新年度を迎えて、新しく小学校や保育園、幼稚園などで「初めて給食を食べる」という児童も多いと思います。
給食にはいままで家庭で食べたことがない食材が提供されることもあり、食物アレルギーへの注意が必要です。特に強いアレルギー反応である「アナフィラキシー」により、重篤な症状を引き起こす可能性が指摘されています。
アナフィラキシーはどのような原因で発症し、どのような症状が起きるのか。また、早期発見と対処法などについて、日本大学医学部附属板橋病院救命救急センター科長の山口順子先生に解説して頂きました。
多くの変化がある新年度は要注意
アナフィラキシーはどのような原因で起きる症状なのでしょうか。
「特定の食物や物に含まれるアレルゲンと呼ばれる抗原が体内に取り込まれた際、体にはその異物を除去しようとする性質をもった抗体が生成されます。
抗原が再度体内に侵入すると、抗体は抗原と結合し、抗原抗体反応という現象を生じさせ、その毒性を弱めようとします。抗原抗体反応は免疫反応とも呼ばれますが、この反応が複数の臓器で同時に、あるいは急激に生じた症状をアナフィラキシーと呼びます。
また、血圧低下や意識障害を伴う場合をアナフィラキシーショックといい、死亡するリスクもあるため、一刻も早く治療する必要があります」(山口先生)
アナフィラキシーを引き起こす「異物」には、どのようなものがありますか。
「ハチやアリ、ムカデなどの虫毒や食べ物、医薬品などがアナフィラキシーを引き起こす原因となります。4月から小学校や幼稚園、保育園などに入られたお子さんがいる家庭では、給食などで出される食べ物への注意が必要です。
アナフィラキシーを防ぐためには、なによりも『アナフィラキシーの原因となる食物などを摂取しないこと』が原則ですが、新年度には新規入園・入学のほか、教職員の人事異動など、多くの変化があり、誤食事故や新規発症が起こりやすい時期とされています」(山口先生)
過去には給食で死亡例も
学校給食を食べたことでアナフィラキシーを発症した具体例は、どのような状況だったのでしょうか。
「東京都調布市立小学校の給食で2012年、乳製品アレルギーがある5年生の女子児童にチーズ入りのチヂミが誤って提供され、アナフィラキシーショックを起こして血圧が低下、心肺停止で死亡するという事故が起きています」(山口先生)
そのほかにも、“ヒヤリハット”事例があります。
「たとえば配膳用コンテナに入れておいたアレルギー対応食を別のクラスの児童が誤って持って行ったり、ドレッシングにアレルギーの原因となるピーナッツペーストが含まれていたり、卵などを対応食用に取り分けずに調理してしまったりした例なども報告されています」(山口先生)
早期発見、早期対応のポイント
アナフィラキシーになると、どのような症状が現れるのでしょうか。
「アナフィラキシーでは、全身におよぶ発疹やかゆみなどの皮膚症状、唇や舌などの腫れなど粘膜症状のほか、呼吸器症状(呼吸困難、気道狭窄、ぜん鳴:ゼーゼー・ヒューヒュー、低酸素血症)や循環器症状(血圧低下、意識障害)といった症状が見られます。
特に危険なのは、のどの奥に浮腫(ふしゅ=腫れ)が生じて空気の通り道である気道が塞がれた窒息と、不整脈や血圧低下による意識の喪失です。これらによって死に至ることもあります。
いずれの症状も数分から数時間以内に急速に進み、死に至る可能性もあるので一刻を争います。早期発見・早期対応が肝心です。
そのため、万が一アレルギー成分を含む食物を誤食した際は、まずアナフィラキシーを疑い、体に異常がないか注意深く見守る必要があります。周囲の人が数分~4時間程度は症状が現れる可能性を考慮しながら、体調の変化に注意を払ってください。
医療機関にかかる前の現場での症状としては、発疹や腫れなどの皮膚症状、咳やぜん鳴(ゼーゼー、ヒューヒュー)といった呼吸器症状などから判断します。ただし、皮膚症状などが出ずに呼吸困難やめまいなどの症状が現れる可能性もあるので、そうした場合もアナフィラキシーを疑う必要があります。
さらに、血圧低下の症状としては、めまいや倦怠感などが見られ、重篤な場合は、意識障害から失神や失禁などを起こす場合があります。意外と知られていませんが、腹痛・嘔吐・下痢などの消化器症状もアナフィラキシーの症状なので、注意してください。
特に小児の場合は症状を正確に伝えることができなかったり、大人のように症状が明確に現れてこない場合があったりします。なんとなく不機嫌だったり元気がなかったり、寝てしまったりすることもアナフィラキシーの初期症状の可能性がありますので、注意が必要です」(山口先生)
運動が誘発する場合も?
また、食物依存性運動誘発アナフィラキシーと呼ばれる特殊なアナフィラキシーもあります。
「原因食物を食べただけでは症状を起こさないのですが、食後に運動をすると生じるアナフィラキシーです。原因食物摂取後に30分~4時間後に運動をすると、吐き気や嘔吐、じんましん、呼吸困難やめまいなどのアナフィラキシー症状が出現します。
アナフィラキシーの症状が生じてぐったりしたり、苦しくなったりした場合は、すぐにアドレナリン自己注射薬(エピペン®)を打って、医療機関に救急搬送してください」(山口先生)
緊急時に使用する「エピペン®」とは
エピペンとはどのような薬なのでしょうか。
「エピペンは商品名で、アドレナリン(エピネフリン)という成分を筋肉注射します。アドレナリンは人の副腎で作られるホルモンで、心臓の働きを強めて末梢の血管を縮め、血圧を上昇させます。
気管支を拡張させ、粘膜に生じた浮腫の改善とアナフィラキシー症状を引き起こす体内からの化学物質の放出を抑制する作用もあります。
もともとハチ毒への対応に開発された薬品ですが、食物性アレルギーによるアナフィラキシーにも即効性と有効性をもった治療法とされ、ショック症状に対して30分以内の投与が“生死を分ける”といわれています」(山口先生)
エピペンの注射は、本人と保護者以外でも行えるのでしょうか。
「エピペンは児童・生徒本人または保護者が注射する目的で作られたものですので、注射の方法やタイミングなどについては、医師から処方される際に十分な指導がなされています。
ただし、アナフィラキシーショックを起こした場合、エピペンを携帯していても症状によっては本人が自己注射できないケースもあります。そのような緊急な場合は、教職員、保育士が代わってエピペンを注射することが人命救助の観点から許されるということになっています。
もちろん、エピペンはあくまで補助治療薬ですので、使用後は直ちに医師の診察・治療を受ける必要があります」(山口先生)
新入学で初めての食材を給食で口にする機会も増える新学期、アナフィラキシーの原因となる食物を摂取しないことへの注意はもちろん日頃から必要です。
さらに「万が一」に備えて保護者と学校が緊密に連絡を取り合い、児童・生徒の状況について共有したうえで、早期発見と早期対応のポイントを理解しておきましょう。
参考資料など
厚生労働省・日本アレルギー学会「アレルギーポータル」、厚生労働省「重篤副作用疾患別対応マニュアル アナフィラキシー」、厚生労働省「保育所におけるアレルギー対応ガイドライン」、文部科学省「学校給食における食物アレルギー対応指針」、総務省消防庁「消防機関における自己注射が可能なアドレナリン(エピネフリン)製剤の取扱いに関する検討会報告書」、広島県医師会「知っておきたいアナフィラキシーの正しい知識」、日本学校保健会「学校での食物アレルギー・アナフィラキシー対応」、ヴィアトリス製薬「エピペン®ガイドブック」
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