「勝手に部屋を掃除すんなよ!」
「その話はしたくない、ほっといて!」
「だれとどこに行って何時に帰って来ようと関係ないでしょ!」
思春期、子どもが保護者に突きつける「NO!」。実はこれが、性被害やデートDV、ハラスメントを防ぐ力につながるのだという。
『おうち性教育はじめます 思春期と家族編』(KADOKAWA)は、マンガ家・イラストレーターであり二児の母でもあるフクチマミさんと、長年、性教育に携わってきた村瀬幸浩さんによる性教育のコミックエッセイ。
本書は、思春期の子を持つ保護者たちの疑問をもとに、10~18歳の子どもに家庭で性教育をするための基本をまとめたもの。思春期の子どもの心身の変化や、正しい性の感覚を育むための子どもとの接し方について、わかりやすく解説されている。
一人の大人へと成長していく思春期の子どもが「自分を守る力」を身につけるために、保護者はどんなサポートができるのか。前編に続き、著者のフクチさん、村瀬さんと考える。
家庭で「NO」の練習をする
――子どもが恋愛に興味を持ったり、SNSで保護者の知らない人とつながったりしはじめると、心配なのがハラスメントやデートDVといった性暴力です。思春期の子どもが「自分を守る力」をつけるために、保護者にはどんなサポートができますか?
村瀬:プライベートパーツについて伝えること、そして、保護者が自分と子どもとのあいだの「バウンダリー」を意識し、同意を取り、子どもを尊重することです。バウンダリーとは、自分を守るために他者とのあいだに自分で引く「していいこと」「したくないこと」の境界線のこと。例えば、子どもが「今話しかけないで」というのも、立派なバウンダリーです。
「YES」と「NO」の境界線を自分で引くことは、自分を守り、他者と対等な関係を築くための重要なスキルです。この線引きがあいまいだと、相手がすべきことを背負ってしまったり、相手の機嫌をうかがってフォローしたり、反対に相手に自分の意見を押しつけて当然と思ったりするような、不適切な距離感の、対等とは呼べない関係を築くことになる。
特に危険から身を守るために必要なのは、相手に「NO」を主張する力。そもそも「NO」は言い慣れていないととっさには出てきませんし、普段「NO」を我慢していると自分の嫌だという感覚に鈍感になってしまうんですよ。
――自分が何を嫌がっているかもわかりにくくなってしまう、と。ではどうすれば子どもは「NO」を主張できるようになるのでしょう。
フクチ:一番の近道は、家庭で練習をすることだと思います。思春期の子どもは、保護者がよかれと思っていたことに反抗的な態度を見せることがありますよね。
散らかった部屋を掃除されて「勝手に掃除すんな!」とキレたり、落ち込んでいるのを心配されて「ほっといて!」と突っぱねたり、出かけるときにあれこれ聞かれて「だれとどこに行って何時に帰って来ようと関係ないでしょ!」と不機嫌になったり…。これらは実は、「NO」を主張する練習になっているんです。
こうした「NO」を保護者が「わかった」と受け止めることで、子どもは「嫌なときはNOと言っていいんだ」と他者とのあいだにバウンダリーを引くことを学べます。
村瀬:社会の価値観が多様になってきた今、バウンダリーはだれしもが身につけたい力。保護者にとっては他者の「NO」を受け止める練習になりますよ。
――ただ、子どもの言うことばかり聞いていていいのでしょうか。
村瀬:「NO」を受け入れるというのは、子どもの言うことをすべて聞くということではありません。安全や健康、社会のルールを損なうことなどは親の意見を主張するのは当然です。また、「YES」や「NO」の結果の責任は本人が担うことを伝えましょう。
部屋を掃除しないならば、「勝手に片付けられたくないのね」と受け止めてから、物の管理や衛生面から掃除は必要なこと、これからは自分で片付けてほしいこと、それ以後は忘れ物のフォローなどしないことを、淡々と伝えることです。決して、「忘れ物すると目を付けられて内申点に響くよ!」などと脅してはいけません。
フクチ:あとは「NO」とマナー違反との見分けは大切かも。一緒に住んでいるならば、「いつ、どこにいるか」「何時に帰るか」「食事は必要か」を知らせてから出かけたり、夕食を食べる予定ならば夕食までに帰ったり、といったことは共同生活者のマナーとして必要。これは子どもだけではなく大人もですね。
相手の同意を取ることの意味
――バウンダリーは相手によって、場合によっては同じ相手でも変わることがあります。どうすれば、適切に境界線を引けるようになりますか?
村瀬:それは簡単。自分が何かしようとするとき、「していいですか?」と相手に尋ねればいいんですよ。同意が取れたならする、同意を取れないならしない。
同意を取るときは、相手の気持ちや思いをよく聞くこと。その上で「YES」の言葉があって初めて同意になる。決して、見た目や表情、状況から勝手に判断してはいけません。答えが曖昧だったり、無言だったりするならば同意ではないですし、無理矢理に同意させるのもいけません。
フクチ:それまで当たり前だったとしても、例えば年賀状などの挨拶状に子どもの写真を使うときは、それでいいのか同意を取る…のように。同意、不同意はときと場合によって変化しますから、同じことをするときでも毎回、確認することが大切。
村瀬:面倒に思えますが、こうした習慣は「相手の意思を確認して同意を取るのは当たり前のことだ」という感覚を育てます。つまり、誰かと性的な関係を結ぼうとするときに相手の同意を取ることにつながっているのです。
「性的な関係の前に同意を取るなんてムードがない」という人がいますが、それは相手を無視した勝手な理屈。大切な心身にかかわるのですから、相手に敬意を払うべきなのです。
母親が子どもをコントロールしたくなるのは…
――そもそも思春期のおうち性教育に、なぜバウンダリーや同意、不同意といった知識が必要なのでしょうか。
フクチ:思春期に限らないかもしれませんが、保護者は知らず知らずのうちに支配的になりがちだからです。実は私も、かつては「この子のため」と言いながら、自分の不安を解消するために子どもをコントロールしようとしていた保護者のひとりでした。
小6になった頃から、娘の口数が急に減り、部屋に一人でこもることが多くなりました。私は戸惑い、知らないところで何をしているのかと心配したり、気持ちを話してくれないなんて育て方を間違えてしまったと落ち込んだりして。体がどんどん大人に近づいていくのに、娘はこんなに子どもっぽくて大丈夫かと焦る気持ちもありました。
そして、上から目線で言葉をかけたり、知識を詰め込もうとしたりしていたんです。でも反対に、娘の心はもっともっと閉じていって…。当然ですよね、たとえ心配や親切心であっても、同意も取らずバウンダリーを越えて意見を押し付けられるのは、誰にとってもしんどいこと。
――心配だからこそコントロールしたくなる気持ちは、一人の保護者として痛いほど分かります。
フクチ:困り果てていたとき、村瀬先生から保護者は子どもを支配しがちだと聞き、私も娘をコントロールしようとしているのだと気づきました。子どもが赤ちゃんのときから「子どもを支配する親にはならないようにしよう」と考えてきたのでショックでした。
コントロールしたい気持ちを自覚して意識的に手放すようになってから、娘のシャッターは開いていって、目が合うようになり、趣味の話もしてくれるようになったんです。思春期ゆえの無謀さや怠惰さを許容するのは、正直簡単ではないですが。
でも今は、娘の信頼を取り戻せてきたのではと感じています。諦めたことはたくさんありますが、私自身が支配欲を手放すほどに「この子は自分の力で何とかやっていけるだろう」と思えるようにもなってきました。
村瀬:保護者のなかでも母親が支配的になりやすいというのは、性別役割分業の弊害です。日本では「子育ては母親がするもの」という暗黙の前提がある。両親のいる家庭の子どもが学校で問題を起こせば、一番に電話がかかってくるのは母親です。電話に出なければ「あそこの母親は何やってるんだ」と言われることまであります。
多くの父親は、学校からの電話に父親が出られなくても「仕事だから仕方ない」と言ってもらえるでしょう。父親は子育てのプレッシャーが薄いから、気楽に「子どもと親は別の人間だから言うことを聞かないのは当然だ」と言えてしまうんです。
フクチ:日常生活の中で、母親たちは「子育ては母親の仕事だ」というメッセージをすり込まれています。私も、仕事を持っていても、子どもの進路や成果で自分が評価されてしまうような感覚があるんですよ。
村瀬:だからこそ、母親は自分だけでなんとかしなければ、という責任感を捨てた方がいい。そうすれば、支配欲求は薄くなるはずです。その結果、子どもが保護者から離れて、やがて一人で生きるようになったら、子育ては成功です。夫婦も親子も別の人間同士だという気持ちで、覚悟をもって生きていってほしいですね。