 入管法改悪反対デモ~の巻(雨宮処凛)』より転載)