4月28日に日本での公開がスタートする映画『セールスガールの考現学』の主人公は、おっとり地味目な大学生サロール。ひょんなことからアダルトグッズ・ショップでバイトすることになってしまい、親に「バイトってどんなこと?」と聞かれると「配達」と誤魔化すしかない(実際、ホテルまで「大人の玩具」を配達することもあるので、あながち間違いではない)。
街角のビルの半地下にある、怪しげなお店に出入りするお客たち、そして何より、オーナーの謎多き中年女性・カティアとの交流を重ねながら、変化していくサロール。
モンゴル映画と聞くと雄大な草原が頭に浮かぶが、本作の舞台はモンゴルの首都ウランバートルだ。1992年に民主化して30年。賑やかな都会を舞台に現代の若者の成長譚をポップに描いた。
本作の公開を記念し、サロールと同じく性にまつわる職を生業にするirohaの犬飼幸さん(広報)、武田莉奈さん(店舗事業部)、そして、映画パーソナリティの奥浜レイラさんを迎えてトークイベントが開催された。
「映画の中で、サロールが来店した男性客にからかわれるシーンがありましたよね。ニヤニヤ笑いながら『全部自分で試してみた?』って。あれは私のように店頭に立っている社員にとっては『あるある』なんです」
と語るのは、ショップで販売を担う武田さん。奥浜さんが「私は拳がワナワナと震えましたけど……」と相槌を打つと会場は笑いに包まれた。
「『なんでこんな仕事してるの?』もほぼ毎日聞かれます。『こんな仕事』にはネガティブなニュアンスがありますよね。だからこそ、もっと頑張らなきゃ、とモチベーションにもなるのですが」
TENGAから、女性のためのセルフプレジャーグッズとしてirohaが誕生したのは2013年。それまでTENGAといえば男性向けのイメージが強かったが、irohaは、セルフプレジャーはスキンケアや髪のトリートメントのようなセルフケアの一環であり、自分の体と向き合う大切な営みという発信を続けてきた。
そもそも、「マスターベーション」に変わって「セルフプレジャー」という言葉が浸透してきたのも、irohaの10年の成長に依るところも大きいだろう。
武田さんがirohaへの入社を決めたのは、TENGAの「性を表通りに 誰もが楽しめるものに変えていく」というビジョンに出会ったからだそう。
「性のことで悩んでいた時期に、誰にも相談できなかったんです。その時にTENGAのビジョンを知って、私がやらなきゃいけないのはこれだ! と思いました。映画の中では、主人公が性について知っていくとともに、自分のやりたいことを見つめ直すというストーリーにもなっていましたが、これは私自身の経験とも重なり、とても共感できました」
家族の理解を得ることが難しかった
広報の犬飼さんは、大学時代に性に関するテーマのライターをしていた経験が現在に繋がっている。
「最初は、企画がたまたま通ってしまって、やらざるを得なくなってしまった、というのがきっかけでした。実名で書いていたので、『明日から学校行けない』くらいに思っていたのですが、たとえば『女性がセックスでされたら嫌なこと』などの記事に、意外と友人からは『よくぞ言ってくれた』という意見が多かった。その時、女性って性に関して言いたいことや悩みがたくさんあるのに、誰にも言えずに秘めているんだ、と、ひしひしと感じました」
その後、新卒でPRの会社へ。転職を考えていた時に転職サイトの「おすすめの会社」の中にTENGAを見つけ、自分の興味関心と職能がマッチしたことで入社を決めた。しかし、自分の仕事について家族の理解を得るのには苦労したという。
「父には『すごくいい会社だよね』と言ってもらえたのですが、母はそもそも『TENGA』を知らなかった。説明すると、反応はちょっと微妙な感じ。そして何より、祖父母にずっと言えなかったんです。ふんわり『ヘルスケア系だよ』とか『体にいいことを提供してるんだよ』とか、詐欺みたいな説明をしてて(笑)。そしたらこの前、母が祖父母に対して『この子がやっているのは人が生きる上ですごく大切なことだし、何もやましいことじゃないから、応援してあげて』と言ってくれて。そんなこと思ってくれてたんだ、って、めちゃくちゃ感動しました」
犬飼さんが映画で印象に残ったのは、オーナーのカティアが、サロールに「裕福なの?」と聞かれて「好きなことを仕事にできれば心は豊かよ」と言うシーン。
「正直、このお仕事をしていると心が折れそうになることはしょっちゅうです。でも、私が今ここにこうして座れているのも、好きを仕事にすることができたから。カティアの言葉を大切にしたいと思いました」
「やっとこういう話ができました」と言うお客様
日本では義務教育課程での包括的性教育すら遅々として進まない。性を「ポルノ」としてしか捉えられない風潮や、女性の性の快楽は「男性から与えられるもの」という社会通念も根強い。しかし、女性にとってのセルフプレジャーのイメージは、着実にポジティブで、主体的で、オープンなものへと塗り替えられてきている。それを象徴するように、irohaの店舗は雑貨屋のような雰囲気で明るく、入りやすいのが特徴だ。
お店には、性交痛に悩むカップルや、デリケートゾーンケアアイテムを探す母娘なども訪れるそう。武田さんは、販売の現場で多くの顧客と接する中で、リアルな声に触れている。
「このお店は入りやすかったので勇気を出してきてみました、という方もすごく多いんです。ニーズをお伺いしながら一緒にグッズを探すお手伝いをすると、やっとこういう話ができました、と言ってくださる方もいて、本当に嬉しいですね」
「サロールたちのように性のことを素直に受け入れられるようになると、人生の他のいろんなことも同じように素直に受け入れられて、生きやすくなると思います。私自身もそういうふうに生きていきたいし、irohaを手にとるお客様にもそう感じていただきたい」
どうしたら自分が心地良く感じられるか、気持ち良くなるかを知ることは、自分の「生」を捉えることでもある。性に関する仕事の現場で働く2人の女性から、そんなエネルギーがひしひしと伝わってきた。
(取材・文=清藤千秋 @chiakiseito)
『セールス・ガールの考現学』
4月28日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。配給:ザジフィルムズ